チェックメイト
「ケビン、御託は勝負が終わった後にいくらでも聞いてやろう。あまり私の友人達を虐めないでくれ」
「勝負が終わった後に聞ける耳があったら良いな」
「……」
彼に語りかければ煽りが返ってくる。
これ以上彼と話し続ければ、必要以上に攻撃しない様頼んだ者達まで加減を忘れてしまいかねない。
それを防ぐ為にもヴァイルは黙る事にした。
此方が乗ってこない事を知ったのか、ケビンは少しだけ目を細めて笑みを浮かべる。
何も言ってくれるなよと願うが、彼の心配を他所に観客席で何やら騒いでいた筈の司会がタイミング良く進行を始める。
「さて、いよいよ両選手の決闘が始まりますが、最終確認を行わせていただきます。まずはヴァイル・ミスト様から、えっと……『ケビン』……ベンティスカ様に勝利した暁に相手に求める物は……『学園最強の称号の撤回及び、己の正体を明らかにする事』……ですが……ヴァイル様、この内容で正しいのですか? 間違いが在りましたら例え勝利を収めても法的な有効性は認められませんよ?」
意味の分からない確認を促してくる司会に怪訝な表情を見せながらヴァイルは答える。
「構わん、内容に変更は無い!」
「……分かりました」
訝し気な表情を見せつつ首を傾げながらも納得した司会に、首を傾げたいのは此方だと思うヴァイル。
「おい」
と、それに対しケビンが再び口を開く。
先程の煽り文句を投げて来た事もあり、若干身構える様な体勢を取ってしまった
「最初の学園最強の撤回は分からんでもないが、その後の『正体を明らかにする事』……とあるが、これは何の事を指してんだ?」
「……一部では貴殿を『英雄視』する者がいるからな……それの否定を行ってもらいたいだけだ」
「成程な……それなら構わねぇ」
と、すんなりと確認を終えるケビン。
それ以外の意味合い等無いと思うが、ケビンは一体何を危惧していたのだろうか。
己の正体に対して触れられたくない部分があると言うのだろうか……?
「では続けて……えと、ケビン・ベンティスカ様。ヴァイル・ミスト様に勝利した暁に相手に求める物は『今後一切の関与禁止』となっておりますが、本当に『この記載』で大丈夫ですか?」
「あぁ」
と、ケビンに対しても何故か再確認を行う司会。
しかしそんな司会の行動をよそに、ヴァイルは先ほどケビンから煽られた事に対して一矢報いたく思い、彼の宣言へ意義を求める発言を唱える。
「その内容に変更を希望する」
実際に勝利後の相手へ求める命令内容は異議を唱える事が出来る。
大抵は意義を唱えた所で、決闘を申し込んだ側の理由が強ければ強い程それを棄却する事は難しくなる。
そして挑まれた側の勝利後の命令内容は、挑んだ側の命令内容に伴いその命令内容の強さが変わっていく仕組みだ。
学園最強の称号の撤回及び、己の正体を明らかにする事に対しての、『関与禁止』と言う命令ははっきり言って比重が大きく傾く程軽いものだ。
これ以上軽い命令に変更しろ等と言った希望は恐らく通る筈が無い。
ヴァイルはそれを重々理解したうえで、命令の変更を求めた事となる。
「私が負けた暁には、『全裸で倒立しながら学園中を歩き回り、ケビンが最強の生徒であると吹聴する』と言うものに変更していただきたい」
「え……は?」
司会は素っ頓狂な声をあげる。
態々ケビンが軽い命令である関与禁止と条件を提示したのに対して、自らより重く意味不明な命令を受け入れる事を提案したのだから無理もない。
「良いのか? そんな事したらもはや貴族のプライドなんてあったもんじゃねぇぞ」
ケビンですら真面目な顔で此方の提案に疑問を呈してきた程である。
「かまわん。どうせ私が勝つのだから、負けた時の内容等なんだっていいだろう」
どうせ私は負けたら全てを失うのだからと、ヴァイルは小さく呟いた。
これもある意味でプライドだ、散々煽られた事に対するヴァイルの意思表示であり、負ける心配等一ミリもしていないのだぞと言う証明をしたかったのだ。
「それは面白れぇな。あんたの『イチモツ』が『チンケ』な物じゃねぇ事を祈ってるよ」
「チ〇コだけにだはぁっ!!」
ケビンの言葉に続いたのは蒼氷である。
何故か不謹慎な言葉を言い放つと共に叫び声をあげ、後頭部を抑えながら痛がっている様に見えた。
誰かに殴られでもしたのだろうか。
「ケヴィン様、内容の変更となりますが、いかがいたしますか?」
「あぁ、構わねぇよ。『命令文だけ』変えてくれ」
「……まぁ、そう言う事でしたら」
露骨に眉を潜めながら、司会は誓約書の内容を書き換える。
「では、互いの命令条件が整いましたので、これよりヴァイル・ミスト対ケヴィン・ベンティスカの決闘を行います! 両陣営……構えて!!」
そう司会が言い張った時、会場中に緊張が走る。
ヴァイルの陣営の面々は、一斉の各々の得物を構え、開始の合図を待つ。
ヴァイルは思った。
恐らくこの戦いは、自分が『何もする事無く』勝敗が決する事だろう。
それ程の両陣営の戦力差は明らかなのだ。
思えば、彼の言う通り最初から一対一にすれば良かったのかもしれない。
ちゃんとお互いの腕力だけで決着をつけた方が良かったのかもしれない。
だがこれは戦いだ……戦争なのだ。
容赦はしない、悪く思うなよケビン。
と思いながら、未だに腕を体の前で組んだまま動かないケビンを見つめながら、司会の言葉を耳にする。
「レディ……ファイト!!」
その瞬間の事である。
辺りの景色が全て吹き飛ぶ様な衝撃が目の前に走った。
上半身に凄まじい風圧が襲い掛かり、何故自分がその威力に耐えているのかが分からない程の状況である。
一瞬の事だ。
髪が逆立っているのが分かる。
顔が風圧によって色々ととんでもない表情になっているのも分かる。
下手をすれば色々な液体をだらしなく飛ばしているかもしれない。
スカイダイビングした際に口を半開きにしたらなるアレの様な物だ。
一定の間、僅か一瞬の出来事ではあったが体感では五秒程強い風に押された様な感覚に陥る。
やがてその風圧が止んだ時、自分の目の前には何者かの『左拳』が迫っていた。
視界の殆どがその左拳で遮られているが、僅かに見える拳の周囲の隙間には、ヴァイル陣営の生徒達がまるで雷雨の如く空中から『降り注いで』いる様に見えた。
「チェックメイトだ、ヴァイル」
そしてヴァイルの耳に届いた言葉は、その左拳の持ち主が発した物であった。
そう……左拳の持ち主は、ケビン・ベンティスカだったのだ。