いざアルファスへ
「お……おおおお待ちしておりました蒼氷様……ようこそ我が国へ」
手の指紋が無くなるんじゃ無いかと思われる程両手でゴマすりをしながら、『バレイスクール・ガット・アルファス王』は此方へ語り掛けてくる。
来客用の煌びやかな部屋に通され、高級な菓子、高級なお茶が次々と運ばれて来られ、明らかな『接待』を受け始めたケヴィン。
「その気持ち悪ぃ喋り方はやめろ、ワザとらしさが見え見えで吐き気がする」
「な……ななななんの事ですかな?」
一瞬眉を潜めて此方の言葉に反応したバレイスクールだが、すぐにいつもの目上に対する眉毛を潜めた気持ちの悪い笑顔を顔に張り付け、ケヴィンへと返答してきた。
現在ケヴィンは『蒼氷の朱雀』としてアルファス国王宮へと赴いていた。
エマの件について完全に決着を付ける為、様々な準備を終えてからの来訪だ。
「さて、早速話に入らせてほしいんだが……単刀直入に言う。雷帝を返すつもりはねぇか?」
湯気の立った紅茶に口を付けるつもりは無く、腕と足を組みながら高級な椅子に深く体重を預けながら口を開いたケヴィン。
最も、アルファス側が用意した紅茶だから飲みたくないのでは無く、単純に熱そうだから飲みたくないだけだ。
「ららら……雷帝様はその……ど、どどドモン・アルドカーラ……即ち拳聖の殺害犯として我が国で服役する身……そそ、それを返せ等と言われましても犯罪者をの……野放しにする訳には……」
「テメェはまだそんな『虚言』を抜かしてんのか? 今この状況で、あいつが犯罪者である証拠なんて一つもねぇ事はテメェだって分かってるだろ。テメェらがアホみたいな工作をして作り出された虚偽の犯行なんざこの場で議論するつもりはねぇ。俺が聞いてんのは黙って返す気が有るかねぇかだけの話だ。テメェの『企み』なんてこっちには関係ねぇんだからな」
建前として、バレイスクールはエマが犯罪者だから返す事は出来ないと言った。
しかしケヴィンからすれば、もう既に『その段階』の話をしているつもりはなかったのだ。
単純に、根本的にエマを返すつもりがあるかどうか。
それだけを問うているのである。
「い……いやいやいや蒼氷様……そう言う訳には行きません! 雷帝様はしっかりと法の下で裁かれたれ……列記とした犯罪者でございます。こここちらとしてもはいそうですかと簡単には渡せないと申しておるのです……」
「あぁ、つまり返す気は無いって事で良いな?」
「いえ! え……エドワード王には何度も申し上げておりますが、蒼氷様……貴方様が我が国へ専任英雄として所属していただけるのであれば、雷帝様はアトランティスにお返しさせていただく準備は御座います。……此度はその件で参られたと思って居たのですが……?」
チラリと此方の様子を伺う様に、軽く俯いた状態から視線だけを此方に向けるバレイスクール。
これで小心者と思わせる完璧な演技が出来ていると思っているのが滑稽だ。
「なぁ……テメェそれ本気で言ってんのか?」
バレイスクールが譲歩してきた受け渡し案。
これについて、ケヴィンは最初から疑問しか存在していない為、バレイスクールの本気度を確認する。
「は……? 本気かどうかと言うのが良く分かりませんが……蒼氷様が我が国へ来ていただけるのであれば今すぐにでも釈放いたします」
ケヴィンは溜息をつきながら足を崩し、背もたれから背中を放すと前屈みとなり、両膝に腕を置いて地面へ視線を落とす。
「……あのなぁ、俺がこの国の専任になる事と……雷帝の犯罪歴が帳消しになるのと……この二つの一体何処に『関連性』が有るんだ?」
「……それはぁ……」
愛想笑いを浮かべていたバレイスクールだが、ケヴィンの言葉を受けると共に目を一瞬見開き、都合が悪そうに眼を泳がせた。
取って付けた様にさも真っ当な交渉の様に彼は発言しているが、そもそもエマの犯行の有無とケヴィンの専任化の話はなんの関連性も無い全くの別物である。
