予期していなかった来訪者
ケヴィンはメイファをDOLLSへ送り届け、自らも帰路へ着いた。
無理矢理予定を作って貰ったにも関らずあの様な事態に巻き込んでしまった事を謝罪したが、どうにもメイファからすれば『守ってもらった』と言う思いがとても強いらしく、逆にお礼を言われてしまう始末となった。
また改めて都合を付ける事にし、そのまま解散の流れとしたのだった。
ロイと一緒に居たあの取り巻き二人組だが、ケヴィンが『混血種』である事が判明した瞬間、蔑む様な視線を此方に向けて来た。
やはり、混血種の扱いなんてこんな物かと再確認したケヴィンだったが、元より彼女達と関わるつもり等全く無い為に、そのまま放置して戻ってきたのだった。
ケヴィンは自宅前に辿り着き、ゆっくりと扉へと向かう。
室内にそのまま転移しても良かったのだが、何やらもやもやした感情が晴れずに少し外の景色を眺めながら戻ろうと思ったのだった。
扉に手を掛けるケヴィン、しかしそのままドアノブは回さず静止する。
「……」
気を抜いていた事を若干後悔しつつも、それでもこれ程まで『接近』されたにも関わらず、やっと『その存在に気付く事が出来た相手』の隠密技術を高く評価する。
「誰だ?」
ケヴィンは後ろを振り向く。
ケヴィン宅の門から続く長い道の所々に取り付けられた照明の一つが、一人の人物を照らしている。
小汚い茶色いフードで顔を隠した人物が佇んでおり、彼の右手には『銀色の槍』が握られて居た。
ケヴィンは眉を顰めた。
その銀色の槍に、見覚えが有ったからだ。
『アダマンタイト』で作られたであろうその槍に。
「えらいデカくなったなぁケヴィン。久しぶりや」
「……」
ケヴィンは、その声に、その独特の喋り方に、息が止まる思いをした。
「なんや? 俺の事忘れた言うんか? あぁ、フードのせいか。これでどうや?」
と、その人物はフードを外し、此方に顔を見せる。
忘れる?
そんな事は有り得ない、忘れてはならない、忘れる筈が無い。
この人物のお陰でケヴィンは今の自分が有るのだから。
この人物が居たからこそ、ケヴィンは生きているのだから。
全て覚えている。
全部があの頃のままだ。
猫背の様に立つその姿も、後ろで一つに束ねられた赤く長い髪も、若干垂れ気味の大きな目と整った鼻筋も、大きめな口元とシャープな輪郭も、十数年間経った筈の今でも何も変わって居ない。
「どうしたん? ほんま覚えてないんか?」
この世界には無いその独特な喋り方も、あの頃のままだ。
史上最高の英雄と呼ばれ、混血廃止礼を撤廃し、Xランカーを立ち上げ、その後暫く……この世から姿を消した男。
オールガイアランキング二位、『槍聖』……『竜騎士』。
またの名を……。
「エリル……」
『エリル・エトワール』と言った。
「せや! ちゃんと覚えとったな! 偉いでケヴィン!!」
何故ここに?
今まで何処に行っていた?
どうして今になって戻ってきた?
あんたが居ない世の中は大変だったんだぞ?
