ミリアルド派閥の勘違い
ちょっと区切りで短めです
コホンとワザとらしく咳込んだミリアルドは、ゆっくりと口を開く。
「諸君、今日は我が父の退位の為に集まってくれて感謝する。さて、諸君らは今一番疑問に思っている事が有るだろう。それは我が親愛なる弟、エドワードの所在の件の筈だ」
当然だろう。
と誰もが思ったであろう。
しかし誰もその事は口にせず、一同は続報を静かに待った。
「エドワードに関して、私は今から諸君らに非常に悲しい知らせをしなければならない」
ワザとらしく悲しそうな表情をするミリアルド。
彼の言葉から察せられる最悪な状況に、再び国民達はざわめき始める。
「我が弟、エドワード・カルミン・アトランティスは……先日、討ち死にしてしまったのだ」
静まり返る会場。
ミリアルドが発した言葉の意味を、皆吟味しているのだろう。
やがて、その意味を理解した人々が、口々に叫び始めた。
「う……嘘だ!! そんな馬鹿な!!」
「エドワード様が死んだ!? そんな筈有るか!」
「嘘よ!! エドワード様ぁぁぁぁっ!!」
「エドワード様!」
「エドワード様!!」
阿鼻叫喚とでも言うのだろうか、ある者は泣き叫び、またある者は放心し、そしてある者は怒りに震える。
きっとミリアルドが言っている事は嘘なのだ、そうだと言ってくれと願っている者も居るだろう。
それ程に、エドワードの死と言う物は国民には信じ難く、そして有っては成らない事だった。
「分かるぞ……諸君らの気持ち、私も非常に悲しく思っている。事の発端は、諸君らも一度は耳にした事が有るだろう『混血種』の仕業である」
彼が言う混血種は、『ケヴィン・ベンティスカ』の事である。
「我が弟エドワードはとても心優しい青年であった。件の混血種はそのエドワードの優しさを利用し、自らを友人だと言ってエドワードに近づいた。そう、我が弟の権力による恩恵を利用する為に、我が弟をあざ笑いながら近づいて来たのだ!!」
根も葉もない話をミリアルドはでっち上げる。
しかし、未だエドワードの死を信じていない国民達は、殆どがミリアルドの話を聞いていない。
それでもミリアルドは続けた。
「混血種はエドワードのギルドランクであるBランクを利用し、身に合わない高いランクの依頼を二人で請け負ったと言う。その際に訪れた依頼先で、昨今の魔物の異常発生に二人は巻き込まれた。エドワードは、その戦いを退く事の出来る力の無い弱い混血種を庇い、凶悪な魔物の毒を受け死んでしまった……」
よくもまぁここまで作り話をでっち上げられるものだ。
全ての出来事を知っている者が耳をすれば、片腹痛くなってしまうだろう。
事実として、来賓席に居るシアンは『何言ってんだこいつ』と言わんばかりの表情をしている。
しかし、それと同時に彼の鍛えられた聴覚に届いた『とある音』に気付き、ゆっくりと笑みを浮かべる。
その『音』に気付かず、ミリアルドは続ける。
「我が弟は、優しすぎるが為に死んでしまった! 弱き者を守るのは確かに強者の義務だ!! しかし……私はこの混血種を許す事が出来ない! エドワードの権力を利用し、挙句の果てにエドワードを死に追いやった憎き劣悪種を……」
王族たるもの、『劣悪種』等と言う暴言は発して良い言葉では無い。
こと公の場で、神聖な儀式がこれから行われようとしているこの玉座の間で、そう言った暴言はタブーでしかない。
しかし誰も聞いていない。
「私はこの混血種を断罪せねば成らぬと考えた! しかし! ……幸か不幸か、その混血種も結局は逃げられず、魔物の餌食となってしまった。私はこの怒りを何処に向ければ良い? 私から最愛の弟を奪ったあの混血種に、どうやって贖罪をさせればいい!?」
再び悲しんでみせるミリアルド。
しかしやはり誰も聞いていない。
自分達のこの無様な指導者の姿を見たミリアルド派閥の貴族達は、一体どの様な心境なのだろうか。
「しかし! ……今は私の心境など語っている場合では無い! 今は弟を皆で見送るべきである! 報告が遅れてしまって済まなかった。これは我が父の意向で、弟の死による悲しみを、『新たな王』の誕生による喜びで覆してしまおうと言う思いが有っての事だった!」
そんな訳が無い、と言いたそうに国王は口をもごもごとさせている。
「諸君らは私と一緒に悲しみを乗り越えよう! エドワードとの告別式は日を改め盛大に祭り上げる予定だ!! 本日は父の退位式の前に、一先ずエドワードを黙祷で送りたいと思う! 我が弟の為……皆で祈ってくれ!!」
言いながら、やはり一向に収まらないざわめきの中、ミリアルドは大臣に視線を向けた。
深いため息を吐きながら、大臣は再び両手を打ち鳴らし、大声で叫んだ。
「黙祷!!」
強制的に沈黙させられる国民達。
受け入れられず、皆涙を流している。
形だけの黙祷へ人々が移行すれば、会場はゆっくりと静まり返り始める。
小さな声でエドワードの名を呟く声も発せられなくなり始めた時、一同の耳にその『音』が届いた。
足並み揃えられた『足音』。
ゆっくりとこの玉座の前へ近づいてくる沢山の人の足音が、聞こえる。
一同がその音に気付き始め、何事かと視線を扉に向けた時……静まり返った玉座の間に力強く開かれる扉の音が鳴り響いた。
――――……。