ケヴィンのターン
ついにケヴィンが動きます
英雄としての権力を使い、自分の好き勝手に物事を進ませようとする氷帝。
確かに、かつてはそれをするに値する活躍を見せていたのかもしれない。
真空の鎌鼬も、防壁の炎神もまたしかり。
あれ程に傍若無人な人物だったとしても元はXランカーだ。
きっと、竜騎士がいた時代には立派に英雄をやっていたのだろう。
でなければXランクの初期メンバーに選ばれるはずがない。
しかし時代が変わり、若手達が実力を付けて頂点に躍り出てきた事で、きっとそれまで前線を張っていた彼等の何かが崩壊してしまったのだろう。
その結果として、一瞬で彼らは堕落してしまったのだ。
ケヴィンの知る英雄は、その堕落した姿の英雄ばかりだった。
だがいくらそう言った背景が有る等と言い訳を並べようと、それは英雄達が自分で選んだ道だ。
なるべくしてなったと言っても過言では無い。
オールガイアランキング上位に所属する者は皆、『氷帝を除き』相応の努力をした者達ばかりだ。
己の実力で信頼や結果を勝ち取って来た者だ。
そこに私利私欲など存在せず、世の為人の為と動いた事により結果的にそう言う立ち位置になっただけの事だ。
だからこそ、そのランキングに相応しくない存在が今目の前にいる事が非常に腹立たしい。
エドワードが王になれば、恐らくこの英雄国際条約は見直しが施されるだろう。
それは氷帝にとっては非常に都合の悪い状況に違いない。
それも相まって無能で有名なミリアルドを手駒にしようと、この国の王位争奪の件に関与してきたのだろう。
ケヴィンは、まずその氷帝の権限を崩す事から始めた。
「よぉ、ぶ……ミリアルド殿下。流石にこの場では、テメェを可愛らしい愛称で呼んでやれねぇ事を許してくれよ」
豚と呼びたい衝動を最大限に抑えて彼に語り掛けるケヴィン。
『テメェ』と言っている時点でかなり問題の様な気もするが。
「貴様は黙っておれ! 未来の王と氷帝殿の御前だぞ!? 混血種の貴様には、発言権さえ存在しない!!」
ミリアルドはケヴィンを視界に収めるなり、怪訝な表情を見せる。
実際彼にとってケヴィンは疫病神以外の何でも無いだろう。
全て自業自得なのだが、恐らく彼はケヴィンとの接触が有ってから、彼の理想の道がどんどん崩壊していった筈だ。
此方に対し嫌悪感を全開にする事は当然の事である。
ケヴィンは今回も……彼の理想を打ち砕く為にここに居るのだから。
「まぁそう言うなよ。そんで、今テメェは俺の事なんて言った?」
「『混血種』と言ったのだ! 蔑んだ名で呼ばぬ事を感謝して欲しいぐらいだぞ!!」
特にミリアルドの返答にイラついて挑発した訳じゃない。
ただの自分の存在を確認する様に、ミリアルドに堂々と証明してもらったのだ。
とある目的の為に。
「そうだ、俺はテメェの言う通り混血種だ。混血種はその種族上魔法の行使に関して純血より劣る面が存在するがその反面、人間やエルフよりも優れてる機能がある事は知ってんだろ?」
「我を馬鹿にしているのか? 知っているとも! 『五感』であろう? そんなどうでも良い事をべちゃくちゃ語ってないで、いい加減黙っておれ!!」
嫌悪感を露わにしながら言葉を連ねてくるミリアルド。
そう、それを皆に言って欲しかったんだとケヴィンは喜んだ。
「その通り。俺達混血種は、他の種族と比べると五感が倍以上に発達している。嗅覚もフォレストドッグ程とは言わねぇが、それ相応に感度が高い。そんな混血種の嗅覚にな、ちょっとおかしな『匂い』が漂ってきたんだよ。そこに居る氷帝から」
言いながらケヴィンは氷帝を指差す。
「む? 何の事だ?」
ミリアルドはケヴィンの言葉に耳を傾け始める。
「俺もギルドメンバーの端くれだ。テメェと同じBランク所持者で名が通っている。だからギルドハウスには良く顔を出すんだが、その時に氷帝と出会った事あるんだよ。それで、その時感じた氷帝の匂いと、ここに居る氷帝の匂いが何か『違う』んだよな」
「あぁん?」
意味の分からない事を口にしていると思ったのか、面倒くさそうにしていた氷帝が視線をこちらに向けた。
「こいつからなんて言うか、『加齢臭』の様な汗臭さが漂ってんだよなぁ。俺の知ってる氷帝はこんな匂い発して無かったぜ?」
「……てめぇ何が言いてぇんだぁ?」
「だからさ……氷帝を名乗っているあんたは、『偽物』だろって事が言いたいんだ」
「はぁ!!?」
ケヴィンの発言に氷帝だけで無く周囲の者達も反応し始める。
ざわざわと氷帝に対し不信感を露わにし出す国民達。
混血種の五感が優れていると言う事実は世界の共通認識だ。
