今後一切魔法を行使しない事
彼は左手をロイの胸元に添えると、その瞬間にロイの胸部へ手刀を突き刺す。
すぐさま彼の体の中から『とある物』を抜き出すと共に、彼の傷口を治癒魔法で塞いだ。
エマの時の様に綺麗に直すつもりも無く、その傷跡を見る度彼が過去の自分を懺悔する様に敢えて痕をのこした
「がはっ!!」
手刀による痛みにロイが悲鳴を上げたのは、もうとっくにその傷が治り切った後だった。
神経から伝達される痛みが脳に伝わるまでの間に、ケヴィンは一連の作業をやり遂げたのである。
そしてケヴィンはロイの体の中から抜き出した物を、手を広げながら彼へと見せつける。
黄色い半透明の宝石の様な石に近い物質。
殆どの者達がその物体の正体を知る事は無い。
見る機会が極端に少ないからだ。
「……何……した……?」
ロイは気付いているのだろうか。
今彼は……『魔法が一切使えない』事を。
ケヴィンがロイから取り出した物、その正体は。
「テメェからこの『マナの核』を取り出させて貰った」
そう、『マナの核』である。
人が魔法を扱う為に必要な物。
魔力を捻出する為にも、異能力を行使する為にも、この世に生きる限り絶対に必要な物だ。
「な……に? かえ……せ」
苦しそうに手を伸ばすロイ。
胸部の傷は死なせない為に回復はしたが、雷魔法によるダメージは残したままだ。
恐らくそれを治療する為に、治癒魔法を行使しようとしているのだろう。
だが、当然マナの核が体内に存在しない為、魔法を作り出す事は出来ない。
「もう勝負は決した。俺がテメェに求めたのは『今後一切魔法を行使しない事』だ。それを物理的に守らせる為に、テメェのマナの核を取り上げさせてもらった」
「そ……それが無いと……俺……は」
「あぁ、『英雄』処か『無力』の存在に成るだろうな。テメェはもう少し魔法の使い方と言うのを学べ。まぁ、金輪際魔法は使えねぇだろうがな」
精神的にも未熟な頃から身に余る力を人が持ってしまえば、その力の正しい使い方も分からないままむやみやたらと武力行使する存在が少なからず出てくるだろう。
このロイ・トニトルスは正にその代表格だ。
恐らく周囲の大人が英雄だからと彼を祭り上げ、道徳的教育が疎かになった結果だ。
道徳的教育に関してはケヴィンにも教養は無いが、それでも自分が魔法を使えば相手がどうなるか等は容易に想像が付く。
ロイはそう言った考えも無しに、自分の好き勝手に魔法を使って来たのだろう。
だからこそケヴィンは賭けの対象に、ロイの魔法使用禁止を翳したのだ。
「俺が……俺が……無力? は……白銀の……雷鳴様……だぞ」
「そうか、それなら今日からただのロイ様だな」
どれ程絶望的だろうか。
英雄として人生を謳歌して来た筈なのに、ある日突然無力と化する。
もし彼の周りが、彼を英雄としての価値しか見出していないのなら、恐らく扱いは混血種以下と成り下がるだろう。
正に絶望的だ。
「テメェが魔法の有難さを自覚して反省したら俺を訪ねて来い。そうしたら返してやる事も考えてやる。早く反省しろよ? じゃなきゃ『取り返しの付かない事になる』からな」
マナの核に保有されている魔力量は、使用しないからといってその最大量が減衰する事は無い。
その為、この様に体外へマナの核を取り出したとしても、保有される魔力量は一切減らない。
実はこのマナの核と言う物、意外にも『移植』する事が可能なのだ。
過去の事例として優れたエルフの魔術師が、大戦乱の最中マナの核を損傷してしまうと言った重症を負った。
その人物は英雄では無かったが、それでもその人物の自然魔法はその時代には必要な力だった。
