闇帝・双頭の獅子
敵側の視点で描いてみました。
「弓聖! だめだよ! 下がって!!」
「させません!!」
黒ローブの背中に紺色で描かれた霧の様な紋章を持つ男は、光帝に向けて闇魔法を放出していた。
彼女の持つ『不死身』と言う異能力は相当に厄介な物なのだが、一時的に戦闘不能状態にさせる事は可能なレベルの物だ。
死に至る傷を負っても、本人は死なずに徐々に治癒する能力なのだが、しかしそれは急速に回復するものでは無い。
例えば体が粉々に砕け散ったとすれば、残ったマナの核を中心にゆっくりと時間を掛けて細胞が復活していくと言う現象が起こる。
当然、この間の光帝は戦力になり得ない。
そう言う状況になれば、もう一方の弓聖を一人相手取れば良いだけの戦況が作り上げられる。
彼女も彼女で相当に厄介な『再現』と言う異能力を持つが、所詮は一人だ。
いくら再現しようとも『1対2』のこの状況では、再現が間に合わず此方が一方的に彼女を追い詰める事が出来る。
『闇帝、オーロ・ベルヴァ』はそう確信していた。
と同時に、隣に立っている『もう一人の闇帝』である『アルジェント・ベルヴァ』も全く同じ事を思っている筈だ。
だが此方の作戦を理解しているかどうかは定かでは無いが、オーロとアルジェントが放った闇魔法は光帝を守る様に飛び出してきた弓聖に防がれる。
しかし『魔王』を名乗る者から授かったこの『禁忌魔法』で手に入れたこの力で、助長された闇魔法に弓聖『如き』が耐えられる筈が無い。
案の定彼女は声にも成らない悲鳴を上げて、その場に倒れ込む。
「ダメだよ弓聖! ボクはいくらダメージを受けても復活出来るんだから、君はボクを守ってないで攻めに集中するべきだよ!」
「……そう言う問題じゃないんです……光帝がいくら死傷する攻撃から復活する事が出来るとしても、その痛みと苦しみは残ります……。でも人間の私なら……闇帝の攻撃を受け切る事が出来る。光帝がこうやって回復魔法を掛けてくれれば、直ぐに戦闘に戻る事が出来る。それが一番理に適っています。……それに、何度も何度も親友が目の前で死んでしまう様な光景を……私は見たくありません」
「分からずや! そんな非効率な事言ってたってあいつには勝てないよ! 君は敵だけに集中すれば良い!! これじゃボクはただの足で纏いじゃないか!」
普段淡々とした言葉遣いしかしない光帝が、弓聖の行動を咎める様に強い口調で反論している。
なんとも下らない友情ごっこだ。
オーロは心底そう思っていた。
本当の友情とは自分とアルジェントの様な関係性を言うものだとオーロは信じていた。
オーロ・ベルヴァ。
彼は生まれながらの天才だった。
『エルフの英雄』として生まれた事により自然魔法の扱いにも優れていただけで無く、何の努力をせずとも自然魔法を無詠唱で扱う事が出来た。
オーロからすれば、その程度の技術等出来て当然だった。
逆に言えば、他の者はそれすら出来ないのかとあきれ果てる程であった。
それは『英雄』と言う括りに置いても顕著に表れた。
オーロは周りの英雄達と比べても、事実としてその実力は一段も二段も上にある。
正に神童と呼ばれるに相応しい類い稀なる才能を持ちながら生まれ、成るべくして英雄に成った存在だ。
しかし、オーロには悩みがあった。
いつの時代にも、天才と呼ばれる者達は何かしら悩みを抱えているものだ。
常人とは根本的に感性が違う為、簡単な事でさえ相手が理解出来ないと言う事実が、自分には理解出来なかった。
自分にとっての当たり前が、その他大勢には全く当たり前では無い現実が、オーロには信じられなかったのだ。
天才過ぎるが故に、自分の周りを取り囲む人物が皆無能に見えてしまっていた。
いつしかオーロは心を閉ざす様になり、誰とも会話をする事が無くなってしまった。
故に、オーロは孤独だったのだ。
そしてオーロは心の底から願った。
自分と同レベルの存在がただ一人でも良いからこの世に居る事を願った。
