本物の英雄
「……偽物だ」
ボソリと氷帝は呟いた。
静まり返る会場。
彼の言葉に耳を傾けようと、一同は呼吸すら止めていた。
「今……なんと?」
ミリアルドが発言を促す。
「俺は……偽物だぁぁぁぁぁあっ!! 氷帝じゃねぇぇぇぇぇえっ!」
「な……な……ななななななっ!! なんだと貴様ぁぁぁぁぁあっ!!」
その答えを待っていた筈のミリアルド。
しかしそれでも氷帝が認めれば、途端に怒りの表情に染まる。
「こ奴を捕らえよ!! 極刑に処せぇぇぇえっ! 我を憚った罪は万死に値する!! 即刻首を落とせぇぇぇえっ!!」
全く持って、ケヴィンの予想通りの展開だ。
氷帝が自他共に『偽物』と認める事。
それに腹を立てて暴れるミリアルド。
全て計算通りだ。
「まぁまぁミリアルド殿下。ここは一つ俺に提案が有るんだが、少し耳貸してくれねぇか? 偽氷帝に騙された者同士、少しくら同情してくれたっていいだろ」
「なんだ!? 我の怒りが収まる提案だと言うのか!?」
「そうだな、あんたも大満足する筈のとっておきの提案だ」
「申してみよ!! 我が許可する!!」
別にテメェの許可を求める筋合いは無いんだがとケヴィンは思う。
しかし、物事を進める為にケヴィンはエドワードへ視線を送る。
「なぁエド。今回のこの氷帝は偽物だった訳だが、この場合重罪に成るんだよな?」
「えぇ、英雄国際条約において、英雄を語る偽物は即刻縛り首となります」
「だよな、んじゃぁとっととそうしよう」
「な!? てめぇ!? 約束が――――」
「でもその前にだな」
ケヴィンが縛り首を指示しようとした時氷帝が焦りに声を漏らすが、それを遮って言葉を続ける。
「この件についてはまず英雄本人に話を聞くべきだと俺は思うんだ。エド、今回の即位式にとびっきりの英雄を呼んでいたって言ってたよな?」
「……英雄?」
「そうだ、いざこざが有って流れてしまったけど、本来氷帝なんかよりももっと『すげぇ英雄』呼んでるんだろ?」
この様な打ち合わせ等一切していない。
ぶっつけ本番のアドリブで、エドワードへ呼びかけている。
彼なら恐らく気付くだろう。
この状況で、氷帝が偽物だと判明した際の周りの落胆ぶりを一気に巻き返す存在が近くに居る事に。
これはケヴィンの最後の作戦。
最後の一押し。
エドワードがどれだけ凄い存在なのかを貴族の前で、国民の前で知らしめる為の作戦。
その為に手の込んだ作戦を作り、デュランの手迄借りて実行した。
エドワードは後ろを振り向く。
先程医務室に向かった二人の内、片方しか戻ってきていない事に気付いただろう。
戻ってきていない方の人物が、その者の正体が何者か、それを理解しただろうエドワードは、ゆっくりと笑顔を此方に向ける。
「そうでしたね……彼の登場がまだでしたね……」
エドワードはゆっくりと歩を進める。
会場の中央に立ち、周囲を見渡す。
どうやら分かった様だな……あいつの正体が。
とケヴィンはそれを見て満足そうに笑みを浮かべる。
ある意味賭けではあったのだがこれ程お膳立てして、これ程ヒントを散りばめてそれに気付けないのであれば、少し彼に落胆するところでもあったのだが、彼は期待通りにそれに気づいてくれた。
「皆さん、興が冷めてしまう展開になってしまい申し訳ない。だが、兄上は結果的に騙されてしまいましたが、サプライズで氷帝様を招待すると言う皆さんへの余興を用意してくれていました。……実は私も、同様にとある方をここに招いていたのです!」
それは人々が愛してやまない存在。
このタイミングで現れるのに最も相応しい者。
氷帝の様なビッグネームですら霞んでしまう程の存在。
「ご紹介しましょう、私の親友の一人。英雄の……」
その人物は、先程氷帝が口ばしった『滅殺の刃』でもなく、ましてや『黄金の雷光』でも無い。
そして彼が何故か絶賛するこの自分、いつの間にか気づかない所で自分の活躍が評価された結果、オールガイアランキング『五位』にまで上り詰めてしまったこの『蒼氷の朱雀』も違う。
その人物は氷帝の知名度を超える英雄の中の英雄。
世界が待ち望む本物の英雄。
「『炎帝』……『紅蓮の翼』様です!!」
オールガイアランキング一位、紅蓮の翼である。
