アトランティス魔導騎士育成学園
学園での出来事も、結構大事な要素だったりしますよね。
「え~、であるからして~」
口車に乗せられた。
ケヴィンはそう言った気持ちに苛まれる。
あの日、完全に勢いでアルベルトの言葉に返事をしてしまった。
学園へ来いと言う言葉に、簡単にイエスと答えてしまったのだ。
よくよく考えれば、これの何処がエリルへ繋がる道になるのだと言うのだろうか。
アトランティス魔導騎士育成学園は確かにエリルの母校である。
ケヴィンが彼と過ごしていた時期、間違い無くエリルはこの学園へ通っていた。
だがその殆どの日々を英雄としての任務に費やしていた為に、碌に学園に通えていない筈である。
この学園に通う事に対して、果たしてそれは彼の『歩んだ道』を辿る事になるのだろうか?
その答えが出ないまま、ケヴィンは今退屈な『入学式』で、これまた退屈な『学園長挨拶』と言う物を聞いている。
この学園の学園長……それこそが『アルベルト』なのだ。
『私の学園』とはそういう意味だった様だ。
ケヴィンは怠そうに、首を締め付けるネクタイを緩める。
この学園の学生服は、所謂ブレザーと呼ばれる物。
白いワイシャツに赤いネクタイを付け、その上に赤いブレザーを着る。
そこへ紺色のズボンを履くのだが、女性生徒はそれが膝上程のスカートとなっている。
他にもネクタイが蝶ネクタイ型に変わっていたりと、男女で差異はあった。
ケヴィンが周囲を見渡せば、殆どの者が希望に満ちた表情をしている。
これから始まる学園生活が楽しみで仕方ないと言った表情だ。
ケヴィンは思わず鼻で笑いそうになるが、それを堪える。
人の夢を馬鹿にする程、自分は優れた存在では無いのだから。
しかしどれだけ希望を持とうとも現実はとても理不尽で、限られた一括りの人物にしか輝かしい未来が与えられないと言う事も同時に理解していた。
だが以外にも学生の中にもその現実を理解しているであろうと思われる人物が……僅かに存在している様に見えた。
顎先まで綺麗な金髪を伸ばした貴族風の男性や、長い黒髪を腰まで伸ばした長身の男性。
自分から二つ隣にいるオレンジ色の髪をした女性等は冷静に、そして神妙な表情を浮かべて見せている。
「え~、であるからして~」
ざっと見回す限り、今この場に存在する新入生の数は凡そ1000人程集まっている様に見える。
この全てが同級生と言う事実にケヴィンは目眩がしそうな思いになるが、恐らくその10分の1の数ですら知り合いにはなる事は無いだろうと感じた。
30人程度の人数でまっすぐ並び、それが26列程この大型ホールの様な入学式の会場に立ち並んでいる。
列毎が恐らくクラス分けであり、一クラスが30から50名程のクラスメイトで構成される様子だ。
よく見ればケヴィンの居る列の生徒達だけ、他の列の生徒達と一部違った箇所があった。
一つ目は制服。
男子はネクタイに縦一本、女子は蝶ネクタイに横一本の黒線が入っている。
そして先程一つのクラスが30人から50人と言ったが、ケヴィンの列だけはピッタリと30人しか生徒が並んでいない。
他のクラスはほぼほぼ40人以上の列が出来ているのだが、ケヴィン達のクラスだけ少ない人数で構成されていた。
何故ケヴィンのクラスのみネクタイのデザインやクラスの人数が違うのか、それはケヴィン達のクラスに理由がある。
1年Aクラス。
それぞれアルファベット順にA~Zまでクラスが存在し、全校生徒がそれぞれに分けられる。
このクラス分けに序列的な意味合いは、ケヴィンの『A』クラスを除けば存在せず、強いて言うのなら人間とエルフの人数に偏りが無いように分けられている程度である。
しかしこのケヴィンが所属しているAクラスは特別クラスであり、つまる所『特待生』が集まるクラスであった。