「雷帝の罪を取り消す為に俺がアルファスの専任になる? 頭イカれてんのか知らねぇが、本当に雷帝が殺人犯だったのなら、俺が専任化した所で雷帝の罪が消える訳ねぇだろ」
「い……いや! ですので! 蒼氷様が専任化を受諾してくれるのであれば、引き渡しに応じると言う意味でございまして……」
「アトランティスとアルファス間は犯罪人引き渡し条約を結んでる筈だ。テメェは今その条約を無視して無理やり雷帝を匿っている状況にもなる。そもそも可笑しな話だろ、テメェらアルファスには今回の事件の『捜査権』なんて始めっから存在してなかったのによ」
元より、エマは現在アトランティス人であり、被害者のドモンは拳聖としてアルファスに配属されているが、実際の国籍はジパングだ。
そして事件が起こった土地もジパングであり、本来であれば捜査権はジパングが持つべきであった。
アルファスは拳聖が専任英雄だったと言う立場を大義名分にし、ただの横槍を挟んでいると言う状況に過ぎない。
「テメェはエドワードが国同士の関係性を考慮して引渡しを強行しない事を良い事に、俺の専任化を交渉しているクズ野郎だって事だ。普通に考えて、俺がそんなクズが統治している国に来てぇと思うか?」
一瞬強く拳を握りしめる様子を見せるアルファス。
彼のプライドを刺激した事が読み取れた。
「わ……我が国は拳聖と言う偉大な英雄を失ったばかりでして……、拳聖様の存在はやはり偉大で、こ……国民達も皆拳聖様が居てからこそ明日を生きる希望を抱いておりました。そそそ、そんなアルファスの象徴たる拳聖様が亡くなってしまった為に、国民は今絶望に淵に居ます……だからこそ、その鬱々とした民の心境を打開する為にも……最強の称号たる蒼氷様に来ていただければと言う考えでして……」
「つまり全てはアルファスの民の為だと?」
「そうです! 私は国民の為に! 是非とも貴方様を! 我が国へ迎えたく存じます!」
ケヴィンが助け舟の様な言葉を述べた瞬間、勢い良く言葉を連ねるアルファス。
ここぞとばかりに尤もらしい言葉を並び立てて、此方の心情へ訴えかける算段なのだろう。
だがケヴィンはただポツリと返答するだけで、彼に現実を叩きつける。
「国民の殆どが他国へ『帰化』してんのにか? 今更過ぎねぇか?」
「ぬぐっ……」
百面相かの如く、嬉々とした表情から渋い表情へと様変わりするバレイスクール。
いくら偽善を並び立てようと、彼の考えている魂胆等はケヴィンにはお見通しだ。
「いい加減正直に言えよ。テメェの腹ん中はとっくに把握している。国民の為ってのは建前で、本心は簡潔に『己の為』ただ一つだろうが」
「い……いえ、わわわ……私は本当のそ、そのぉ……こここ国民の為にですね……」
「大した役者だな。都合が悪くなると直ぐにそうやって小心者ぶって話し方を変える。ついさっき饒舌に話してたテメェはどこ行ったんだ」
ケヴィンからすればバレイスクールは『詰めが甘い』という印象だ。
頭のおかしい話の通じない奴らばかり相手にしていたケヴィンにとっては、ただただ心象操作を狙って演技する事で、腹の底にあるドス黒い部分を隠しているだけのバレイスクールはやり易いと言う感覚を持つ。
今までの奴らと違って話が通じるからである。
エドワードが彼との交渉で悉く失敗してしまう理由は、エドワードの立場がケヴィンと違い、国を、オールガイアを背負っている立場にあるからである。
国同士のいざこざが自分の言葉一つで決まってしまう立場にあるエドワードとは違い、何も背負っていないケヴィンはバレイスクールに対して好き勝手言える状況にある。
この差さえなければ、エドワードも彼との交渉に困窮する事は無かっただろう。
「……」
喋るとボロが出る事を予見した為か、バレイスクールは口を噤む。
彼方が会話を行わなくとも、ケヴィンは別段困る事は無い。
此方はただ事実を淡々と述べ、此方の要望を相手に伝えるだけなのだから。
要望を飲まないのであれば、それなりの手段を用いる事も辞さないだけである。
ケヴィンはその為の『準備』を完了しているからこそ、アルファスへと赴いたのだから。