エリルの目的
「世界の流れは色々知っとるつもりや。そんで、『英雄』に関してはどう思ってんねん」
「英雄そのもののあんたが俺にそんな質問するとはな。正直に言うが、一部の英雄以外この世界には必要の無い存在だ。世界がこんな状況になって居るのも、半分は英雄達に責任があると思っている」
英雄が存在するお陰で、世界は平和に成っている。
魔物からの被害が極端に減っている。
確かにそれは事実だ。
しかしそれが招いた結果は、戦乱の時代であるにも関わらず危機感の全くない人類が出来上がってしまった。
その影響で向上心の無い存在でありふれ、魔導騎士団の一個師団が揃ってやっと上級の魔物が一体屠れると言う様な絶望すべき程の人類の弱体化が起こった。
英雄の存在は確かに人々を救ったかもしれない。
しかしその反面、人々が辿る筈だった進化の形を潰したのも、この英雄達だろう。
だが……世の中には英雄の力が無くとも自分の身を守れる存在がいる。
英雄よりも活躍する存在がいる。
努力せずに力を手に入れた事により、堕落してしまってる英雄も居る。
しかし努力を惜しまずに堪えず己を鍛え続けている立派な英雄も居る。
それもまた事実であり、そんな英雄に自分が助けられたのも事実でしか無い。
ケヴィンはそんな狭間に立たされており、その様な質問はケヴィンにとっては少々酷なものだ。
「正にそれや、それこそが俺が失踪した理由や」
成程、やはり居なくなったのは何かしらの事件に巻き込まれた訳では無く、本人の意思によるものだったか。
だとすれば、『迎えに来た』と言う言葉はどう言う意味なのだろうか。
「俺はこの世界に、ほんまに英雄が必要なんかどうか知りたかった。確かに世界は窮地に陥ってたのは事実や。魔族に対して劣勢な状況だったんも分かる。せやけど、魔族との戦いが始まってから、英雄がこの世界に現れるまで数百年はこの世界は滅ばなかったんやで? それは英雄が居らんでも、人類は生き残る力が有ったっちゅう事や」
それもそうだろう。
恐らく英雄としての力は持たずとも、時代事にいつも人々の先頭に立って戦い続けられる様な、勇者の様な存在がいつの時代にも居た筈だ。
現代で言えば、白牙の老神や神速の貴公子がそれに付随する存在だろう。
英雄が現れ、人類の進化を止めなければ、ケヴィンの扱うこの流動式身体強化術や補助魔法を極める意味にもいつか気づいたかもしれない。
「英雄が居る事によって世界に平和が訪れ始めたのも事実や。せやけど、これだけ英雄が居るにも関わらず未だ戦争は終わってへん。それはなんでや?」
「魔王が倒せないからだろ」
「……魔王を倒して、それで終わりやと思うか?」
「……どういう事だ?」
「結局人類っちゅうんは、意味の無い事をずーっと繰り返してるんや。あんたも知ってるやろ、人間とエルフは魔族と戦う前はお互いの種族で戦争してたんやで」
人間とエルフはかつて戦争をしていた。
人は自分とは違う存在を恐れる。
人間とエルフは根本的な構造は同じであるにも関わらず、外見等から互いを受け入れず、異なる発展の仕方をした事から互いに恐怖を感じる対象となった。
人間からすればエルフは自然の力を自由自在に扱う不気味な存在で、エルフからすれば人間は理解出来ない道具を使い、大きな鉄の箱を凄い速度で動かしたり、空を飛ばせたりする謎の技術を持つ存在。
そう言った価値観、文明の違いから互いを忌み嫌い、ちょっとしたいざこざから争いに発展し、僻地の人同士の争いが、村や町包みで、やがて国や地方、世界を巻き込む戦争へと変わっていった。
長きに渡り争って来た互いの種族は互いに互いの種族を減らすだけだと認識し、その時代のリーダー達が会合を重ねた結果、例の『不可侵条約』が結ばれる事となったのだった。
人類の平和が暫く続いた後、魔族からの侵略が人間とエルフに降りかかり、またもや戦乱時代へと突入し、そこから二つの種族が共存を行う事となったと言う歴史は誰もが知っている話だ。
「魔族に襲われる前には、不可侵条約が結ばれて居ただろ」
「確かにな。せやけどそれはその時代の代表者の英断であって、今の時代の代表者の判断やない。今の状況で魔王が居なくなり世界が平和になったら、また人類は必ず戦争を起こすで。今度は互いに力を付けた上での戦争やからな、オールガイアへの影響は計り知れんやろうな」
「そうなるとは限らないだろ。実際に英雄が現れて世界が平和に近い状態になっても、そう言った兆候は未だかつて無い」
「せやったら何で『国境』なんてもんがあるんや? 何で国同士で壁作ってるんや? 人間もエルフも、互いの種族間で戦争する前には、同じ種族同士でも、さらに言うたら同じ国同士の者とも戦争してたんやで?」
