それぞれが目指す王
区切りが悪かった為少しだけ長くなります。
ケヴィンがこっそりとエドワードをつつく。
此方に視線を向けた彼へ指示を出す様に視線を炎帝の方へ促すと、彼は認識した様に頷いた。
「炎帝様」
エドワードが口を開く。
炎帝が顔だけエドワードに向けた事を確認すると、エドワードは言葉を続ける。
「その者は恐らく、私の愚兄が誑かした者。氷帝を騙ったのはその者の意思では無い筈です」
「ななな!? 何を馬鹿な事を!」
ミリアルドは当然、その氷帝が本物だと信じていた事だろう。
だからこそエドワードの言葉の意味が全く理解できない筈である。
「その者は、言わば私共の兄弟喧嘩に巻き込まれただけの者。どうか寛大な処置を頂く事は出来ないでしょうか?」
エドワードの行動を見守っていた民衆は、炎帝に対して交渉に入った彼の行動を評価する様に口々に呟き始める。
「おぉ……なんと心の広いお方だ……」
「さすがエドワード様……」
常々エドワードの行動は高評価に映っている様だ。
エドワードが完全なる王になる為にはこう言った演出も必要な事なのだろう。
「ならん」
しかし炎帝から帰ってきた言葉は、否定の言葉だった。
大層お怒りになっている。
そう言った演出をする為の、デュランの判断だ。
予想してなかった言葉が飛び出した為か、発した本人役である炎帝自身も驚き、少しばかり肩が飛び跳ねていた。
普段の炎帝なら「でぇぇぇええっ!?」と叫んでいた所だろう。
よく我慢したものだ。
「この様な輩にも気を回す其方の寛大さには感服する。しかしだな、私にも英雄の立場と言う物がある。そう簡単にこのまま其方の願いを聞き入れる訳には行かぬ。それが社会ってものだエドワード」
「しかし!」
「友としての其方の願いを私も聞き入れたいと心底思っている。しかし私の一存だけでは、英雄国際条約を反故にする事は出来ない。オールガイアランキング一位の私がそれを破ってしまえば、他の英雄に示しがつかないのでな」
やけに遠まわしな言い方をしているが、デュランが持っていこうとしている終着点に、ケヴィンはとっくに気付いていた。
同時に、なんとも口が回る物だとも思った。
「私が出来る事ならなんでもしましょう。その者も、きっとアトランティス国の国民です。この様な下らない兄弟喧嘩に巻き込まれただけの者の命まで奪う事等、私は到底受け入れられません」
罪人にも情けを与える。
エドワードの姿は確実に周囲からそう見られているだろう。
なんとも茶番臭い展開だが、恐らくエドワードは真の罪人が相手だったとしても、きっと同じ様な行動を取った事だろう。
そこがまた彼の甘さでもあるのだが、そう言った王が居ても良いのではとケヴィンは思う。
「ならば私に命令出来る立場に成るが良い。私の判断では無く、其方の判断で私に命令出来る様に今すぐなるがいい」
「……つまり?」
「皆まで言わねばならぬ程分からない訳では無いだろう? しかし、確かに回りくどい言い方をしているのも事実であるな。率直に言おう、エドワード・カルミン・アトランティスよ。其方が今すぐ『国王』に成るが良い。さすれば、この者の命は王に免じて救われる事と成るだろう」
炎帝はアトランティス国の専属英雄だ。
国王に匹敵する権力を持つ専属英雄だが、それでも国王自身に英雄への命令権は存在している。
それを行使する為には、エドワードが国王に成る必要が有ると言う事だ。
これは遠まわしに、炎帝がエドワードを国王として認めると言っているのと同意語なのだ。
「こ……国王には我が成るのだぞ!?」
既に蚊帳の外化し始めていたミリアルドが、ここぞとばかりに口を出す。
しかしその発言も利用して、エドワードは話を進めた。
「兄上、もはやこの状況までくれば、どちらが王になっても構いはしないでしょう。きっと父上の英断を国民達は受け入れざるを得ません。となればここはもう私達ではなく父上が決めた者に、次期国王の権限が与えられると言う事にしようではありませんか」
どう考えても、エドワードが国王にならなければ色々とおかしい事になるだろう。