それを考慮してからか、同じ戦いの中で死んでしまった高齢のエルフのマナの核をそのエルフへ移植する事が決定され、実行された。
人類にとってその移植は初めての試みだったが、その優れたエルフへの移植は見事に成功し、再び前線へ立つ事が出来たのだった。
しかしデメリットとして死してしまった高齢のエルフのマナの核は、本来優れたエルフが使っていたマナの核より魔力保有量が劣っていた。
その為移植直後は優れたエルフの思い通りには魔法を行使する事が出来なかったが、その後もその人物は努力を続け、何とか全盛期の力を取り戻したと言う逸話があった。
マナの核の移植は素材となる元の持ち主の年齢は関係無い。
身体の様に老いていく、劣化していく物では無いからだ。
ただ、その後の度重なる研究により判明した事は、人間のマナの核はエルフへ移植する事は出来ない。
同時にエルフのマナの核を人間へ移植する事は出来ないと言った事実だ。
体が強い拒否反応を起こし、死亡事件まで起こった前例があった。
そしてもう一つ。
マナの核の元の持ち主が、移植先の人物よりも魔力保有量が多かった場合にも、移植の失敗を招く事がある。
移植された人物が、その魔力量に体が慣れていない為、抑えきれずに暴走を起こしてしまうのだ。
微量な差なら問題は無いのだが、余りにも差があり過ぎる場合にはこう言った現象が起こる。
この魔力の暴走状態の一例をあげるとすれば、あの『エマ』が起こしてしまった魔力の暴走事件だ。
彼女は過去に自分でも無力だと思い込んでいた為、一切魔法を使う事は無かった。
使えなかったと言う言葉の方が正しいのだが、その為体が大きな魔力に耐えられる作りになっていなかった。
その結果、弟の死による強いショックで異能力の封印が開放されてしまい、抑えきれない大きすぎる魔力量が暴走し、あの様な事態に陥ってしまった。
マナの核へ魔力を抑える為には何より魔力を抑える事の出来る肉体と、体への魔力耐性が必要なのだ。
それを前提に置いた所で今回のロイだ。
彼は今、マナの核が体内に存在しない状態となっている。
今すぐにマナの核を彼に戻せば、なんの問題も無く彼の魔力は体へ定着するだろう。
しかしこのまま日が経ち、マナの核の存在しない状態にロイの体が慣れてしまえば、取り上げたマナの核は一生彼には戻せない事になってしまうだろう。
だからケヴィンは早く反省しろとロイに言ったのだった。
彼がそう簡単に反省するとも思えないし、何を反省しなければ行けないかも分かっていない事だろう。
「メイファに謝る気が出来たら俺を訪ねて来い。アトランティス国でケヴィン・ベンティスカと言う名の混血種を探せば、直ぐに見つかるさ」
そもそもケヴィンは自分に謝って欲しい訳では無く、メイファに謝って貰いたいだけだ。
恐らくその意図も伝わらないだろうが……。
王位争奪戦以降、ケヴィンはケヴィンでやはり有名な存在になってしまった。
玉座の間であれ程好き勝手にやれば、嫌でも人々の目に付く事だろう。
エドワードの横で何やら騒いでいた混血種程度の認知だが、それでもあの場にいれば皆の目に止まるのは当然の事だった。
「誰が……謝るか……」
「そうか、なら一生そうしてろ」
この状況になっても何故まだ強気でいられるのか、ケヴィンには理解出来なかった。
いつまで経っても茫然と立ちすくんでる審判に視線を向けるケヴィン。
やはりミリアルドと戦った時と同じ状況か、何が起こっているのか理解して居ない様子だ。
「おい」
「……はひっ?!」
素っ頓狂な声を上げて我に戻る審判。
「……終わりだろ?」
「え……あ……け……ケヴィン・ベンティスカの勝利です……」
何とも力の無い言葉だが、このどうしようもない決闘は予想通りの結果で幕を閉じた。
――――……。