不動のXランクが崩れる時
Xランク内で起きた大きな変動の二つ目が、竜騎士が司る槍聖の位含め10年間不動と言われていたXランカーに、『二人の新生』が現れた時の事である。
一人は当時の拳聖を破り、新たな拳聖の位に付いた英雄『破壊の一撃』。
そしてもう一人は当時存在していた『槌聖』を破り、入れ替わる様に新たな『刀聖』と言う位を作った『紫炎の一閃』。
二人の若き英雄が、不動のXランカーを真っ向から揺るがしたのだった。
氷帝一派で塗り固められていたXランカーに危険因子が入ってきた事を悟った氷帝が、実力を見せつけて出る杭を打つべく風帝と自分にその新生二人の実力検査を行う様に仕向けた。
検査とは名ばかりの上司からのリンチとでも言った所だろうか。
自分は新な拳聖を相手取り、風帝が刀聖を担当する事となったのだが……結果は二人しての完全なる『敗北』だったのだ。
オーロは竜騎士程では無いがこの拳聖い成す術も無く一方的に負けた。
それだけならまだしも、この時点で自分より実力が上で有る風帝が刀聖に負けたと言う状況は、間接的に自分が負けたと言う証明に他ならない。
彼等は実力だけで無く、あっという間にオールガイアランキングでも自分達を抜き去り、最古参の氷帝の下に位置する三位と四位に君臨する様になったのだ。
二度ある事は三度ある……いや、戦わずして負けた刀聖も含めれば四度だ。
見えていた最強の座が一気に遠のいた。
しかしそれだけでは無い。
出口の見えない迷路に迷い込んだ様な、もう二度と頂点から見下ろす様な景色は見る事が出来ない様な錯覚に苛まれている中数年が立つと、数える事すら馬鹿らしくなる程に、オーロは若手に連続して敗北を喫したのだ。
新炎帝、新剣聖、新雷帝、新光帝、新弓聖。
現存していた氷帝一派の英雄たちは、この新生組に誰一人として勝利を掴む事が出来なかったのだ。
それだけでも問題なのだが、さらにこの信じられない実力を持つ新生達が挙って刀聖一派を名乗り始めた事も看過できない状況と言えよう。
自分が氷帝一派に所属している大きな理由は、氷帝を矢面に立たせる事で自分に降りかかるしがらみ等を防ぐと言う多大なメリットが有るからだ。
しかし刀聖一派が力を付ける事で氷帝一派の格が落ち、氷帝の権力が小さく成る様な事があればその手段が機能しなくなってくるのだ。
要するに今までは氷帝が面倒事を予め跳ね除けて居たのだが、刀聖の発言力が強まり此方に指示を飛ばせる力を付けてしまえば、彼の言葉を無碍に出来ない状況が作り上げられてしまう。
Xランカーとしての責務を果たすつもりなどサラサラないオーロにとっては死活問題でもあった。
その上今ではXランカー内での自分の実力は、下から数えた方が早いと言う現実に直面してしまっている。
もう何もかもが認められない事だらけになってしまった。
神童と呼ばれていた者が何もしなければ、やがてただの凡人と成る。
そんな言葉の意味を始めてオーロは理解し始めた。
だがもはや全てが手遅れなのだ。
見下していた筈の存在がいつの間にか自分を飛び越えて行った。
誰よりも努力していた筈の風帝の努力を、それ以上の努力で刀聖達は越えて行った。
そしてその刀聖達ですら……『魔人』には勝てなかった。
魔人を退けたのは名前しか聞いた事の無かった『蒼氷の朱雀』なる謎のエルフと言うでは無いか。
上には上が居る。
その上に上が居る。
最上だと思って居た竜騎士にも、刀聖にも、蒼氷の朱雀と言う上がいるのだ。
この蒼氷の朱雀にも上が居るのだろうか。
そう考えた時にはもうダメだった。
オーロは立ち直れなかった。
気付けば氷帝一派は崩壊していた。
アトランティス国の王太子を利用して形勢逆転を目指していた筈の氷帝が、どこぞの混血種にかき回されて全てが失敗に終わったと聞いた。
