信じられない
その一報が届いた時は正直耳を疑った。
とてもでは無いが真実をこの目で確かめなければ信じる事が出来ない程のものだ。
セルネリカ王国にて『蒼氷の朱雀』が王に歯向かった王宮騎士を打ち首にした等と、特に刀聖一派の面々であれば誰が信じるであろうか。
何かしらの陰謀に違いないと思い、『フィーネ・アブニール』は独自にその真相の調査を行った。
しかしその結果判明する真実は、どれもがその事実を裏付ける物ばかりである。
蒼氷の朱雀は……つまりケヴィン・ベンティスカは間違い無く一般人の命を奪ったと言う事だ。
何をどう血迷ったらあれ程の人物がそれをするに至るのだろうか。
聞けば自分と共にリヴァイアサンを討伐したあの日から、セルネリカでの彼の行動は変わったと言う。
思えばあの時も何故か海龍討伐実績を此方だけのものにしようと必死であった。
何を考え、どの様な思考回路でそう言う判断をしたのか今となっては不明だが、間違い無く何かしらの行動を起こそうとしていたのだろう。
その何かが失敗した結果、彼の心が折れて精神崩壊してしまった。
そして壊れた心のまま、ただただセルネリカ王の要望に応え続けている……。
この様な仮説を立てても、心の奥底で決してそれは無いと否定する自分がいる。
心が折れる? 精神崩壊する?
あのケヴィン・ベンティスカが?
あり得ない。
オールガイア最強の人物であるケヴィンに限ってそれは絶対にない。
あの強さは生物を超越していると断言出来るのだ。
彼に出来ない事は存在しない、逆に彼がどんな状況でも負ける事等無い。
言いたい事はつまり、心が折れる筈が無い、どんな相手にも屈する訳が無いと言う事である。
しかしそうなると問題となるのが、ケヴィンが自らの意思で一般人を殺めたと言う事に繋がる。
大義名分としては王の暗殺を目論んだ兵から、王を守る為に起こした行動の為にケヴィンには一切の罪が無い事となっている。
決して認めたくは無いが、本当にそれが理由だとして王を守る為に仕方なく人を殺めた事を理解したとしても、その遺体をまるで見せしめるかの様に城門前へ吊るすと言う行為は明らかに悪意しか感じられない。
一体どの様な判断でこう言った行動をケヴィンが行ったのか、全く想像が付かない付いたところで到底理解は出来ないだろう。
まるでこの国の王の威厳を表す様に聳え立つ豪華な城門。
左右に立ち並んでセルネリカの紋章が刻まれた、これまた豪華な鎧に身を包む騎士達を尻目に、フィーネ・アブニールは弓聖の格好で城門前に吊るされている件の騎士の遺体を見つめていた。
態々この遺体用に作られたであろう十字架に貼り付けられ、胸部にポッカリと空いた傷口を晒しながら、その最後の姿のままで放置されている遺体の前で、恐らくその人物の関係者であろう者達が涙を流しながら蹲っている。
この姿を見ても、ケヴィンは自分の仕出かした事を正当化出来るのだろうか。
確かにこの人物は罪人なのだろう。
だが彼の力を持ってすれば一般人だろうと英雄だろうと一瞬で拘束出来る筈だ。
例え自分が、この反撃の女神がどれだけ全力で立ち向かったとしても、ケヴィンに勝てる確率は万に一つも無い。
あの氷帝一派暴走の際にも、先日の海龍討伐でも、その事実を痛感させられたばかりである。
特に海龍討伐時の共闘戦では、彼の実力に対し感動どころか恐怖心すら沸いた程だ。
自分はあの戦いでケヴィンの行動を確認しながら、限りなく最高の援護が出来る個所、暴れ狂うリヴァイアサンに致命的なダメージを与えられる個所を模索しながら移動を繰り返していた。
そしてその戦いの中で自分が最高のポイントだと思う場所にはいつも必ずケヴィンが作り上げた陸地が存在していた。
最初は無数に作り上げられた内の一つが、偶然そこに存在していただけだろうと思い深くは考えていなかった。
しかしそのまま暫く戦闘を続けていてから気づく。