この様な状況になってもフェルナンド王がミリアルドを国王に指定するのなら、その情熱を受け入れてミリアルドが国王である事を認めざるを得ない事にも成るだろうが。
自分達のお膳立てはここまでだ。
後は国王の英断を待つのみ。
それを自覚したかの様にエドワードとミリアルドは、国王の前へと歩を進めた。
二人が王の前に立ち並ぶと、エドワードは口を開く。
「父上、大変見苦しい茶番劇をお見せする事になってしまいましたが、私達の互いの主張は以上となります」
「父上! 早く我に王冠を譲るのだ!!」
「……」
フェルナンド王は、エドワードとミリアルドをゆっくりと交互に見つめる。
「ふむ。二人とも確かに王と成る意思は固いらしい。本来ならばエドワードが学園を卒業するまで待つはずであったが、私のおかれている環境が色々と著しく無い為、急遽この様な形となってしまった事を許して欲しい」
「滅相も御座いません」
「いいから早く王冠を!!」
礼儀を尽くすエドワードと、せっつくミリアルド。
既に二人の器の差が知れる所だ。
「二人は既に、どちらがより王に相応しいか認識している事だろう。当然私の中にも、王に相応しい存在は確実なものと成っている。その者なら、このアトランティス国を任す事が出来ると信じている。だから私が何方を選ぼうとも……文句はあるまいな?」
強く頷くエドワード。
両手を差し出すミリアルド。
まだこの場に至っても、ミリアルドは自分が王に成ると信じている様だ。
「『ミリアルド』。前へ来い」
「よっし!! 流石父上だ!! 見たかエドワード!? やはり国王は我なのだ!!」
フェルナンドがミリアルドの名を呼び、ミリアルドが大はしゃぎに父親の前へ出向く。
本当にミリアルドが国王に成るのかと思った者達が、落胆の声を上げる。
しかしケヴィン達は、静かに流れを見守る。
本当にミリアルドを王に選ぶのだとしたら、王の胸の内を聞く事が大事だからだ。
「ミリアルドよ」
「はい!!」
ここぞとばかり姿勢を正すミリアルド。
胸を突き出しているつもりなのだろうが、出ているのは腹の方であった。
「お前には散々苦労を掛けた事を自覚している。甘えたがりの年頃であるお前から母親を奪ってしまい、せめてもの償いと思いお前の我儘は出来るだけ聞いてやった。……父親失格であるな、そんな私のお前への扱いが、今のお前を作り出してしまったのだから」
フェルナンドの妃、つまりアトランティス王妃は、若くして命を落としていた。
エドワードを出産する際、不慮の事故で母親か息子かを選ばれなければならない状態となった。
王族としては世継ぎが既に存在している為第二子を諦める事を考えたが、ただ一人の親としては勝手な大人の都合で小さな命を摘む事は出来なかった。
王も、王妃も、どちらの意見もエドワードの命を生み出す事を選択したのだ。
エドワードは母親に出会った事は無い。
彼の外見が兄と似つかずなのは、より母親に似ているからである。
生まれ落ちてから母親に愛情を受ける事の出来なかったエドワードは、アダルトチルドレンと言う子供が無理に大人へと精神的に成長せざるを得ない精神状況に追い込まれてしまっていた。
母の愛を知らないエドワードが、懸命に力を振り絞り治癒魔法をかけ続けていたフレイヤの、その温かい想いに惹かれてしまうのは当然の事だったのかもしれない。
結果としてそれが功を奏した形なって居るのだが、ミリアルドにはそれが真逆の効果となってしまった様だった。
「私はもう間違いを犯す事は出来ない。だから、お前の本当の想いを私に聞かせてくれ。ミリアルドよ、お前が目指す王とは……どの様な王だ?」
その質問に、自分が選ばれると慢心したミリアルドは、鼻高々に宣言した。
「決まっている! 皆から崇められる存在! 民が懸命に尽くす存在! 我が目指す王はその様な王だ! 王は国で一番偉い……いわば神の様な存在だ! 国王とは……絶対的な存在でなければならぬのだ!!」
「……お前が王になれば、それが現実のものになると……?」
