エリルの目的2
「本気も本気や。最初はこの人類対魔族の戦いが長引けば、きっと人間とエルフは戦争なんか起こさへんと思って俺は姿を眩ましたんや。英雄の存在が人類優位に傾けたんも事実やからな。せやけど俺が一人居らんなった所で、一人、また一人と次々に優秀な英雄が誕生し始めている。こら遅かれ早かれ英雄の刃は魔王の喉元へ届いてしまうおもたんや」
「召喚者も、転生者も、選ばれし者も、『神』とか言うよく分からねぇ存在にこの世界へ赴かせられてるって話だ。だとしたら、テメェ含めこの世界自体が英雄を求めてるって事にはならねぇのか? それがオールガイアの意思じゃねぇのか?」
「それがほんまに……『神』やったらの話やけどな。俺も会うた事あるわ、神とか自称する存在にな。でもこの世界に来た時だけや、それっきりなんの音沙汰も無い。オールガイアが困ってるのに、英雄を送りつけて後は放置や。それの何処が神やねん」
「神を擁護するつもりなんざねぇが、だからこそ何人も優れた英雄を誕生させてるんじゃねぇのか? この世界を守ってくれ。そう言う思いがそこに込められてるんじゃねぇのか?」
「せやったら神自身は何してんねん。駒を送りつけて後は見学か? 神やったら手を振って戦争を失くして、それで終わりなんちゃうんかい」
「そんな事俺が知るか。俺が言いてぇのは、使命感に燃えて人類を救おうとしたあんたが、勝手に人類に呆れて、勝手に神に呆れて、あんたの自己満足な意志で人類に牙を向けて滅ぼそうとしている。それこそまるで、自分が神になった様なつもりでな。テメェ……一体何様だよ」
「英雄様や。オールガイアにとってのな。俺を差し向けたのがお前さんの言うオールガイアの意思やったら、俺はきっと人類を滅ぼせってオールガイアに言われてるんや」
「そうか、盛大な勘違いをする馬鹿だとは流石に想像出来なかったな」
「言うて、あんたは何でそんなに人類を擁護するんや? 人類は最初お前さんを足蹴にしてた存在やで? 混血種を無下に扱って来た存在やで? なんでそないに躍起になって俺の意見に反対しとるんや? はっきり言ってそれが一番の驚きやわ」
「人類を擁護してるつもりはねぇ。俺は俺の味方だ。そして俺にとって大事な奴等の味方ってだけだ」
言うと、エリルは驚いた表情を見せる。
「……びっくりしたわ。お前から大事な奴等なんて言葉が出るとは思わんかったわ。全てに絶望してた目をしてたあの頃とは天地の差やな」
「……テメェも……」
その大事な奴等の一人だ。
ケヴィンはその言葉を押し留めた。
「そうなんやったら……流石にはい分かりましたって簡単にあんたが来る事にはならんな。正直噂に聞いた所、人類で俺の脅威になり得る存在はあんただけやケヴィン。せやから、あんたをどうしても俺の陣営に加えたいんや。かつての弟子と争いたくもないしな」
「……『シアン』はどうするつもりだ?」
「あぁーシアンな、あいつはあかんで、何もかも考えが甘ちゃんすぎや。どーせ俺が何言ったって絶対に耳を傾けへん。あぁ見えて自分が信じた事に関しては相当な頑固やったからな」
「だったらどうするんだ? シアンが敵になった場合……刃を向けるのか?」
「当然や、俺やって生半可な覚悟はしてないで」
「そうか……テメェは結局、神を気取って覚悟だなんだ……自分に色々と言い訳付けて誤魔化しているが、本音はただ『諦めた』だけだって事か」
「……どういう事や」
エリルは怪訝な顔を此方に向けてくる。
「昔はテメェも、馬鹿正直に人類の為に動いて居た。あの時のテメェが今のテメェを見たら、きっとぶん殴ってくるぞ」
「せやな、あん時の俺は、シアンと同じ甘ちゃんやったからな」
「だがテメェは、人類を守る事を諦めた。そして言い訳をする様に、人類を滅ぼすと言い始めた。自分は間違ってないって信じたいが為にな」
「勝手に言うとけ、言ったやろ? 生半可な覚悟やないって」
「なら何故俺を迎えに来た? 何故自分の元へ置こうとした?」
「まぁ、敢えて言うなら親心みたいなもんや。短い時間やったとしても、幼少のあんたを育てたんは俺やろ」
「確かにそういった存在に近いかもしれねぇ。だが本音はそうじゃねぇ」
「なんや? そう思うんやったら俺が思ってる事言うてみぃ」
「……簡単だ。俺が『怖い』だけだろ」
「……」
図星を着いた為か、エリルは黙り込む。
「テメェは人類を救う事を諦めて、言い訳がましくそれを人類のせいにした。そしてそれをごまかす為に人類を滅ぼすと決めた。だがそれを実行するには、一人邪魔な奴が居る……それが俺だ。俺が居たら、テメェは止められるから。止められてしまえば、オールガイアの意思によってと無理矢理とってつけた理由が否定され、自分のその行動全てが間違っていた事が証明されるからだ」
「……」