言いたい事が、次々の頭を過る。
言葉にしたい事を纏められず、一つも彼に言葉を発せられないで居た。
初めて『動揺』している自分に驚きも感じつつ、その驚きが更に動揺を誘っていた。
「なんやそのつれへん態度は。あんたは俺に会いたくなかったか? 俺は会いたかったでケヴィン」
会いたかったに決まっている。
だが何故今なんだ。
何故突然なんだ。
いや、そんな疑問的な事を伝えたい訳じゃない。
彼には一番言わなければならない事があるんだ。
あの日、15年前に助けられた時に言えなかった言葉。
感謝の気持ちをまだ口に出来て居ないのだ。
伝えるべきはそこだろうとケヴィンは葛藤する。
しかし、そのどれもが言葉に出てこないのだ。
手が小刻みに震えているのが分かる。
『感情的』と言うのだろうか。
初めての経験に戸惑い続けるケヴィンだった。
それを察したのか、エリルはゆっくりと此方に近づいてくる。
そして頭の上に手を置き、一言告げた。
「……落ち着くんや」
あの頃は見上げれば聳え立つ様に見えたあのエリルが、今では目線の高さが殆ど変わらない。
そうだ、自分は成長したんだ。
あんたを目指して、こんなに強くなったんだぞ。
とケヴィンは思う。
しかし、やっと口に出来た言葉は全く別の物だった。
「何故ここに……」
一言目が結局それになった事を後悔した。
しかし、それを知らなければ話は進まない、そう思って居るのも事実だ。
「まぁ、普通気になるわな。何年も音沙汰無しの人間がいきなり目の前に現れた、誰だってそうなるわ」
エリルは槍を持ちながら、両手を後頭部に回して少しばかり背を向ける。
「せやけどここはあかんわ、ちょっと場所変えられへんか? 家の中よりは誰も来ない場所がえぇわ。ここはフルーズ伯爵家の隣やしな。あら? 今は侯爵家やったか?」
風魔法で防音を行えば問題は無いが、ケヴィンは彼の思いを尊重する為に指を打ち鳴らすと転移を発動した。
辺り一帯の景色が一瞬で変わり、転移した先は元『デスマウンテン』、現在は『デスフォレスト』と名称を変えた大森林の中だ。
丁度デスフォレストの中央、デスマウンテンだった頃にケヴィンが過ごしていた家が存在した場所だ。
あの頃の気持ちを忘れない為に森の中に広い空間を設け、今でもたまに訪れる事があった。
「あら? ここは……」
「……もうここは山じゃない。木々で囲まれて分かりにくいが、平地になってる」
「成程な、通りで雰囲気が以前とちゃうと思ったわ。魔物も居なくなってる様やな、魔力の質がなんやあの頃と違う気もするしな」
流石にエリルとも成れば魔力の質の変化には気づくか、とケヴィンは関心する。
出来て当然なのだが。
「それで、何でここに居るかやったな? 簡単や、あんたを『迎えに来た』」
「……迎え? 何のことだ」
「順を追って説明すんのは苦手なんやけどなぁ……? でもそうせなあんたも訳分らんやろし、しゃぁないわ」
寧ろそこを省く意味は無いだろうとケヴィンは思う。
「まず最初にこっちの質問に答えてくれやケヴィン。あんたはこの世界……どう思ってるんや……?」
「この世界をどう思っているか……?」
真剣な表情で此方を見つめるエリル。
質問の意図が不明だが、彼の中ではそれに何か意味が有るのだろう。
「……そうだな、弱者は甚振られ、強者が肥える、弱肉強食の象徴と言える状況だ。あんたのお陰で、混血種は確かに生きやすくなったが、まだまだ俺達への視線には蔑みが含まれる事が多い」
先程も正にそう言った視線に晒されたばかりだしな、とケヴィンは思う。
「せやろ、ほんまその通りや」
「だが」
以前の自分なら、こんな世界は『下らない』と心底思っているだろう。
しかしいつしか、こんな下らない世界にも、少なからず希望は有るとも思っている。
「世界は少しずつ変わっているとも言える。今はまだ産声を上げたばかりの存在だが、何れその声は天下に届くだろうな」
「……新しいアトランティス王の事か?」
「……それも知っているのか」
先程エリルは、フルーズ伯爵家が侯爵家へなった事を口にしていた。
エドワードが国王に即位したのもつい先日だ。
つまり彼は、今日の今日この世界に戻ってきた訳じゃなく、少なくともここ数日の世の中の出来事は把握している事になる。
彼が元の世界に戻ったと言う仮説の可能性が、ほんの少しだけ減った。
やっと彼を出す事が出来ました