剣聖と拳聖
読み方が同じだと誤変換に気を付けなければいけませんね
『剣聖』は、ガレオ灰鉄で出来たその巨大な剣で、迫りくる魔法の数々を切り裂いた。
非常に硬いが非常に重く扱いが難しいとされているそのガレオ灰鉄でさえ、彼は片腕で振り回す事が出来る。
剣聖である滅殺の刃は、このオールガイアの世界に赴く前から、とある剣術道場に親友である現炎帝、紅蓮の翼と共に通っていた。
彼や炎帝の剣術はそもそも此方の世界で培った物では無く、幼い頃から鍛錬を積んで育んだ物だったのだ。
剣聖は幼いころから重く大きな剣を好んで使う傾向にあった。
理由としては、軽く振るうだけで高威力が望めるからと言う何とも理に適っている様な、的外れの様なものだ。
だが物理的には、事実としてその重さから繰り出される破壊力がそれを物語っている。
この世界に来て身体強化魔法を取得してからと言う物の、彼の腕力は限界知らずとなった。
重さと硬さを両立しているこのガレオ灰鉄は、剣聖にとっては相性抜群の性質なのだ。
しかしガレオ灰鉄には、重さ以外にも『自然魔法に弱い』と言うデメリットがある。
簡単な初級魔法でさえ防ぐことは敵わず、当たった部分から直ぐに破損が広がってしまう。
剣聖と同じ様に重く固い金属を好んで扱う者達にとっては、それだけはどうしても目を潰れない弱点となっている為に、ガレオ灰鉄を使用する事は無かったのだ。
だが彼は、その決定的な弱点すらも彼自身の『異能力』によって克服してしまった。
それこそが彼を滅殺の刃と知らしめた所以である『魔封斬』である。
魔法であれば全て切り刻んでしまうと言われる異能力。
魔封斬に触れた瞬間、一瞬にして魔法はかき消されてしまう。
そうなれば、自然魔法がたとえ剣聖の大剣に当たったとしても、魔封斬の効果によってガレオ灰鉄は無傷となるのだ。
彼が滅殺の刃の二つ名の他に、『エルフ殺し』と呼ばれるのも仕方のない事だろう。
トップクラスの人間の英雄は雷をの切り裂く程の速度で動く事が出来る。
それを証明したのがこの剣聖なのだ。
彼が魔封斬で光魔法や雷魔法を切り裂いてしまうからこそ、彼の前では魔法が無意味な物となる……彼は光すらも切り裂く事が出来る……等と言われる様になったのだから。
エルフからすれば、面目丸つぶれと言っても過言では無いのだ。
人間の英雄として頂点に君臨しているにも関わらず、エルフによる追随も許さない存在……なのにも関わらず、彼は今……『たった一人のエルフ』に大苦戦をしてしまっている。
剣聖は襲い来る魔法の数々を退けながら、対峙するエルフへと進行していた。
当然その進行スピードは尋常じゃなく、瞬く間に相手の懐へと割り込む事に成功する。
そして高速の剣戟をそのまま横凪に叩き込めば、相手のエルフへ直撃する筈であった。
しかし、その剣閃は見事に空を切る事となる。
つい先ほどまで目の前に居たエルフは、既に遥か後方へと転移を完了している。
「どっせぇい!!」
エルフの転移先には、背中に茶色い『拳』の紋章を携えた黒ローブの男が進軍しており、その大きな拳を振り下ろしていた。
その人物は現在剣聖と共にそのエルフと戦って居るXランカーの拳聖である。
剣聖の目から見ても、拳聖の一撃は確実にエルフを捉えている筈だった。
だが先程と同じく彼の拳も、エルフには届く事無くただただ地面へめり込むだけであった。
実際にはエルフが立っていた地面は大きくひび割れ、粉々に砕け散ると言う現象を起こしているのだが。
この作用は単に拳聖の腕力が我武者羅に強いからと言う訳では無い。