こちらが最善と思った場所を的確に捉えているかの様に、直前でケヴィンがその場所へ陸地を作り出していると言う事に。
それが確信に変わったのは、移動先の陸地の有無を確認しなくても移動が出来ている事に気づかないまま、それが自分の中で当然に成り始めた頃によく考えもせず直感的に場所の移動を行った時である。
その時ばかりは跳躍してから移動先の事を確認していなかったと一瞬戸惑ったが、直ぐに冷静に近場の陸地を捉える為に視線を巡らせた時に、正に自分が現状の慣性のままであれば着地するであろう場所に陸地が現れた事を目視したのだ。
慌ててケヴィンへ視線を向けるが、彼は海龍の対処を行っている為に此方の動きにまで気を配る事等普通なら出来ない様に見えた。
その点を刀聖一派の共通認識である『ケヴィンだから』と言う無理矢理な暴論で納得するとしても、何故適当に移動していた自分の行動先まで分かるのだろうか。
思えば彼が最初援護に回っていた時も、そのサポートはまるで自分がこうして欲しいと思い描いた通りの行動をケヴィンは行っていた。
それらの出来事が自分の中では恐怖だったのだ。
相手の行動も味方の行動も、全ての事象を把握しているケヴィンがとても怖かった。
心底味方で良かったと思い知らされた程だ。
そう、『味方』だからこそ彼に感じていた恐怖も紛らわす事が出来た。
……だが今のケヴィンは果たして味方と言えるのか。
もし今回彼ケヴィンが起こした行為が彼の本能のままの行動であるのなら、自らの意思で起こした行為だとしたら、それは今ケヴィンは自分の敵と言えるのではないだろうか。
確かに大袈裟な考え方かもしれない。
物事を大きく捉えすぎているだけで、ケヴィンなりの理由があっての事なのかもしれない。
どちらにせよ自分は今真実を確認しに来た。
ケヴィンが何かしらおかしな行動を取っているのであれば、それを正すのも友人の役目では無いだろうか。
彼が自分の事を友人の括りに含んでいるかどうかは定かでは無いが、少なくともこちらは知人以上の関係性は気づいていたつもりだ。
余計なお世話かもしれないしただの押し付けかもしれない。
ただ彼に直接言われたのだ。
自分の行動に二の足を踏むんじゃ無いと。
自分が正しいと思った事が間違っているかどうかは仲間が吟味してくれると。
だからフィーネは自分の今の考えが間違っているかどうか、ケヴィンに直接問いに来たのだ。
勿論予め刀聖達には話を通してある。
今回ケヴィンが一般人を手にかけた事は既に世界中が知っている事だ。
当然刀聖一派も全員が知っており、普段なら彼とより親交の深いレオン達が真意を確かめに行動するのでは無いかと思っていた。
しかし充ては外れデュランやエマでさえ、ケヴィンの行動には何か必ず裏が有るのだから見守るべきだと語っていた。
レオンに限っては理解しているのかしていないのか分からないが、単純にケヴィンを信じると言う発言をするだけである。
同じ学園の生徒であるシアンやドモンも、ましてやルーチェに限っても今回の件に関しては関与しない事が名言されている。
挙句の果てには蒼氷の朱雀の専任ギルド員である『メイファ・インベル』に関しても、蒼氷様が間違った行動をする筈が無いからやりたいようにやらせると語っていた。
これらの発言はつまり皆が一様にケヴィンに絶大な『信頼』を寄せている結果から来る答えなのだろう。
分からないでもない。
決して親友と呼べる程の親交は築けてはいないが、少なくとも仲間として過ごしてきた日々の中で、彼の一切の裏表が無い立ち振る舞いには尊敬さえ覚える。
自分の様に人の内情には踏み込もうとする癖に、自分の内面は人に見せたくないと言う矛盾を持ち合わせている状況とは違い、彼は良くも悪くも芯が通っている。
それだけでも信頼に足る人物だとは思える。
だからと言って彼の行動の全てを大手を振って許容すると言うのは別の話だ。