デートのお誘い
一度刀聖一派全英雄対ケヴィンと言うふざけた環境で模擬戦を行ったのだが、危なく彼等の攻撃が『掠る』所迄彼等は進歩して居た。
まだまだ強くなって欲しいが為に、簡単に傷を負ってやるつもりはケヴィンにも無い。
やはり彼等の中で一目置くとすれば、レオンのあの隠し技にフィーネの再現、当然シアンの絶対切断も挙げられるのだが、はっきり言って一番面白いと思ったのは『拳聖』である『ドモン・アルドカーラ』の力量だ。
流動式身体強化術に関しては、実のところ彼が一番まともに出来ている。
シアン曰くその人物は考えて動く事が苦手としていると言っていたが、その反面で体で感じる技術に関しては滅法強いのだろうか。
しかしシアンやデュランに比べると、魔力の捻出速度が遅い為に流動式身体強化術がそこそこの技術でも、結果的に他の者達と同レベル帯の強さしか発揮できていない所が中々残念でもある。
話は大きく反れてしまったがエドワードが打ち立てている新たな政策の中で、一番世間を賑わせている話題である英雄国際条約の改案。
これについて真っ向から反発してくると思われて居た『氷帝』達だが、ここ最近彼等の姿を見る事は無かった。
Xランカー会議でも、氷帝一派のXランカーは皆欠席続きである。
正直彼等のその様な行動は今に始まった事では無い為特に深くは考えていないが、あそこまでコテンパンにやられた氷帝がそのまま音沙汰無しと言うのも聊か気にはなるものだ。
だがこのまま英雄国際条約の改案を素直に受け入れるのならば、これといってケヴィンが彼等に何かをするつもりは一切無い。
そう言った大きな流れこそ有ったが、ケヴィンにとっては特筆するべき出来事はここ最近起きてはいないとも言えた。
『暇だな』
が口癖になりつつある頃、大人数の喧騒の中偶にカウンター席で応対をするメイファと他愛もない会話をするのが日常化し始めていた。
「ぜんっぜん暇じゃないですけどね!!」
確かにこの様に繁盛してしまった店としては、いくらケヴィンが暇であってもその従業員であるメイファは暇な筈がなかった。
「その割にはこうやって定期的に俺の前に足運んでんじゃねぇか」
「私は専属ギルド員ですよ? 私としてはどんな仕事を投げ出しててでも蒼氷さんの仕事を優先しなきゃいけないと言う役割が有るんです!」
「そう言う都合の良い事言って、本音としては俺を口実にサボっているだけだろ?」
「バレました?」
「当然だ」
舌を出しながらおちゃらけるメイファ。
今となっては、こんなやり取りが『普通』になってきている。
以前と比べれば、途轍もない環境の変化だろう。
ただの一介の混血種が、王太子を叩き潰して、学園へ行く事になって、英雄と刃を交えて、新種の魔物を発見して、英雄をぶちのめして、スタンピード掃討戦へ参加して、魔人を発見して、英雄と遊んであげて、堕落した英雄を叩きのめして、王位争奪戦に参加して……。
殆どの記憶が英雄とばかり戦っているのは気のせいかとケヴィンは思いつつも、これは間違いなく『充実した生活』を送っていると言っても過言では無い筈だ。
少々充実し過ぎている気もするが、デスマウンテンで我武者羅にただただ鍛錬を行って居た日々よりは、平和過ぎて暇続きでも『楽しい』と思える日々を送っている。
そんな日々が続くと、やはり心の中に今まで無かった『余裕』と言う物が出来始める。
一度生への執着を失くしたあの日から、娯楽の様な物を一切遮断し体を酷使し続けてきた。
無駄な要素を一切排除して、強く成るしかなかったあの頃にはもう戻る事は出来ないかもしれない。
決してそんな日々を後悔する筈が無い。
今まで培ってきた物は全てケヴィンの誇りと成っている。
だけど、一つだけ我儘を言うのなら……今のこの生活にあの『エリル』が居れば、もっと楽しかったのでは無いかと思ってしまう時がある。
他の事を考える余裕が出来たからこそ、偶にふと……竜騎士の存在を思い出す事が有るのだ。
十数年間も行方不明の彼が今更出てくるなんてありえない事は分かっているが、それでも彼の居る生活に少しばかりの憧れを持っているのも事実だった。
「よいしょっと」
ケヴィンの隣の席に、メイファが座り込んでくる。
「何やってんだ?」
流石に専属ギルド員である事を言い訳にしたとしても、こんな堂々とサボって居ては色々とマズいだろう。
「休憩ですよ、エドワード様が王になった事で労働基準法も見直しが掛かって、休憩時間が増えたんですよ」
エドワードが訴えていた『労働改革』の一環で、浮浪者、無職の者への仕事の斡旋だけで無く、職場環境の改善にも大きな動きがあった。
その結果として、以前までは食事の為の休憩以外には無かった小休憩の様な物が、メイファ達にも与えられる様になったのだろう。
DOLLSがアトランティス国内に有るギルド支部だからこそ、早々に着手されたと言う事だ。
「そう言えばあんたは、基本的にいつ来てもここに居るよな」
「蒼氷さんがここに来る頻度と来る日の比率を計算して、比較的来やすい日時や時間を考慮して私のシフトが組まれてますからね。専属ギルド員は大抵そうなってると思いますよ?」
「成程な、二つ名持ちってのは大分優遇されてんだな。って事は俺が毎日ここに来ることになったらメイファは休みは無しになるのか?」
「流石にそれは有り得ないと思いますけど、出来るだけ来店時間に合わせられる様になるでしょうね」
そうなってしまえば、折角エドワードが促した労働改革が無駄になり兼ねないな、とケヴィンは思う。
単純にいつ来てもほとんどメイファが居る事が気になって居たが、そう言ったカラクリがあったのかとケヴィンは納得した。
まさか自分がここに赴く時に合わせてシフトが組まされているとは思いも寄らなかったが。
「って言う事は、俺は基本的に来ない日はメイファは休みなのか?」
「そうですよー、そう言う日は私空いてますよー」
何かを期待している視線を向けるメイファだが、そう言えば彼女が少し前に退院した時に特に彼女に退院祝い等をしてなかった事をケヴィンは思い出す。
友人としてはそういう事をする物だと言う情報をデュラン達から教わっていた為に、何をしようか考えたまま様々な事件が起こって有耶無耶になってしまっていた。
その上新居パーティの際にも彼女は件の任務の進行中で有ったため、友人の中では彼女だけあのパーティに誘えていない事にもなっている。
それらを考慮した結果、ただの気まぐれだが彼女に食事を御馳走する事が筋じゃないかとケヴィンは思い立った。
「んじゃ次の休みはいつだ?」
「おっとこれはまさかの展開」
何故か目を見開いて意味の分からない返答をした彼女。
「今度の月曜なら休みですよ!!」
と、彼女は休みの日を伝えてくるが。
「確かその日は拳聖が稽古つけろって言ってたな……都合が良いのはこの後なんだが、流石に今の今は店にも迷惑掛かるだろうしな」
と、ほぼ独り言の様にケヴィンが予定を口にすると、メイファは何やら期待を決めた視線を此方に向けてくる。
「なんですか!? 何か私に用が有るんですか!?」
「いや飯でも行こうかと思ったんだが、流石にオフの日まで付き合いは面倒だよな」
「マスター!!」
ケヴィンが言葉を返すと、メイファが突然椅子から立ち上がり、口早にマスターへと喋りかける。
「メイファ・インベル! 一身上の都合により早退します!!」
――――……。
大事な用事ですよね