エドワードから見たケヴィン
「かはっ!!」
エドワードは無数に飛び交う『風の刃』の対処に追われ、満足に相手に攻撃を仕掛ける事ができないでいた。
普段目の当たりにしてる友人の『ケヴィン』が使う魔法の数々と比べれば何倍も速度の遅い遠距離攻撃なのだが、視認出来ても避ける事までは出来なかった。
エドワードは避けきれなかった風の刃を腹部に受け、地面を転がる。
「殿方様!!」
転がった先には、拘束こそ解かれていないものの、立ち塞がる相手から何とか離脱させる事に成功した『エルフ』の女性。
攫われていたもう一人の女性だ。
彼女にはまだ名前を伝えていない為に、エドワードの事を殿方としか呼ぶ事が出来ない様子。
拘束されながらも、賢明に治療魔法をエドワードへと向けるエルフ。
媒体と成る武器等は当然持っていない為、その効果は薄い。
しかし効果の少ない事と、効果の無い事ではその差は全く違う為、少なからずエドワードは助かっていた。
「ひゃはっ! ヒーローのつもりかよ小僧! そんな体たらくで本当にその女守り切る事が出来んのかぁ!?」
「く……ぅ……。貴方こそ……『彼』が来れば即座に打倒されますよ……」
エドワードは負け惜しみに近い言葉を返した。
『彼』とは勿論『ケヴィン』の事だ。
ケヴィンがいればこんな相手……例え英雄の……『元剣聖・真空の鎌鼬』だとしても、必ず勝利を収めてくれるだろう。
しかし、それは同時に自分では相手に勝てないと認めてしまっている様なものだ。
いくら実力を身に付けても所詮自分はただの一般人、英雄に勝てる程強く成れる等と自惚れてはいない。
だからこそ、その様な言葉しか相手に返せない自分に腹立たしくも感じていた。
「ひゃはは!! 無駄無駄! さっきあの店に残ったヤツだろ?! あいつなら今頃死んでるぜぇ? なんてったってあそこに残ったのは『防壁の炎神』だからなぁ!!」
「……ふっ」
エドワードは何故かおかしくて笑ってしまった。
防壁の炎神?
『その程度』の存在が、ケヴィンに勝てる筈等無い。
相手は彼の事を知らないからそうやって楽観的な思考が出来るのだ。
彼の実力を知れば誰もが『ケヴィンには勝てない』と思う事だろう。
自分の知る誰よりも強い存在がケヴィンだ。
今まで見て来たどんな英雄よりも、それこそ身近に居る一般枠での最強クラスの白牙の老神よりも、遥かにケヴィンは強い。
自分が学園で目を付けて来た人物の中で、彼は最も異端で異質だった。
最初に彼の名を聞いた時には耳を疑った。
とある混血種が、兄である『ミリアルド』を一方的に打ち破ったと聞いた時は、流石に度が過ぎる冗談だと思ったからだ。
混血種が特別弱い存在だなんて思わない。
そうでは無くて、単純に兄が無名の存在に負けるとは思えなかったのだ。
ミリアルドはあんなでもその実力はBランクギルドメンバーだ。
自分も『当時は』同じランクだったが、つまり彼が負ける事が有るとすれば、自分も負ける可能性がある相手と言う事になる。
流石に一般人で全くの無名の者が相手なら、自分だって負ける気はしない。
しかし何度確認しても、兄が負けたのは事実だった。
その時自分は王族としての悔しさより、その人物への興味の方が大いにあった。
あの時兄の婚約者にされていたマリアに無理矢理コンタクトを取り、彼女の家族へ和解と言うの名の元の礼金を手配した流れで、兄と戦った人物の名称を聞き出した。
『ケヴィン・ベンティスカ』。
その人物は正に兄を破った時に使用した氷魔法をイメージした様な冷徹な表情の裏側に、熱い心を持つ男だ。
マリアから聞いた率直な人物像がそれだった。
その後彼の事を調べ続けたが、全くと言って彼の情報は上がって来なかった。