だからこそケヴィンの発言は、例え一般人でも信憑性があると思われるのだ。
もし仮にこの氷帝が偽物で有るのなら、英雄国際条約に対する規約違反。
英雄でない者が英雄を名乗る事はとんでもなく重い罪なのだから。
即刻処刑とされる程の罪になる。
「一週間風呂に入ってねぇ様な、そんな匂いがするんだよな。まぁ、仮に一週間ずっと魔物討伐をしててそのままここへ足を運んだのなら仕方ねぇ事もしれねぇけど、氷帝は水魔法も大得意だよな? 清潔を保持する為に水魔法で体の汚れを落とす事だって簡単な筈だ。だけどあんたはそれが出来てねぇ、どういう事だ?」
「そんな筈……今朝シャワー浴びて来たばかり……」
面白い様に氷帝は動揺しながら、自分の匂いを気にし始める。
当然、ここに居る氷帝は紛れもなく『本物』だ。
ケヴィンもそれは当たり前に理解している。
ただ、この場であたかもこの氷帝が偽物だと言う事がまかり通れば、彼の権力等無に等しくなるだろう。
ケヴィンはそれを狙っているのだ。
ちなみに、流石に一週間風呂に入ってないような匂いと言うのは言い過ぎではあるが、臭いのは事実だ。
「それに氷帝はそんなに腹が飛び出てねぇ筈だぞ? そんなアホみてぇな喋り方もしれねぇし。やっぱりアンタ偽物だろ」
「どう言う事かね? 氷帝殿!!」
ミリアルドにも、氷帝に対しての疑問を持たせる事に成功する。
しかし彼が本物の氷帝である以上、まだまだこの程度では甘い。
本物の氷帝を偽物に仕立て上げるには、彼からの『抵抗』が必要だった。
「ミリアルド……てめぇ……簡単に騙されやがって」
そりゃぁ氷帝如きに騙される様な奴だからな、とケヴィンは正直に思った。
「おい、貴様もだ混血種!! 黙って聞いてりゃぁ好き勝手言いやがって! 誰が偽物だぁ? 誰が臭いだぁ? 誰が腹出てるだぁ? こらぁ!」
偽物以外事実でしょ、とエマがボソりと口にする。
頼むから今は笑わせないでくれ、と心の中で祈ったケヴィンだった。
「おれぁなぁ? 混血種だからって差別する様なちいせぇエルフじゃねぇんだぁ! だからてめぇの様なガキがここに居てもなぁんも言わなかったんだ! それを調子に乗りやがって……俺が本物だって証拠はいくらでもあるんだよ!!」
混血種の自分が前に出て来た時、真っ先に舌打ちしておきながら何言ってやがると思うが、ケヴィンが望んだ通りの展開になって来た為にその言葉は留める。
「んじゃぁ見せて見ろよ。黒ローブでも脱ぐか? 氷帝の素顔を知らねぇ奴ばかりだろうから、それじゃぁ証明出来ねぇだろうけどな?」
念の為、ローブを脱いでの証明と言う逃げ道を失くすケヴィン。
彼に取って欲しい行動はそうじゃないからだ。
「てめぇの言うこのローブこそ!! 氷帝の証だろうがぁ! この背中の紋章が見えねぇのかぁ!?」
「別にそんな紋章なんて黒ローブと青い生地が有れば誰にだって作れるだろ」
「……ならこれだ!! 偽造防止対策が万全に施されてるこのギルドカードよ!!」
と、氷帝は本物のギルドカードを見せる。
しかしその行動も、ケヴィンが求めている者じゃない為に無理矢理な論理を叩きつける。
「偽造は出来なくても『模造』は出来るだろ? そのカードが本物か証明するにはギルドに赴くしかねぇが、そんなややこしい事するよりもっと単純な方法があるだろ? 『温度の番人』さん?」
「てめぇ……良いだろう、そこまで言うなら見せてやるよ。俺の『異能力』をよぉ……」
そう、それこそがケヴィンの狙い。
氷帝に氷帝である事を証明させる為に、彼の異能力である『温度操作』を使わせる事が目的だ。
氷帝が魔力を操作し始めた事を確認した瞬間、ケヴィンも魔力を操作する。
それは氷帝が発動した温度操作の冷却魔法に対して行う、『熱魔法』の行使だ。
以前、魔人の存在が確認された際に赴いたーXランカー会議で、氷帝の温度操作をこちらの応用魔法で無効化した事があった。
それをこの場でも行うのだ。
「……ありゃ?」
間抜けな声を上げる氷帝。
「ふぬぅーーっ! ……おりゃぁーーっ! ……なんでだ!!?」
掛け声を掛けながら温度操作を発動する氷帝。
しかし一向に下がらない周囲の温度に疑問の声を吐露する。
実際にはしっかり発動しているし、本来なら温度も下がっている。
だがそれをケヴィンが全くの同レベルの熱魔法で妨害している為一切温度が変わらない。
自分の異能力が発動している感覚すら分かっていない氷帝に、隠蔽技術を込めたこちらの熱魔法が感知される事等有り得ないだろう。
「ど……どうしてだ!?」
途端に焦りだす氷帝。
そんな様を見てより一層『偽物』と言う言葉が観客の中から飛び出し始める。