あわよくば、自分自身が『もう一人』存在してくれれば、もう何も望まないと願った。
孤独で有るからこそ、人との関わりを、自分を理解してくれる存在をオーロは求めたのだ。
そしてその願いは、奇跡的に『異能力』として叶う事になる。
オーロ・ベルヴァの異能力はその特殊な能力から、後に闇帝となり『双頭の獅子』と呼ばれるに至る能力。
その異能力の名は、『二重身』。
オーロは、まさに願って居た通り『もう一人の自分を作り出す異能力』を手に入れたのだった。
風貌、性格、思考、知識、能力、その他全てが全く同じ存在を作り出す異能力だ。
オーロは歓喜した。
同様に、同じ思考回路を持つもう一人のオーロも歓喜した。
オーロの願いによって生み出されたもう一人の自分は、自分と同じ様にもう一人の自分を求めている。
全く同じ感情を持つ二人だからこそ、互いが互いの存在を大いに喜んだのだ。
一人目のオーロは、二人目のオーロに『アルジェント』と言う名を付けた。
二人目のオーロは自分が二人目である事を理解している為、その名を素直に受け入れた。
この異能力は正に異端だ。
自分と同じ存在を作り出す能力だが、正に無から有を生み出すと言う異質な能力だ。
主であるオーロが死んだとすれば、アルジェントも同時に消え去る、と言う類いの物では無い。
このアルジェントも、まごう事無き実体を持つオーロ本人なのだ。
仮にオーロが何かしらに事故で命を落としたとしよう。
そうなればその瞬間にアルジェントはオーロとして生きる事となる。
そしてオーロとなったアルジェントが異能力を行使すれば、再びもう一人のオーロが生まれるのだ。
アルジェントがオーロとなり、異能力で生まれたオーロがアルジェントとなる。
正に二人で一つの存在だ。
二人揃ってこそオーロ・ベルヴァ。
オーロとアルジェントの二人で『双頭の獅子』なのだ。
二人がそう呼ばれる様になってからどれくらいの月日が経っただろうか。
相変わらずオーロ達は二人だけの世界を生きていた。
自分と対等に会話出来るのはアルジェントだけだと信じるオーロ。
自分と対等に張り合えるのはオーロだけだと信じるアルジェント。
それ以外本当に何も必要無かった。
いつの間にか英雄国際条約に見直しが入り、新たなるギルドランクである『Xランク』が導入された時ですら、オーロは全くの興味を示さなかった。
しかし、かつては自分と同ランクだった元Sランカー、『温度の番人』なる人物が、この双頭の獅子に『闇帝』を務めてくれないかと打診してきた。
実力を考えれば当然の事である。
今まで一度も努力した事は無いが、それでも扱いが難しいとされる闇魔法をこの世で最も上手く扱えるのは自分だと言う自負がある。
それどころか、オールガイアランキングで上を行く目の前の温度の番人ですら、自分の相手には成らないだろうと思っている。
確かに自分と同じく扱いが難しいとされる氷魔法を得意とする存在で、その名声は留まるところを知らないが、それは異能力に頼った結果である事は見て分かる。
自分の異能力は、直接自然魔法に影響を与える物では無い。
オーロは自分の才能だけで、全英雄の中で最強の闇魔法を使う事が出来るのだ。
出来損ないの氷帝とは違う。
しかし、Xランクに身を置くのも良いだろう。
自分とは比べ物に成らない雑魚共と一生同じSランクと言うのも気にくわない。
己の才能に見合った唯一無二の闇帝と言う位に席を置くのは気分的にも都合が良いかもしれない。
表だった面倒なイザコザは、この無能な温度の番人に任せれば良いだろう。
オーロはそう考えて居た。
適当に褒めて置けば、温度の番人は調子に乗って矢面に立ってくれる筈だ。
彼が事実上『氷帝一派』と呼ばれて居る派閥に所属にしている理由はそこに有ったのだった。
Xランクに上っても、最強の英雄は自分だ。
オーロはそう信じて疑わなかった。
当たり前にアルジェントも同意見だった。