蒼氷の朱雀4
チョロインなんてものは存在しません、認めません。
「ケヴィン様!!」
そんな過去を思い出しながらギルド支部を後にしようとしていたケヴィンの元へ、突如女性からの声が届く。
振り向けばその声の主、マリアが息を切らしながら追いかけて来ていた。
「あんたか。あんたはもう自由の身なんだ、あいつに関わる事無く好きに生きればいい」
「いいえ、私はつい先ほどからケヴィン様の物です。そう言う契約の下、戦われたではありませんか」
確かにそうだが、とケヴィンは思いながら口を開く。
「あれはただの口実だ、実際あんたをどうにかしようなんて思っちゃいねぇ。俺が自由って言ってるんだからそれで良いだろう」
「そうは行きません、フィリス家として約束を破るなんて事、あってはならないのです」
面倒くさい。
ケヴィンが第一に感じた感想はそれだった。
「そもそも貴族の娘が、俺みたいな混血種の所有物に成る事が可笑しな話だ。世間からの笑いものになるし、そうなったらフィリス家の顔に泥を塗る事になる」
「私はミリアルド殿下の失態により、貴方様の所有物となりました。この事はフィリス家の落ち度になりません、ミリアルド殿下の落ち度になります。それに……私自身が貴方様と共にいたいと願うのです」
どうしてそうなる。
と苦笑いしながらも、ケヴィンは返答する。
「だからその所有者の俺が自由にして良いって言ってんだから自由にしろ」
「なら、その自由と言う名目の下、貴方様の下で永遠に添い遂げます」
「あぁくそ、どう言ったらあんたは分かってくれるんだ。俺はあんたを所有するつもりも無いし、これ以上関わるつもりもねぇ。だからとっとと俺の前から消えてくれ」
半ばきつい言葉の選び方だが、事実ケヴィンにとってそれは本心だった。
「なりません。この契約書が有る限り、私は揺るぎ無く貴方様の物。これは貴族や王族でも逆らう事の出来ない権力である事、ご存じでしょう?」
「ならその契約を破棄する」
「それには所有する側とされる側、双方の了承が必要と成ります。もちろん私は了承するつもりはありませんわ」
「……お前は何がしてぇんだよ」
「貴方様に尽くしたい、ただそれだけですわ」
どうしてここまで貴族と言う人種はバカなのか。
それとも彼女自身が特別頭が悪いのか。
自分の発言の意味を分かっているのかと問いたいが、彼女の前ではそれが無意味になる物と思えて仕方が無い。
頭が痛くなる様な錯覚を覚えつつも、ケヴィンはなんとか打開策を見つけようと試みる。
「俺に尽くしてぇと思うなら俺に関わろうとするな。それが俺にとって一番幸福だ」
「……ケヴィン様は、私がお嫌いですか?」
とても悲しそうな表情を見せ、マリアが問う。
普通の一般男子ならば、美しい女性にここまで求められればすぐに手を出してしまうのだろう。
しかしその枠を逸脱するのがケヴィンである。
「少なくとも、人の意見を聞かずに自分の都合ばかり押し付けてくる奴は嫌いだな」
「なら、どうすれば私をお傍に置いてくれますか? どうすれば私を好きになってくれますか?」
「契約を破棄しろ、最低でも対等な立場にならなければ、そう言った目で見る事は出来ねぇ」
「分かりました、ではケヴィン様の言う通り、契約を破棄させて頂きます」
ケヴィンはマリアに連れられ、再びギルド支部の入り口を跨ぐ。
受け取り忘れた契約書をカウンターで受け取ると、すぐさまそれを破棄する旨を伝える。
闘技場では、未だミリアルド救出作戦が行われている様であり、何やら騒がしい。
炎帝がどうたら、Xランカー会議がどうたら等と言う声が聞こえるが、そんな事どこ吹く風と言った様子で、ケヴィンは契約破棄の申請を終えた。
マリアと共に再び出口から外へ出ると、マリアが正面へと回り込む。
「ケヴィン様!!」
「様は付けなくていい、もう主でも何でもない」
「これは口癖の様な物ですので堪えてください。それよりも、今日は幾度も私を助けて下さり、本当に有難うございました。このマリア・フィリス、感謝してもしきれない気持ちでおります」
そう言って深々と頭を下げるマリア。
「そんな畏まってお礼を言われる様な事はしてねぇ、俺がやりたいからそうしただけだ」
「いいえ、こんな形だけのお礼では何も足りません。ですが私が今ケヴィン様にお返し出来る様な物は何も持っていません。ですから、貴方様が望む物でお返しさせて頂きたいと思います。私に出来る事ならなんなりと仰ってください」
そう言って、マリアはケヴィンの両手を掴む。
「おい、何をどう返すつもりでいるんだ? お前は自分が何を言っているのか分っているのか?」
「ですから、ケヴィン様が私に求めるものでお返し出来たらと。殿方への最大限のお礼はそう言えば後は相手がどうにかして頂けると教わったのですが……」
小首を傾げながら言葉を発するマリア。
何処の馬鹿にそんな意味の分からない事を教えられたのかは定かでは無いが、どうやら自分が発言している言葉の意味を理解していない様だ。
優しく手放そうにも強い力で握りしめられた腕を眺め、ケヴィンは彼女を本気で撒こうと決める。
「なぁマリア」
「はい!」
ケヴィンをまっすぐ見つめるマリアの表情は、屈託のない笑顔である。
ケヴィンに初めて名を呼んで貰えた事が嬉しかったのだろうか。
その笑顔を見て、何故か心が癒える気持ちを感じたケヴィンは、言おうとしていた言葉を変えた。
それはさよならでは無く。
「また会おう」
その言葉であった。
と同時にケヴィンは左手で指を鳴らした。
「え? ケヴィンさ――」
マリアの声を最後まで聞く事は適わなかった。
一瞬の眼くらまし。
マリアの眼前に、僅かな光を発生させて視界を塞ぐ。
彼女の肉体に、視力に影響が無い程度での発光。
光の眩しさに彼女が目を一度だけ閉じた瞬間、次に目を見開いた時には目の前から気配すらも消す程の急加速でその場を脱出した。
傍から見れば、そこに居た人物が神隠しにあったかと思う程に忽然と姿を消した様に見えただろう。
転移魔法を使うと言う手段もあったのだが、わざわざ使う場面でも無い上に面倒だと言う理由で、ケヴィンは単純な身体能力だけでその場を脱出したのだった。
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