敗れる英雄
ケヴィンは、特に何かをした訳では無い。
当然の方法で、当然の如くただ龍魂をその体で受け止めただけだ。
珍しい技術を使った訳では無い。
「……これで終わりか? ……エリル」
笑い飛ばす様に、挑発する様にケヴィンはエリルへ問うた。
「……何が起こってんねや……」
エリルは恐れているのだろうか、疑問に染まった表情を残したまま、もう一度龍魂をケヴィンへ向けて放った。
先程は無数の爆発に見舞われた事で見失ったケヴィンの様子を確認しようとしているのだろう。
ケヴィンも何が起きたのか、ありのままを見せる為にその龍魂を正面から受け止める。
左腕を翳し、手の平でそのまま龍魂を受け止める。
触れた瞬間に龍魂は爆発し、その爆風は左腕を飲み込む。
だが、何故かその左腕は……全くの無傷でそのまま存在していた。
「……なんやねん……なんやねんほんまに!!」
エリルは二つの龍魂を放つ。
二つが同時に他方向からケヴィンへ触れ、爆発する。
しかしケヴィンは無傷だった。
エリルは三つ放つ。
ケヴィンの頭部へ、腹部へ、脚部へ接触し爆ぜる龍魂。
だが、ケヴィンは無傷だった。
「ふざけんなや!!」
エリルは龍魂を発動する際に、幾つもの龍魂を『一つ』に固めあげた。
本来の龍魂の大きさは三、四十センチ大だ。
限界は有るのだろうが、この時エリルが此方に放った龍魂の大きさは凡そ2メートル近くに上っていただろう。
ケヴィンの体が全てのみ込まれる程だったのだから。
しかしケヴィンは迫りくるその大きな龍魂に、何の躊躇もなく先程と同じ様に手を触れさせる。
すると……その龍魂は今までと全く違う現象を起こして、突然目の前から『消え去った』。
爆発も起こらず、……ただただその場から消し去った。
「何が……起こったんや……?」
その現象は、どちらかと言えばデュランの『魔封斬』が起こす原理と近い物だろう。
実際にケヴィンは何が起こったか理解している。
今しがた自分が発動した技術は、恐らくその『魔封斬』と同じ性能を持った技術なのだろうと。
以前、ケヴィンが魔人の004と対峙した際、彼が発動しようとした転移魔法を消し去った。
あの技術を行うには、人間の魔力付与とエルフの魔力操作の何方の技術も必要である。
しかし、それと同時にもう一つ必要な条件が有る。
その魔法の『構造』を知っていなければ成らないのだ。
当然、ケヴィンは転移魔法の構造は理解している。
だからこそ、004の放った転移魔法の構造を壊し、魔力を雲散させたのだから。
ケヴィンが今龍魂に行ったのは、『そう言う事』なのだ。
「感謝するぞエリル」
唐突に、ケヴィンは呟いた。
「テメェがこの世界に来てくれた事」
言いながら、一歩踏み出すケヴィン。
「テメェが俺達混血種を救ってくれた事」
そんなケヴィンに恐れたのか、エリルは再び龍魂をエリルに向け放出し始めた。
「テメェが俺をこのデスマウンテンから助け出してくれた事」
連射に連射を重ねるエリルに対し、ケヴィンはその一つ一つに素早く触れ、一瞬にして龍魂を消し去る。
「テメェが俺に強くなる方法を教えてくれた事」
再びドーム状にケヴィンを覆う龍魂。
次々と襲い掛かるそれらに対して、ケヴィンはただただ面倒だから消し去る事を辞めて敢えて受け入れる。
当然の様にダメージは無く、そのまま突き進んでいく。
「テメェが俺に生きる術を与えてくれた事、全てを感謝する」
ケヴィンはエリルに向けて飛び上がる。
ここぞとばかりに彼は再び巨大な龍魂を発動し、空中に居る此方へと叩き込んできた。
恐らくこの龍魂は、ただ大きくなっただけでなくそれの伴って範囲も『威力』さえも上昇しているのだろう。
ケヴィンに触れて大爆発を起こすそれ、しかしケヴィンにはもはや『そんなもの』効きはしなかった。
「そして今もまた感謝する……俺をまた一つ……『強く』してくれた事」
爆発を超えてエリルの元へ辿りついたケヴィン。
彼の胸部にゆっくりと左腕を向けると……手の先から『白い靄』を作り出した。
「がはぁっ!!」
エリルは強く吹き飛んだ。
強い『爆風』を受け、胸部を深く抉った状態で地面へと倒れ込む。
ケヴィンは追撃を掛ける事は無い。
もう既に勝敗は付いた。
これ以上の攻防を無意味だ。
吹き飛んだエリルの元へと辿り着き、彼の横へと立つ。
どうやら、ぎりぎり槍を胸部へ当てていたらしい、確かに酷い傷になってはいるが、致命傷は避けられた様に見える。
苦しそうに息をするエリル。
ここまでの状況にしたのはケヴィンだが、彼を治療するつもりはない。
そもそも此方を殺しに掛かってきた相手に情けを掛ける必要は無い。
ただここでさっくり止めを刺して終わりと言うのも、また違うとケヴィンは思っている。
これだけの事をしておいて今更だが……当たり前にケヴィンは彼とは『戦いたくなかった』のだから。
あれだけ彼の背中を追いかけて、あれだけ彼を探し続けて、やっと見つけた、戻って来たと思ったら意味の分からない御託を並べるからぶっ飛ばした。
……そんな終わり方有って良いはずがない。
そうは見えないだろうが、ケヴィンは戦いの最中もずっと同様していた。
何故戦わなければならないと、何故こんな事になったと心の中で表に出ない叫び声を挙げていた。
だからこそ、いつもなら敵無しの様に振舞いながら戦えていた筈なのに、瀕死と言っても過言では無い程のダメージを受けた。
体を欠損させながらも、それを相手に気付かせない程の速度で回復させるべきところを、一々ひと手間多くかけていた事で悟られてしまった。
全てケヴィン『らしくない』行動だ。
それだけ彼との戦いが、この状況がケヴィンにとっては苦しかったと言う事だ。
「……一体……どうなってんのや」
荒く呼吸をしながら、片目を無理矢理開き此方へ視線を向けるエリル。
「何の事だ? 俺が龍魂を喰らって無傷な事か? 龍魂を消す事が出来た事か? ……それとも俺が……龍魂を『作り出す』事が出来た事か?」
精一杯の虚勢を張るケヴィン。
出来る事ならこれ以上彼に刃を向けたくない、だから立ち上がってくれるなと、立ち上がってもまだ俺の強さはこんなものじゃないぞと訴える様に。
「……全部や」
ケヴィンが並べた数々の候補全てがエリルにとっての疑問……当然の質問だろう。
何故防御不能な筈である龍魂を防げたのか。
何故異能力を消し去る事が出来たのか。
何故異能力を持たない筈のケヴィンが、エリルの異能力である龍魂を放ったのか。
他所から見れば疑問だらけの現状だろうが……ケヴィンにとっては単純な事だったのだ。