勿論そう言った理由も十分にあり得るのだが、真の理由としては彼の『異能力』が強く関連している。
拳聖、『破壊の一撃』。
オールガイアランキングは剣聖に準ずる7位。
つい先日までは剣聖が5位で彼が6位だった。
しかし昨今、蒼氷の朱雀の異常な程の快進撃が瞬く間にオールガイアランキングを塗り替える形となっており、その影響で自分達の順位にも変動が起こり、剣聖自身が6位となっていたのだ。
彼にとってはそれは至極当然の事であり、自分より強い者が自分より上に居ると言う事に何の躊躇いもプライドも無かった。
寧ろ自ら蒼氷の朱雀が自分より上になる様進言する程であった。
それは今共に戦っている居る拳聖も同じ事を発言していた。
彼自身が自分の順位に無頓着な事も有り、オールガイアランキングの変動に一ミリの興味等も持っていないのだが、事実上実力的に言えば刀聖一派の中ではNo.2と言われる存在が彼なのだ。
炎帝でも、自分でも無く彼だ。
少なくとも剣聖はそう思っている。
当たり前だが、その比較の中に蒼氷の朱雀は含まずでの話である。
つまり現状槍聖が居らず、英雄では無い蒼氷の朱雀を抜けば、英雄の中で世界で刀聖に次ぎ、2番目に強い男がこの拳聖になると言う事だ。
彼の異能力も自分と同じで彼の戦闘スタイルとは相性抜群な物だ。
肉弾戦を得意とする彼に、その異能力は正に鬼に金棒。
破壊の一撃と呼ばれるに至った所以もその異能力にある。
『粉砕』……それが彼に与えられた異能力だ。
彼の手に触れた『物体』は、瞬く間に粉々に砕け散ると言った能力だ。
つまり、どれだけ固い鉱物でも彼の手に触れる事で脆く崩れるのだ。
剣聖の持つガレオ灰鉄も、それどころかあの槍聖が持つと言われる槍に使われている素材、『アダマンタイト』ですらその異能力の前には抗えないと言う。
となれば『オリハルコン』や『ヒヒイロカネ』も同じ末路を辿る事だろう。
あまりにも反則級な異能力で有り、どれだけ固い防具に身を包んでも彼の持ち前の腕力と相まって、振るわれた一撃で全てを破壊される。
正に……破壊の一撃なのだ。
ただ、彼の異能力にもいくつかは弱点が存在する。
破壊出来る対象は『物体』に限ると言う物。
水の様な液体、霧の様な気体はその括りには入らず、雷や炎等も破壊出来る訳ではなかった。
その上、『生物』に対しては粉砕の効果は発動しない。
つまり、彼が異能力を発動して人体を殴りつけたとしても、衣服こそ破壊されるが人体に直接影響が有るのは彼の腕力が繰り出す威力だけだ。
実際生身の体に彼の剛腕を受ければ、異能力関係無しに破壊される様な物ではあるのだが……。
だがやはり、この粉砕の異能力もエルフには当たり前に脅威だ。
状況は限定されるが、自然魔法の中でも物体として認識されている大地魔法や氷魔法は、この粉砕の対象内に入る。
そしてAランク以上のエルフが己の身を守る為に着用しているその黒ローブも、どれだけ魔力を込め高質化したとしても粉砕の異能力によって破壊されるのだ。
エルフが拳聖の剛腕を受ければ、結果がどうなるか等語るまでもない。
そもそも人間の英雄の一撃は、全てそれ自体がドラゴンを絶命させる程の力を持つのだ。
ほぼほぼ、直撃すれば基本的には決着が付くと言っても良いだろう。
そう……相手に『当たれば』の話だ。
しかし実際どうだろう。
エルフ殺しと呼ばれる剣聖が、一撃で仕留める破壊力を持つ拳聖が、ただその一撃すらこのエルフには与えられない。
禍々しいオーラを体中から吹き出しながら、顔中からどす黒く膨れ上がった血管を浮き出すエルフ。
氷帝一派の一人……『風帝・先読みの風神』だ。