名前と風貌、そして混血種だと言う情報まであるにもかかわらず、全く足取りが掴めない。
マリアが行動を共にした際に訪れたと言っていた装飾屋の店主も、男性だと言う事以外は常にローブを着込んでいるから分からないと語っていた。
お得意様だと言っていたが、月に一度現れたら良い方だと言う。
ここまで情報が全く掴めない存在は初めてだった。
その後も躍起になってケヴィン・ベンティスカを探し続けたが結果は散々で、そうこうしているうちにエドワード自身もケヴィン捜索に割ける時間があまり無くなっていった。
その年、エドワードはアトランティス魔導騎士育成学園への入学が決まっていたのだ。
国王直々の推薦状は存在するが、これは入学を保証する為の物だけで、学園が用意している『特待生枠』を無償で手に入れられる物ではない。
こればかりはいくら王子であろうと実力で手に入れなければならなかった。
そちらの準備に時間を取られ、碌にケヴィンを探す事が出来なかったのだ。
しかし、そこで奇跡が起きた。
エドワードの入学試験の結果は勿論特待生枠であった。
これ自体は正直当然の事だと思っている。
他を見下している訳では無い、王族として特待生枠は必ず取らなければ成らないのだ。
これは自分に課せられた義務だと思っている。
何れこの国を導く存在となる為の下準備として、学業を疎かにする訳には行かない。
名門アトランティス学園を首席卒業する事で、王になる器だと世間へ認識させる事は必須項目だと思っていた。
しかし、確かに特待生枠は手に入れたのだが……試験結果は『三位』と言うものだった。
約500人に及ぶ『人間枠』の試験での結果が『三位』だったのだ。
出鼻を挫かれた気持ちに一瞬陥ったが、自分よりも上の成績を出した者の名前を見て、そんな想い等一瞬で吹っ飛んだ。
一位、『ケヴィン・ベンティスカ』。
そう、あのケヴィンだ。
兄を打ち破った混血種ケヴィン。
正直この時ばかりは笑いが止まらなかった。
なんたる奇跡だろうか。
探し求めていた相手がまさかの同時期に同じ学園で同じクラスになるとは。
その時の衝撃は、二位の『レオン・エルツィオーネ』の事を完全にスルーしてしまった程だ。
そこでエドワードは思い出した。
確かミリアルドと戦った時、ケヴィンは『氷魔法』で彼を倒した筈だった。
噂ではその氷は、あの『炎帝』の炎を持ってしてやっと溶かされた物だと言う。
それ程の……いわば『英雄』に匹敵する程の自然魔法を持ちながら、身体強化で堂々の試験結果一位を取る程の実力者が存在すると言う事実。
その人物も『英雄』なのだろうか。
いやしかし、『混血種の英雄』等聞いた事が無い。
偶然にも混血種の英雄と言う存在は、過去に一人として現れなかった。
元々純血と比べて低い戦闘力の混血種は、蔑まされた呼び方として『劣悪種』と言われている。
自分が物心つく頃には既に混血種廃止令は撤廃されていたからか、その事について特別混血種に劣悪な感情を抱く事は無かったが、それでも英雄に混血種が存在しないのは何かの偶然なのだろうかと思うこともあった。
それともこのケヴィンこそが初の混血英雄なのだろうか。
何方にせよ、学園生活が始まってからでなければ何も分からず終いだ。
幸い、ケヴィン・ベンティスカが学園へ入学する事を知った筈の父も、ミリアルドの件に関して特に彼に何か処罰をする意思はない様子。
あの事件自体兄の暴走だったのだから当然だろうとエドワードは思っている。
そして待ちに待った学園生活が始まった時、やっとケヴィンと出会う事が出来た。
マリアの言う通りだった。
氷の様な冷徹な表情の裏に、熱い心が有る。
人を見る目には自信が有るエドワードも、確かにその通りだと感じた。