付く側を間違えたと気づいた時には、もはや全てがどうでも良く成っていた。
天才として、英雄として最強に成る事が一生叶わないのなら、もうこの世に未練などない。
オーロも、当然アルジェントもそう思っていた。
その時に出会ったのだ……あの『魔王』に。
魔王は言った。
誰にも負けない最強の力を与えると。
全ての努力を覆す化け物にしてやると。
オーロは思考を放棄した。
力をくれると言うのなら、最強に成れるのなら、どんな物にでもしがみ付いてやると思った。
魔王が何者であるか等興味が無かった。
自分のこんな目に合わせた刀聖一派をぶちのめせればもうそれで良かったのだ。
力を手に入れた時は興奮した。
今まで感じた事のなかった魔力の高まりに心躍ったのだ。
分かる。
今の力が有れば、あの時の竜騎士にさえ勝利を治める事が出来ると分かる。
他にも風帝や刃聖等もこの力を受けて居たが、あいつらは所詮『一人』だった。
比べてオーロは、アルジェントを含め『二人』だ。
例え風帝や刃聖が同じ力を所持していたとしても、此方はそれが『二人分』有るのだ。
最強は間違いなく自分だ。
そして、その自信は事実に近いものだった。
いや、オーロ達の中では真実でしかなかった。
今この現状を目の当たりにすればそれが分かる。
全く歯が立たなかった刀聖一派の二人を、まるで赤子扱い出来るでは無いか。
魔法を放てば光帝は弾けとび、弓聖は瀕死に陥る。
楽しすぎてたまらない。
こいつらを倒せば次は誰を手に掛けようか。
このまま王者になるのも悪く無いな。
力を行使し続ける事で痛みの発生するこの体等、手に入れた力の代償だと思えばどうでも良かった。
治癒魔法を受けて立ち上がった弓聖が、此方に向けて弓を構えて来る様を視界に納める。
下らない友情ごっこをしている割には、何とも諦めの悪い少女だがもはや相手にならない。
「仕掛けます!」
言いながら、弓聖は此方に向かって弓を構える。
何をご丁寧に攻撃をする前から言葉を発しているのだろうか。
いや、こればかりは仕方ない事だろう。
英雄と言う存在は、その強すぎる能力によって一方的に魔物を討伐する事が出来る。
言い方を変えれば、遊びながらでも上級の魔物を屠る事が出来るのだ。
そうなればどうなるか。
苦戦を知らない英雄達は、『効率的な戦い方』を知らないと同意語となる。
特に、今の様な人対人と言う状況においては、英雄どころかこの時代に生きる者達が皆圧倒的に経験不足と成る。
一瞬で魔物を倒せる魔法を放てる存在が、その対象に対して『不意打ち』や『だまし討ち』等と言った方法を取る必要が有るだろうか。
答えは単純で、必要の無い事は皆がやる事はないだろう。
ただ一撃で倒せるだけの攻撃を仕掛ける。
それが最も効率が良く、最も当たり前の行動と成るからだ。
そう言った行為の積み重ねが、『対人』と言う状況において壊滅的な『弱点』と成り果ててしまっているのだ。
弓聖が得意とする攻撃は、弓による『狙撃』だと言う事は一目瞭然だ。
しかしその弓を放つ筈の彼女が、今から攻撃をしますと言う言葉を相手が聞こえる距離で発言する。
その行為が相手に『警戒してください』と言ってるのと同意語だと言う事を知らずに。
かく言うオーロ自身もそこまで対人戦に心得が有る訳でない。
しかし闇帝と言う闇魔法を得意とする位とその性質上、光が作りだす『影』こそが闇のエネルギーに成る為、闇魔法の恩恵が受けられる状況と言うのが基本的に日陰となる場合が多い。
その為意図せず不意打ちとなる状況が作り出される上、オーロ自身が非常に寡黙な人物である事から、表立った無駄な行動と言う行為自体が無意識の内に削がれているのだった。
だが、今この時のオーロは違う。
溢れ出る力を思う存分使おうとするが故に、常に攻撃的に弓聖達へと襲い掛かっていた。