特待生の枠はこの一クラスだけであり、一学年1000人近くに及ぶ競争率の中からトップ30人の選ばれた生徒達で構成されている。
つまりこのAクラスの皆がこの学校、その学年において、実力者である事が証明されている。
ケヴィンにおいても、入学の際しっかりと入学試験は受けた。
アルベルトの推薦もあった事により、時期外れの入学試験と成ったが、結果は学園史上最高点を記録する物となった。
数多くの英雄が通ったとされるこの学園であるが、脳ある鷹は爪を隠すと言うべきか、恐らく歴代の英雄達は試験に対して手加減をしたのだろうと予想する。
しかし史上最高点を出したのは事実であり、つまり今居る新入生の中では首席の成績を誇っている事となる。
その為彼が所属するクラスはこの特待クラスであるAクラスに決定する事となったのだった。
特待生のメリットとしては、学園生活を送る際に掛かる費用の全てが無料であると言う事。
学食の利用に始まり、学生寮や支給される制服や教材なども全て無料だ。
元々良心的価格の学園としてアトランティス魔導騎士学園は有名だが、それでも尚この特待生の優遇は学生達にとって魅力的な物であった。
ただ、特待生枠を手に入れるには、やはり生半可な努力では届かない。
それ相応の実力を持ち、相当な経験や知識が無ければ、1000人の中の30人には到底なり得ないだろう。
成る程、どおりでケヴィンのクラスメイトに成るであろう生徒達は他のクラスと違い、表情が据わっているのだなとケヴィンは納得した。
その中で、格別ケヴィンの興味をそそった人物がいる。
正に彼の真横に居る男性生徒だ。
ケヴィンより拳一握り程高い身長を持った彼は、あろう事か器用に立ったまま『眠って』いた。
癖の有る長い金色の髪が覆うのは、高い鼻筋と小さめな唇。
ケヴィン同様透き通った白い肌を持ち合わせている。
その眠った表情も、見る人が見れば見惚れる程に整っているのが分かる。
全くふざけた物だ。
この態度は余裕から来るものなのか、それともただの天然か、珍しくケヴィンはその生徒に少しだけ興味を持った。
「んがっ!!」
と、突然間抜けな声を上げながらその生徒は目を覚ます。
寝ぼけ眼で後頭部を掻きながら、その赤い瞳で隣の女性生徒に視線を向け、再び正面を向いて俯く。
クスクスと周りから笑い声が漏れるが、ケヴィンはそれに釣られて笑う事は無かった。
彼の視線は、既に隣の男子生徒から、更にもう一つ隣の女性生徒へ移っている。
先に挙げた『冷静な表情』を醸し出した女性生徒だ。
肩まで伸びたオレンジ色の髪が顔を覆い、猫の様な大きな目に、小ぶりな筋の通った鼻と、小さな唇が特徴的である。
全体的に青白色の肌を持ち、独特な尖った耳から判別出来るのは彼女がエルフだと言う事。
しかし問題はそこでは無い。
確かに目を奪われる程、一般の男性ならば息を飲み込む程の美しさを持っている彼女だが、ケヴィンが注目しているのはそこでは無い。
ケヴィンがその女性生徒を注視している理由は……彼女がたった今使った『技術』に対してだ。
隣の金髪の男子生徒は、何の理由も無く突然目を覚ました訳では無い。
彼が寝ぼけながら女性生徒へ視線を送ったのは偶然では無い。
彼が起きた理由は、その女性生徒が放った小さな『雷魔法』が原因である。
ただ刺激する為だけのダメージ等殆ど無い魔法。
いまいちそれだけではパッとしない情報であろうが、彼女はその魔法を発動する為に一切の詠唱を行わなかった。
その時点で『ただの一般人』の枠から大きく外れる。
だがそれだけではケヴィンの興味は湧かない。
ケヴィンが注目したのは詠唱破棄でも、その威力でも無い。
凄まじく『早い』魔法の発動速度だ。
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