エドワードの交渉
「ですが、金輪際あくどい商売に手を染める事無く、かつ今この場で私の元で正しき道を歩むと約束するのなら……過去の事は全て水に流し、今の位を必ず保持させる事を約束しましょう。私が王になってから判明した場合はいかなる手段を使っても爵位を剥奪し、重罪に処します。その覚悟がおありなら黙っていれば良い」
出来る訳が無いだろう。
見つかる筈が無い。
そう思って居る貴族が何人居るだろうか。
恐らくそう多くは無い。
もしかすると彼は本当にこのまま国王になってしまい、自分達の悪行がバレる事で爵位を取り上げられるかもしれない。
そう思ってしまう者達の方が多い筈だ。
それだけエドワードの言葉には力が有り、彼の立ち振る舞いから示唆される自信によるプレッシャーが、彼等へ重くのしかかっている筈だ。
彼等の表情を見ていればそれが手に取る様に分かった。
動揺は明らかだ。
ある者は小刻みに震え、またある者は我慢出来ずに隣の者と相談事を行っている。
異様な光景に焦りを見せたか、ツァールハイト侯爵が叫ぶ。
「狼狽えるな! あんなものはったりに過ぎない! 堂々としていれば良いのだ!! 我々はこのままミリアルド殿下の支持を続け、ミリアルド殿下を王に仕立て上げる!! それが今我々のする事だ!!」
「果たして、そう簡単に出来ますかね?」
ここぞとばかりにエドワードは追撃を行う。
「今現在、私の派閥の者が目まぐるしい功績たたき出しているのはご存知でしょう。フルーズ侯爵家の事です」
改めて言うが、フルーズ侯爵家は元は商人の出である。
戦によって功績を出した家系では無く、類い稀な商才によって子爵を授かった家系だった。
僅か一世代で成功を収めたフルーズ家は、現当主が若かりし頃に伯爵領を与えられ、出世街道を突き進んだ。
そして今回、その当主とフルーズ家長女のアドレット自身の活躍により侯爵家へ陞爵。
一介の商人が凄まじい程の快進撃による異例な陞爵は、世間を大いに賑わせている。
次は自分だと躍起になる貴族達の姿も、エドワード派閥の中では当然の動きとなっていた。
エドワード派閥に居れば、それが可能なのでは?
と言う噂も出回る程だ。
「このまま発展が続けば、侯爵家、伯爵家は次々と誕生する事となるでしょう。それが期待出来る状況で、上流階級に身を置く者達が溢れれば、情勢は一気に逆転する事と成ると思いますが?」
「殿下。何を世迷言を仰られているのか分かりませんが、即位は本日この場で行われます。いつか訪れる未来の話では無く、今現在の話でございます。それを承知の上でその様な言葉を我々に告げているのでしょうか?」
イグニス侯爵も再び立ち上がり、エドワードへ返答した。
「当然、承知の上ですよ。ですから貴方達に最後の助け舟を出させて貰ってるのです。私には、まだ公になっていない『秘策』が有りますからね」
これは脅しでは無かった。
エドワードは確かに、今回の王位争奪戦で優位に立てる為の手段が有ると言っていた。
デュランの指示では無く、彼個人が今回の為に動いた結果だと言う。
それが何なのかケヴィン達も知らされていないのだが、あの自信が示す物は相当な秘策なのだろう。
そう言った思いが見え隠れする為、一度収まりかけていたミリアルド派閥のどよめきは再び強く成り始めた。
エドワードはそこで、ここぞとばかりに助け船を出した。
「さぁ、どうですか? 今の内ですよ。今からでも正しい道を歩みたいと言う者は、私の元へ来なさい」
そして一度息を強く吸い込むと……エドワードは口調を切り替える。
「いいか、これが最後のチャンスだ。私はやると言ったら必ずやる。生半可な覚悟で無い事は皆も知っている筈だ。私の手を取る者は……こちらへ来い!」
力強く、訴えかける様なその言葉が玉座の間へ響き渡る。
エドワードは神速に貴公子を襲名してからと言うものの、彼の風貌からは想像できない程の覇気を出す様になった事が多々あった。
それは恐らく自分に自信が持てた事が起因しているだろう。