会場が深紅に染まり上がる。
氷帝が現れた時の演出とは何もかもが違う事を証明する様に、会場の天井付近に転移で現れた炎帝は、当然黒ローブに身を包みながら自分の周囲に灼熱の炎を纏いつつゆっくりと地上へ降り立つ。
「炎帝様!!」
「紅蓮の翼様だ!!」
「初めて見た……」
「炎帝様だぁぁぁっ!」
「炎帝様!」
「炎帝様!!」
その瞬間に、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。
オールガイアランキング一位の名は伊達じゃない。
彼の存在を今日初めて見た者も居るだろう。
伝説の存在だと錯覚を起こしていた者さえ居るだろう。
国民達が見せる羨望の眼差しは、全て炎帝に注がれる。
ミリアルド派閥の貴族でさえ、目を見広げて感動している程だ。
それ程に彼の存在は別格なのだ。
かつて史上最強と言われた槍聖を超えた唯一の存在。
レオン・エルツィオーネはこの世界に居なくてはならない存在なのだ。
「ご紹介に預かった、炎帝、紅蓮の翼である。新たな王の誕生と言う大変めでたい席にも関わらず、頭部を隠すような格好である事を謝罪する」
くぐもった声で挨拶を発した炎帝。
正体は当然レオンなのだが、この時彼自身は一言も喋っていない。
実際に喋っているのは後ろに居る『デュラン』なのだ。
エマの風魔法によって、デュランの言葉をあたかも炎帝が発している様に演出している。
でなければこの様な言葉遣いはレオンに出来る訳がない。
恐らく先程のわざとらしすぎる演技を見かねたデュランが、自分が喋る事をレオンに言い聞かせたのだろう。
当然ケヴィンもその方が正解だと思っている。
「炎帝様、失礼を承知で発言させて貰いますが、今貴方の後ろで項垂れている黒ローブの男。どうやら氷帝を騙っており、しかしその正体は全くの偽物だと言う事が判明しました。ひいてはこの者への罰を模索しているのですが、炎帝様からの意見はございますか?」
出来るだけ丁寧な言葉使いを心掛けたケヴィン。
その様子が面白かったのか、その言葉を受けた炎帝が肩を震わせていた。
後で必ずダイヤモンドダストの刑だとケヴィンは決めるのだった。
「そうであるな……」
そんな炎帝の心境とは裏腹に、デュランが上手に話を続ける。
その最中にデュランからレオンへ指示が飛んだのだろう、レオンが後ろを振り返ると徐に氷帝の胸倉を掴んだ。
そして次の瞬間、彼を地面へと叩きつけたのだ。
玉座の間の床がひび割れ、辺りに轟音が鳴り響く。
エルフに対して炎帝の腕力でこの様な事をすれば、如何に英雄であろうと体が潰れてしまうだろう。
しかし炎帝は周囲に見えぬ様、彼を床叩きつける直前に地面を蹴りつけ、ひび割れが始まった床に氷帝をただ乗せただけだった。
そういった演出もこなせる程に、炎帝の身体能力は確実に成長している。
大理石の床がひび割れた事で国王が青筋を立てていた為、後で大地魔法で直しておこうとケヴィンは思うのだが。
いや、やはり炎帝の正体であるレオンに弁償させるのも面白いかもしれないと下らない事も同時に考えていた。
「何者か知らぬが、氷帝を騙ったと言うのは本当か?」
炎帝は氷帝へ語り掛ける。
炎帝がこの様な行為をしたのは、つい先ほど氷帝を偽物だと断定した後に現れた英雄である炎帝が、またもや偽物では無いかと言う疑いを向けられない為である。
転移魔法で現れ、炎を纏いながらド派手に登場。
そう言った自然魔法を見せた後、氷帝を叩付けた事で腕力をも見せつける。
自然魔法と身体強化の何方も出来る事こそが炎帝の証明と成る為の行動だ。
こう考えればケヴィンには炎帝を完璧に騙る事が出来てしまうのだが、ケヴィンは既に蒼氷の名を持っている為炎帝と偽る必要等全く無い。
兎に角、この一連の炎帝の動きで周囲は間違いなく彼が本物である事を認識した筈だ。
「……はい……」
もうどうにでもなれ。
その様な心境を感じられる氷帝の返事だった。
「そうか……さて、どうしたものか」
炎帝は右の手の平を掲げると、その上に炎を作り出す。
このまま偽氷帝を燃やし尽くす。
彼等を見守る周囲の目には、炎帝の行動がそう映った事だろう。