リヴァイアサン
「海龍ねぇ……」
確かにその通りだとケヴィンは『それ』を見て納得した。
広大な海を我が物顔で泳ぐ白色の龍。
キングドラゴンの様に手足が存在している訳では無く、鋭い鱗が夥しい程トゲトゲしく備わった巨大な蛇と言った方がイメージが近い。
海を泳ぐ為か、先端に行くほど鱗は細く鋭くなっていく。
水の抵抗を極端に減らす為に、身体のフォルムが理に叶った形をしていると言う事だ。
「……『リヴァイアサン』……」
突如隣に立つ弓聖が呟く。
メイファに頼んでジパング側に返事を送ってもらった後ケヴィンは合流地点へと向かったが、物の数秒も掛からない内に弓聖は合流地点へと到着した。
よほどこの依頼を早急に解決したかったのだろう、ケヴィンの元へ依頼書が届いた事が確認されてから待機を始めて居たと彼女は語った。
その日の内に受諾して良かったと改めてケヴィンは思ったが、それと同時にケヴィンが海龍討伐に対し日にちを置くとは彼女は思わなかったのだろうか。
結果としてケヴィンが依頼書を確認してから、この場へ辿り着くまでに半時程しか経過していないのだから今更な話なのだが。
ケヴィンと弓聖は現在『陸地』に立っている。
と言っても地続きになった大陸は無く、孤島ですらない。
そもそも今彼らが居る場所は水平線の彼方にやっと陸地が見える程の、所謂『海のど真ん中』と言う位置だ。
足を付けれる場所なんて無いが、それでも二人は海龍の全貌を見下ろせる程の位置に滞在している。
当然それはケヴィンの仕業であり、大地魔法を使用する事で空中に大地を作り出す。
そのまま操作し続ける事で重力による落下は起こらず、ケヴィンと弓聖二人の空中滞在を可能にしている状況であった。
フードで顔の隠れた弓聖へ視線を向け、ケヴィンは先程彼女が呟いた言葉を復唱する。
「リヴァイアサン?」
「あ、いえ! 気にしないで下さい! 何でもないです……」
確かに彼女は聞き慣れない言葉を発した。
そして視線の先に存在するのは、幾多の魔物を討伐してきたケヴィンでさえ知らない存在である海龍。
元々異世界にある地球と言う星からやって来たデュラン達は、ケヴィンが初めて見る魔物達を見た時に口々にその存在の名を連ねて来た。
巨大な龍をキングドラゴンと名付けたデュラン、同じく巨大なカバをベヒーモスと名付けたシアン。
シアンと同じ様に異世界から『転生』してこのオールガイアにやってきた弓聖であれば、恐らく彼方の世界で彼らが見たと言う古い文献でこの海龍の姿を見た事がある可能性が浮かんでくる。
となると先程弓聖が発した言葉の意味は、この海龍の『名前』だったのではないか。
ケヴィンは確認する為に弓聖へ問う事にした。
「あの海龍の名前なんだろ? その『リヴァイアサン』ってやつが。『地球』から来た奴らは大概見た事ねぇ化け物の名を知ってる。あんたも見た事有るんだろ? あいつの姿を」
言うと、弓聖はゆっくりと頷いた。
ケヴィンは少し首を傾げながら再び口を開く。
「じゃぁそう言えば良いだろ、なんで直ぐに誤魔化したんだ?」
「いえ……あの……間違いだったら迷惑かけると思ったので……」
彼女の自己肯定感の低さは常に周りから聞いていた。
己の行動に対し全く自信を持たない為に、本来発揮出来る筈の実力が発揮しきれないのだと。
行動の節々で度々疑心暗鬼になり、ほんの僅かな行動の遅れが生じるのだ。
反射神経に最も左右されると言っても過言では無い彼女の異能力である再現が本来であれば最強クラスの異能力であるにも関わらず、その持ち主の意志の弱さによっていまいちその脅威性が示されていない状況となっている。
思い切りの良さはある筈なのだ。
彼女が心の底から信じた事、正しいと思った事に対する行動が早いのは理解している。
実際にこの海龍討伐への依頼に対しての彼女の行動は迅速な対応だったと言える。
それに先日の氷帝一派との戦いの際にも、周りから聞いた話ではほぼ単独で強化された闇帝を打倒す程に異能力を使い熟していたと言う情報も有れば、エマのマナの核がオーバーヒートを起こし気絶してしまった時にも、一切の躊躇も無く彼女をその身で庇い続けたとも聞く。
渾身的な彼女の性格から来る行動の表れかも知れないが、実際に交流戦の際にケヴィンが彼女と戦った際には、その行動一つ一つには無駄は感じられなかった。
あの時は恐らく元から勝てるとは思って居なかったからこそ逆に諦めがついた事で全力が出せたとでも言うのだろう。
要するに、彼女にはそう言った側面もしっかりと存在していると言う事だ。
戦闘中に無駄な思考をする暇等無い程に追い込まれた際には、しっかりと己の実力が発揮出来る状況にある。
今まではそれで良かったかも知れない。
偶然にもそれで済んでいた状況ばかりだったのかもしれない。
だがいつまでもそれではダメなのだ、いつしかその行動が取り返しのつかない事態を巻き起こす。
そしてその時が来た時に最も後悔するのは彼女自身だ。
それを教えるのは自分では無いかも知れないし、そんな仲になっているつもりは彼女には無いかもしれない。
しかしケヴィンは自分の意思でその事実を彼女に伝える事を決めた。
「どんなにつまらん情報でも戦いの場においては重要な事だ。強者の立場にあるお前ならそれくらい理解してるだろ。己の発言に自信がねぇのかも知れねぇが、その情報を吟味する事は仲間に任せりゃ良いだろ。デュランやエマなら少ねぇ情報から上手い事最善の策を見つけ出せる筈だ。一々自分の発言や行動に対して二の足を踏んでんじゃねぇぞ。仮にお前の思考が間違ってたとしても、それだけでシアン達は簡単に倒れりゃしねぇ。逆にお前の行動であいつらを救う事だってあるだろうが」
「……はい」
何とも小さな声で返答する弓聖。
かつてのケヴィンであれば彼女のその態度にイラつきを覚えていたであろうが、今では面倒臭いとは思いつつも彼なりの助言を行おうとしている。
その心の変化は、刀聖一派の面々を仲間だとケヴィン自身が認めているからだろうか。
「自分の事を信じれねぇのは仕方ねぇが、それならシアン達がお前に向けてる信頼には答えろ。それならお前にも出来んだろ、認められてるんだからよ」
「蒼氷さんは……」
「あぁ?」
ケヴィンの返答に一度口を紡いだ弓聖だが、それでも意を決した様に再度口を開いた。
「貴方も……認めてくれていますか?」
フードで彼女の視線は分からない。
だが顔が此方を向いている事から、当然その問いは此方に向けられた物だと言う事が分かる。
「じゃなきゃ俺が共同任務なんざ受ける訳ねぇだろ」
下らない質問である。
自分の意見等聞いて彼女の中で何が変わると言うのか。
だが、そんなただの混血種の意見で彼女の心境が変わると言うのなら、減る物じゃない一言二言伝えるくらいはしてやろうとケヴィンは思ったのだった。
「……分かりました」
彼女が求めていた返事かどうかは定かでは無いが、どこかしら緊張の様な物が和らいだ気配を感じた。