「当然だ!!」
自信満々に豪語するミリアルド。
そんなミリアルドに対し、国王は手を大きく掲げ。
「周りを良く見て言わんかこのバカ息子がっ!!」
彼を強く引っ叩いた。
恐らく、父親に殴られた事が無かったのだろう。
左の頬を抑え、驚いた表情を見せながら国王へ視線を向けるミリアルド。
「お前の周りの何処に! お前を崇めている存在が居る!? お前の為に尽くす者が何処に居る!? お前が窮地に陥った時、誰か身を張って助けてくれた事が有ったか!? 常にお前に付き従い、身を粉にしてお前の為に行動する者が居た事が有ったか!? もう一度……もう一度よく周りを見て見ろ!!」
言われた通り、ミリアルドは周囲を見渡した。
国民を、貴族達を。
自分の派閥へ身を置いている者達は皆、頭を抑えながら蹲っている。
誰もがミリアルドが国王になるなんてもはや信じていない。
全ての派閥の者が諦めた表情をしている。
「あ……あぁ……」
国民の視線にも気づいたのだろう。
蔑んだ視線を向け、誰も彼が国王になる事を望んでいない態度に。
ミリアルドはそこでやっと分かったのだろう。
自分に味方をする者等、この場に誰も居ない事に。
自分が……たった『独り』である事に。
「そんな……」
ミリアルドは膝から崩れ落ちた。
地面を見下ろしながら、項垂れる。
「……私にも反省するべき事は多々ある。だが、お前はそれ以上に悔い改めなければならん。私はこれでも父親だ……余生はお前の贖罪の道に付き合う事にしようぞ。……エドワード、前へ」
「はい」
エドワードは真剣な表情のまま、国王の前へ赴く。
「エドワードよ、お前は本当に手の掛からない子だった。とても要領のいい子だった。そんなお前に、私の方が甘えすぎていたのかもしれん。父親として何も出来なかった事を、許してくれ」
「父上、それでも私は、貴方の息子である事を心の底から誇りに思っています」
「私も、これからお前にそう言われるに相応しい父親になる事を誓おう。して、聞かせてくれ。お前の目指す王とは、どの様な王だ?」
ミリアルドへした質問と、同じ問いをエドワードに下す王。
これは国王が与えた王になる為に試練なのかもしれない。
「民を愛し、民に愛され……苦しい時も楽しい時も、全てを共にする存在。共に歩む存在。王自ら手を差し伸べ、時には民に助けられ。王が先頭に立ち、国民と一緒に国を作っていく。その様な王に成りたいと私は思っています」
「世迷言と、綺麗言と言われ続けても尚、お前は愚直にそれを目指していた。この先永遠にその思いは変わらぬか?」
「変わりません。絶対に」
「お前はまだまだ若く、甘さも抜けない。今回も……沢山の仲間達に助けられてきたな?」
「彼等には……感謝しても仕切れません」
フェルナンド王は立ち上がる。
「その者達の思いを無駄にせず、お前の王道を貫き通すと誓えるか?」
「全身全霊に賭けて、誓います」
その答えを聞くと、フェルナンド王は深く息を吸い込んだ。
「エドワードよ……跪くが良い!」
「はっ!!」
フェルナンドが掲げた王冠は、彼の手からエドワードの頭部へと授けられた。
玉座の間は、この日一番の拍手に見舞われる事となった。
ある者は涙し、ある者は踊り始め、ある者は神に感謝していた。
認めざるを得ない。
ミリアルド派閥の貴族達も、そう言わんばかりに手を打ち鳴らしていた。
クールを気取って瞳を閉じながら拍手を打ち鳴らすデュラン。
豪快に拍手をして、エマに雷撃を喰らって『炎帝らしさ』を求められたレオン。
そんなエマは、瞳に涙を溜めながら、同じ様に手を打ち鳴らした。
シアンは、高台から高齢のジパング王を支えて彼を立ち上がらせている。
一人一人の祝い方を眺めたケヴィンも、最後にゆっくりと、両手を打ち鳴らしたのだった。
この日、世界の……オールガイアのリーダー国であるアトランティスに、若き国王が誕生した。
――――……。
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