頭打ちになっていた現実から、ケヴィンが教えた技術を吸収し一歩抜け出したエドワード。
彼は現在、神速の貴公子となってからは一度も、白牙の老神の『再来』とは呼ばれなくなったのだ。
世間が今彼自身が神速の貴公子本人である事を知る由は無いのだが、それでも何かを感じさせる程にエドワードが一皮剥けたとでも言うのだろう。
元々持っていた彼のカリスマに『度胸』が合わさり、彼の言葉は強く貴族へ届く。
「誰がお前の元に等――」
自信満々にミリアルドがエドワードを小馬鹿にしようとした時だった。
ミリアルド派閥の貴族の一人が……震えながら階段を下りて来た。
「き……貴様! 何を――」
エドワードは叫ぶミリアルドを遮る様にしてその貴族の前に移動する。
中央へ降りて来た貴族は、目を泳がせながらエドワードの元へやってくる。
「あの……あの……私は……」
エドワードは震えながら口を開く貴族の手をゆっくりと取り、彼へ告げた。
「何も言わなくて良い。私が不問とすると言えば、今この場で貴殿の過去は不問とされる。だが二度と、悪しき所業は行わないと誓え」
「……誓います……私の家名に賭けて……殿下の為に」
エドワードは、彼に二コリと微笑みかける。
「よくぞ決心した、私は貴殿を歓迎する。彼方で待つが良い」
エドワードが促すと、その貴族『グレージュ・ミスト伯爵』はエドワード派閥の席へと足を向けた。
それがきっかけだったのだろう。
皆誰か動き出す機会を伺っていたのか、ミリアルド派閥の一部の貴族が一斉に動き始めた。
我先にと階段を飛び降りる様に、雪崩れ込む様に貴族が走り出し始める。
「き……貴様らぁ! 恥を知れぇ!! 貴様らに尊厳は無いのかぁぁあっ!!」
お前が言うなと言う言葉がピッタリな発言をミリアルドは発しているが、その言葉に耳を傾ける者等居ない。
非常にイラついた表情を見せるイグニス侯爵とツァールハイト侯爵。
エドワードが王に成れば彼らが一番厳しい立場に立たされる事と成る筈だが、それでも彼等は動こうとしなかった。
約三分の一だろうか。
それ程の人数がミリアルド派閥からエドワード派閥へ移動した。
中にはあくどい事業を行っていない者もいただろう。
単純に勝ち馬に乗っていただけの者もいただろう。
しかしそう言った者程情勢が変化しそうな状況になれば、簡単に寝返ってしまうもの。
エドワードはそう言った心境も利用して、貴族達へ鞍替えを促したのだった。
そして何より、一番最初に鞍替えを決めた先程のミスト伯爵。
実の所彼は『最初から』エドワード派閥の貴族だったのだ。
人心掌握に強く、人と人を繋げる事を生業として成り上がったこのミスト伯爵は、勝ち馬云々関係なくエドワードの人柄に惚れていたと言う。
エドワードに心酔している彼だからこそエドワードからの信頼も厚く、その関係性を使ってワザとミスト伯爵へ『ミリアルド派』に席を置いてもらう様に頼んでいたのだ。
要するにミリアルド派閥へ潜入させていたスパイと言う事だ。
ミリアルド派の中で流れる情報を、仕入れられる限りエドワード派に持ってくる役目を持っており、尚且つミリアルド派の中である程度の信頼を築く事が大きな役目だった。
そしてここぞと言う時にその立場を利用して、エドワードが奮起する際に活躍する様に仕組んでいた。
上流階級の貴族が睨みを利かしているこの硬直した局面で、動きたくても動けない貴族達の行動の起爆剤として動いてもらう様予め指示を下していたのだ。
結果、その行動は間違いなく成功と言える流れになっただろう。
改めて会場を見渡す。
確かに想定していた通りの人数の移動は起こった。
大体ミリアルド派から三分の一が移動した状況だが、それでもやっと『人数差』が『覆った』程度の状況だ。
それ程までに、エドワード派閥とミリアルド派閥には差があった。
これは単純に、ミリアルドのカリスマが為せた技……では無く、やはりツァールハイト侯爵とイグニス侯爵の手腕によるものだろう。
このままミリアルド派閥で腐らせるには惜しい存在だ。
計画通り(にやり