「その証拠に、テメェはシアンを切り捨てた。あいつならまだ敵に回っても問題ないって判断したんだろ。俺がもしあの後ただの混血種として普通に生きて居たら、テメェを止める程の力を付けて居なかったら、テメェはきっと何も言わず人類に牙を向けてただろ」
「……ふっ」
エリルは鼻で笑った。
「正直言うで? 半分正解や、せやけど半分はほんまに親心に近い想いからや。あんたはシアンと違って、この世に未練なんか無いと思ったからな」
「……シアンを切り捨てた理由はもう一つ……刀聖一派の全員が慕うあいつが、英雄らしい英雄であるあいつが、かつてのテメェと『重なる』からだろ。愚直に突き進んでた、あの頃のテメェにそっくりだからだろ」
生き方が違った為に思い描いて来た自分の在り方は違えど、同じ背中を追いかけた者同士であるケヴィンから見れば、今のシアンがかつてのエリルの様な正義に溢れた存在を模範し、そこへ辿りついている存在だ。
そんなシアンの姿を見たエリルが、過去の自分とシアンを重ねるのは、仕方のない事かもしれない。
「……そこまでバレるもんなんやな、やっぱりあんさんを敵にしとくんは勿体ないわ。頼むわケヴィン、俺と一緒に来てくれへんか? この通りや!」
頭を下げながら、両手を合わせ上に上げるケヴィン。
「この状況で、そんな上辺だけの願い方が通用すると思ってんのか?」
「これが俺らしいやろ? 俺とお前の仲やないか、どうや? 俺と一緒に来れば、これからずっと俺と一緒やで。今度はもう勝手にどっか行ったりせぇへん。もう誰にもあんたを蔑まさせたりせぇへん。俺らで新しい世界を作るんや……楽しそうやろ?」
「……」
かつて、ケヴィンは死に者狂いでエリルを追いかけた。
エリルが消えてからデスマウンテンで過ごし、力を付けてから必死にエリルの足取りを追った。
成長した自分を見て欲しかったから。
独りで生き残った事を褒めて欲しかったから。
彼に認めて欲しかったから。
何より……お礼が言いたかったから。
ケヴィンは、僅かたった二年間程だが、エリルと過ごした日々を思い出す。
ただただ強く成りたくて、エリルの家で我武者羅に鍛錬を行って居たあの日。
特に彼に戦い方を教わった訳では無い。
だが混血の魔法は純血のそれと比べれば半分しか出力が出ないと言うのなら、出力を倍にすれば純血と同じ魔法を使う事が出来ると言う考えがケヴィンの中にある理由も、最初からケヴィンが考えていた訳では無く、他でも無いエリルから言われて気付いた事だった。
彼から教わったのは、魔力捻出速度の向上と、マナの核の保有魔力の底上げ。
ケヴィンが毎日の様にマナの核から魔力が完全に尽きるまで行使し続けたのは、それがエリルの言う最も効率の良い鍛錬方法だったからだ。
彼が居るから今の自分がある。
それだけは、間違い無く事実だ。
「あんたの考えは変える気は無いのか?」
「言ったやろ、もう決めたんや」
ケヴィンが今決断しなければいけない未来は、『エリルだけが居る世界』と『エリルだけが居ない世界』だ。
長い間姿を眩ませておいて、突然現れた挙句意味の分からないその二択をかましてくるエリルの神経を疑うが、しかしそれはケヴィンにとっては重大な選択肢となっている。
他人には分からないだろう大きな問題が、ケヴィンの中には有るのだ。
決まっているだろう。
悩む必要なんて無い。
求めて居たじゃないか、エリルの居る世界を。
心に余裕が出来てから、ずっとその事が心の片隅に有ったじゃないか。
ここにエリルが居たらと……皆と共に笑うエリルの姿を思い浮かべていた。
だから、ケヴィンの答えは決まっている。
ケヴィンが求めるのは、『エリルが居る世界』だ。
そう、『皆が居るこの世界で』共に笑うエリルが居る世界だ。
そしてそこに居るエリルは……『かつてのエリル』だ。
「……俺の知っているエリルはもう居ない」
「なんやて?」
ここに居るエリルに、かつて感じた輝きは見えない。
「俺が感謝して、憧れて、背中を追い続けたエリルは、もうこの世には居ない。居るのは、勝手に突っ走って勝手に呆れて、全てを諦めて腑抜けてしまったエリルだけだ」
「……あんたには分からへんやろな。俺がどんだけ悩んで決心したかなんて」
「あぁ、知りたくもねぇ。下らねぇ言い訳を聞くなんてうんざりだ」
ケヴィンが求める未来は、皆が居る世界で共に笑うエリルが居る世界。
そこには、レオン達が居て初めてケヴィンの求める世界が存在するのだ。
「それやったら……もうあんたは邪魔なだけやわ」
「だったらどうする」
その世界を壊すと言うのなら、例えかつての恩人だろうと許さない。
自分勝手に世界を壊そうと言うのなら、こっちも自分勝手に自分の世界を守らせてもらう。
そこに他人の意思は関係ない。
これはただの互いのエゴ対エゴの戦いなのだから。
「決まってるやろ、ここで消えて貰う」