確かにそう言った事があったと言う話も聞いた事がある。
だが。
「遥か昔の話過ぎて想像つかねぇな。確かに国境ってもんは有るが、概念としては貴族の領と似た様なもんだろ」
「あまいでケヴィン。国が貴族の持つ領を肥大化した様な物だって言うんやったら、誰がそれを纏めてるんや? 国の王達を、最長老達を纏めてるんは誰や?」
「誰も口にはしねぇが、アースガイアにおいては事実上アトランティス王がリーダーの様なもんだろ」
「それを代々的に証明されている事実は無いやろ。アトランティスの王が理不尽な事をしでかせば他の国は忽ち牙を向けるで。世の中はそう言うもんや」
「だから、事実としてそう言う事は起こってねぇだろ」
「せやけどな、今回の新アトランティス王の即位の時には事実上兄弟の間で戦争が起こってたやろ。分からんとは言わせへんで、あんたも間違いなく『刀聖一派』の英雄と共に『氷帝一派』と戦ってたやろが。しかも物理的にな」
ミリアルドがエドワードの暗殺を目論見、ケヴィン達がそれを防いだ。
ケヴィン本人も、防壁の炎神や真空の鎌鼬と言った氷帝一派の英雄と実際に刃を交えている。
相手がオールガイアランキング三位の氷帝を出した事によって、こちらもオールガイアランキング一位の炎帝を登場させた。
……確かにこの件だけ見れば、間違い無くエドワード派閥とミリアルド派閥の間で戦争が起きていたと言っても過言では無い。
そもそも王位争奪戦と呼ばれている事から、誰もが二つの派閥が戦っていたと認識している。
「そう言う所やケヴィン。そう言った小さな戦いが、やがて国から世界へと広がっていくんや。今回は偶然兄弟間で済んだ。英雄間の話で済んだ。せやけどもしエドワードがアトランティス王に成る事を良しとしない国があの時現れて、その国が武力行使に出て居たらどうなってたと思うんや? アトランティスが攻められたら、同盟国のジパングは共に戦う事になるやろ。そうしたら相手も同盟国が出てくる。その後直ぐに連鎖反応で世界中を巻き込んだ争いになるで」
「だが、ならなかった」
と、ケヴィンは一言返す。
「確かにな、今回は成らなかった。せやけど次回はどうや? その次は? 想像したら切が無いで。俺の予想やったら、魔王が滅べば、世界は必ず再び戦争を起こすで」
「それはいつかの話であって今の話じゃねぇだろ」
間髪入れず、ケヴィンは反論を始める。
「あんたの言いたい事は分かる。歴史が何度も繰り返している事も理解してる。だがそれが事実だとして、いつか必ず再び人類に戦争が起こるとして……それがどうしたんだ? そんな話を俺にして、あんたは何をどうしたいんだ?」
「馬鹿な事ばかりを繰り返す人類を、守る必要なんか無いんやないかと思ったんや。最初は一生戦争を止めたると思ったわ、せやけど無理な事に気付いたんや」
「一生戦争を止める。確かにそれが理想だ、最も理想的な案だろ。だがそれをするのは俺達の役目じゃねぇ。今の時代の戦争を止めるのは確かに俺達の役目だ。だが未来の戦争を止めるのは未来の奴らの役目だ。俺達は神じゃねぇんだ、一生この世界を守るなんて出来る訳ねぇだろ」
そう言った思いを持ってしまう理由だって分かる。
レオンだって、恐らくエドワードだって、この時代のリーダーに成る様なあぁ言った存在も、きっと一生争いを失くしたいと思う事だろう。
「そうや、出来へんのや。人類が愚か過ぎて、いくら俺が一人頑張っても無理なんや。やから……もう人類なんて存在しない方がえぇんとちゃうかと思ったんや」
「……意味が分からねぇな」
「無駄に争いを繰り返して、同じ人間なのに、同じエルフなのに、同じ世界に生きている人類なのに傷つけ合う存在なんて、必要無いやろこの世の中。オールガイアもえぇ迷惑やわ。人類が一番この世に必要ないっちゅうこっちゃ」
ケヴィンはそこまで聞いて漸く、彼が言おうとしている事の全貌が見えて来たがした。
「あんた……『人類を滅ぼす』つもりか? そしてその計画に俺の力を使う為、俺を迎えに来たって言ったんだな?」
「その通りや。ケヴィン、あんたももう自覚しとるやろうが、お前さんの持つその力はもう一般常識レベルやない。この世に存在する全ての英雄の力を集結しても、あんたには勝てへんやろな。せやろ? 『蒼氷の朱雀』さんよ」
「……テメェ……本気で言ってんのか?」
かつて史上最高と言われた英雄、エリル・エトワールが人類へ牙を向ける。
そんな事が起これば、人類に未来は無いと言っても過言では無い。