愚かなセルネリカ王
「あ……あの!!」
端正でとても男前な面を持つ人物からは想像できない程、なんとも弱気そうな男が手を上げる。
先程エドワードが名を挙げた国王の一人、『アルファス王』が挙手したのである。
一同の視線が其方へ向くと、それに対し怯んだ様に一度悲鳴を上げるアルファス王。
非常に小心者で名高い『バレイスクール・ガット・アルファス』だが、彼が統治する国アルファスでの支持力は非常に高い王である。
彼は一度咳払いを決め込むと、意を決したかの様に発言を行う。
「セルネリカ王……正直私としましてもその……セルネリカ王がその様な発言をその……し、したとは思えないのですがその……」
なんともセルネリカ王の表情を気にしながら喋っている様にも見える彼。
以前にセルネリカ王が発言した言葉を否定する様な発言をしている為、若干セルネリカ王の表情が緩むのが分かった。
「ですがわ、私は確かに……十数年前にその魔道具が存在していた事自体はその……お、覚えております!!」
しかし、そのセルネリカ王の期待を裏切る様にアルファス王はその言葉を堂々と宣言した。
彼がもし否定したとしてもやりようは有ったのだが、思わぬ援護射撃を受ける形となった。
「な……何を……」
途端に狼狽え始めるセルネリカ王。
エドワードにとっては好転している流れだが、その表情はやや優れない。
彼の視線はセルネリカ王では無く『アルファス王』へと向いている。
曰く、『何のつもりだ』と言った心境である。
アルファス王は、いやアルファス国は何を隠そうセルネリカ国にとっては非常に友好な『同盟国』である。
十数年前の出来事と言えば大抵の者達なら状況を忘れる筈だと見込み、今回のハッタリを実行するに至ったが、アルファス王は堂々とこの魔道具が当時も存在していたと発言した。
彼の立ち位置であれば、本来ならばセルネリカ王を味方するべく、魔道具の存在を否定するべきだった筈だ。
だが敢えて彼は此方へ援護する言葉を発言し、同盟国の王である彼がそれを言った事によってセルネリカ王は魔道具の有無を否定する機会を失ってしまう事となる。
結果的に同盟国のセルネリカが国力を失う形と成れば、遠巻きに自国の国力にも関係してくるにも関わらず、アルファスはセルネリカ王を擁護する事は無かった。
エドワードにはその理由の検討が付かず、この僅かなやり取りでアルファス王を警戒対象へと押し上げた。
「も……申し訳御座いませんセルネリカ王……。で、でででですがここは正直に認めておいた方が、要らぬ騒ぎを起こさぬ事となります故、ここはわ、私の顔に免じて……」
顔を引きつらせながら続けるアルファス王。
対人状況では体を震わせ、声も偶に裏返る程に緊張しながら喋る彼。
もしここでの出来事が彼の中で計算通りとでも言うのなら、とんだ曲者であると言え様。
あの態度ですら周りから警戒を抱かせない為の演技だとすれば、殆どの者達が騙されている事となるだろう。
敢えて一つだけ彼が此方の味方をする要因が在るとすれば、アルファス国の専任英雄があの『拳聖』だからと言う点がある。
刀聖一派に所属する拳聖は、数少ない情報によればジパング国に身を寄せているらしいが、英雄としての所属はアルファス国に有る。
アトランティス国、ジパング国の英雄と親身にしている英雄を専任に持つ国であるから此方に協力の意思を見せたとも取れる。
だがどうにもエドワードにはそれが理由では無い様に思えたのだ。
彼の言動にも注目する事を決め、要らぬ皮算用をしてくれるなよと願いながら、エドワードはセルネリカ王へと視線を直す。
「セルネリカ王、アルファス王も仰っている通り、十数年前の際にもこの魔道具は有ったのです。どうかご自身の発言を認めては頂けないでしょうか」
「う……うむぅ……」
口もごもごさせながら同時に目玉をキョロキョロさせるセルネリカ王。
はっきり言って氷帝は確かに多大な影響力を持って居た英雄であるのは間違い無いが、実力で言えばXランカー外の英雄と言う程変わらない。
これはケヴィンから聞いた話である為に間違い無く、だとすればセルネリカ王が英雄の実力に拘る必要等ない筈だった。
となればやはり先も言った影響力の方に価値を見出しているのか。
だがその影響力があったところでどうなるのだろうか。
下手に専任英雄が人気を博す事になれば、本来の指導者である国王の言葉が国民に届かないと言った現象だって起こりうる。
実際にセルネリカ国等氷帝の知名度のお陰で、名声を保っている等と言った噂さえあった筈だ。
己の指導力不足を英雄に補って貰おうと言う魂胆なのか、と言うよりも英雄におんぶにだっこされた状態でなければただの腑抜けとなってしまう傀儡なのだろうか。
「朕の記憶にはないのじゃが……もしジパング王にその様な事を言ってしまったのなら謝罪せねばならないぞよ……」
目を閉じながら形だけ申し訳なさそうな表情をするセルネリカ王。
「では我が国、ひいては此度の戦いで英雄を失ってしまった国々の英雄選抜を決めようぞ」
思わず眉間に皺を寄せるエドワード。
謝罪しなければならないと発した後に謝罪をしない人物等居るのかと、疑いの眼差しを彼に向けてしまった。
幸いセルネリカ王は後ろを振り向いて両手を翳しながら先の言葉を継げていた為に、此方の表情は見えて居ない。
視界の端でジパング王が額に手を当て、やれやれと言った様に頭を振っている様子が見えた。
成程、セルネリカ王はそう言った『人種』の存在なのだなとエドワードは無理やり納得する。
謝罪しなければならないと言った言葉自体が謝罪だと思い込んでいる人物は一定数居る。
極僅かな存在だと信じたいが、この政治の世界ですらエドワードはそう言った人材を何人も見て来た。
成程、直接は言う筈が無いが、つまるところ彼は『無能』なのだと敢えて受け止める事で彼の扱いを簡素にすべきだと考えを改めるのだった。
話の通じない馬鹿とは会話を成立させる必要等無い、成立させようとした所で相手はそもそも理解していないのだから。
これは父親である前アトランティス王、フェルナンド・カルミン・アトランティスの言葉だ。
成程、この年になって漸くその言葉の意味を理解する事になろうとは、自分はまだまだ修行不足だなと乾いた笑みを浮かべるエドワードであった。