主犯格の正体
大分加減したのだが、勢い余って金具が外れた扉はそのまま真っすぐ吹き飛び、男達が囲っていた机に突っ込んでいってしまった。
あからさまに肩を跳ね上げて驚きを見せたその場に居た三人の男性達。
まさにこの男達は屑の塊と言うべきか、部屋の隅に二、三人程の女性が裸でぐったり倒れている様子が見えた。
どう考えてもこいつらが手を出したと言う事だろう。
皮肉にも、その中にマリアが居ない事に安堵してしまっている自分が居た。
例え他人でも、その様な行為が許される訳では無いのだが。
「3秒以内にフィリス家令嬢をここへ連れて来い」
力強くケヴィンは言い放った。
未だ硬直している相手を牽制する為にだろう、エドワードも拘束した奴隷商を彼等の元へ投げ飛ばした。
「二度も言わせないで下さい。ここへマリアを連れて来いと言っている」
彼の声にも怒気が混じっている。
自分の国で、父親が束ねる王国でこんな狼藉が行われている事が、王子として……いや人として許せないのだろう。
「て、てめぇら何しに来やがっ――――」
殴りかかろうと威勢よく近づいて来た大柄の男の顔面を掴み上げるケヴィン。
「テメェに来いなんて言ってねぇ、マリアを連れてこ来いと言ったんだ。聞こえてねぇのか?」
「ケヴィン様!!」
その時だ。
部屋の奥の方に設置されている檻の中から、マリアの声が聞こえた。
「……そこか」
男を掴み上げながら、そのままマリアの声がした方向へと進むケヴィン。
他の二人は未だ事態が認識し切れていないのだろうか、何も手出しをしてこない。
檻を覗き込むと、着のみ着のままの学生服姿のマリアが両手を縛られた状態で存在していた。
「ケヴィン様! あぁ……ケヴィン様!!」
ケヴィンを見て安心したのだろうか、彼女は途端に涙を溢れ出させた。
「待ってろ」
片方空いた手、つまり男を掴んで居ない方の手で檻の扉を掴むと、
ケヴィンはその格子扉に鍵等掛かっていないかの様に、そもそもただ立てかけられていただけかの様に外れる。
途端にマリアがこちらに飛びついて来た為、彼女を支える様に肩に手を置く。
マリアは両手が縛られている状態であった事から、体ごと突っ込んできた為だ。
「おい」
ケヴィンは左手に掴んだままの男に声を掛ける。
「こいつに何もしてねぇだろうな?」
「してねぇ……してねぇよぉ……」
彼は痛みで意識が朦朧としているのだろうが、それだけは即答だった。
「ふん……」
男をそこら辺に強引に投げ捨てると、彼は檻を破壊しながら地べたへ突っ込んだ後、その人物は気絶した。
直ぐにマリアに付けられていた拘束具を引きちぎると、マリアはすぐさまこちらの腰に腕を回し抱き着いて来た。
「ケヴィン様……私を助けに来てくれたのですね!」
「遅くなって悪かったな、ちょっとアドレット達と一緒に外に行っててくれ」
「嫌です! もう絶対にケヴィン様からは離れ――――」
マリアはケヴィンの顔を見上げた。
その瞬間、彼女は少しだけ目を大きく見開くと、ゆっくりとケヴィンから手を離す。
そんな彼女の元にアドレットが近づいてくる。
「行くよマリア。魔導騎士に報告しにいきましょ」
「はい」
えらく大人しく引き下がるマリアに、アドレットも驚きの表情を見せている様だ。
彼女に手を引かれながら歩くマリアは、何やらぶつぶつと呟いていた。
「ケヴィン様が私の為に……ケヴィン様が私の為に……あんなにも『お怒りになって』おられますわ……」
その言葉でケヴィンは気づいた。
冷静なつもりだったが、どうやら完全に怒りが表情に出ていたらしい。
ここでマリアに無駄に騒がれるよりかは、マシな結果だっただろう。
彼女とアドレットはアルフレッドの元へ辿り着くと、彼に導かれながら階段を上っていく。
振り向きざまに彼がこちはに向かって首を縦に振るうと、ケヴィンも任されたと言わんばかりに首を縦に振る。
伯爵と言う位を持つ彼の言葉であれば、魔導騎士への信憑性も高い為にすぐさまここに調査の手が伸びるだろう。
あちらは彼に任せて問題ない。
「さて」
ケヴィンは残った二人の男性に振り向く。
他にも捕らわれた人達は、アドレットが呼び寄せてくれる魔導騎士に任せるのが一番だ。
となれば、ケヴィンの残った役目はこの場に残った二人の男性の始末だ。
どうやら最初の男よりは少々『腕が立つ』人物に見える。
彼等二人にやっと時間が流れ出したのか、片方の男がもう片方の男へ指示を出す。
「ちぃっ! フィリス家の娘は残念だが、『もう一人の女』は手放す訳には行かねぇ! お前あいつを連れて逃げろ!」
「あいよ! ひひっ!」
不気味に笑いながら、別の檻に捉えていた女性の元へ足早に向かうその男。
させまいとケヴィンが駆け出すが、ケヴィンの前に滑り込む様に、先程指示を出していた男が回り込んでくる。
「どけ」
邪魔だと言わんばかりにケヴィンは彼に拳を振るった。
並の人物なら瞬時に気絶に追いやる程度の、ある程度のウォール系魔法なら簡単に破壊する程の威力を込めて放ったそれだが、その攻撃は彼の直前で『弾かれる』。
その状況にケヴィンの足は止まった。
ケヴィンは自分の左腕を見つめて、状況を考察する。
「なぁ……。あいつは任せて良いか?」
拳を見つめながらエドワードへとそう告げる。
「はい」
彼はそれに返答すると、直ぐに部屋の隅に設置されていた梯子から逃げ出した男を追いかけだす。
先程マリアがケヴィンの名を呼んだ時に、この男達は何の反応も示さなかった。
恐らく暗殺部隊とは関与の無い者達の為エドワードの名を出しても構わなかったかもしれないが、念の為に彼の名を呼ぶのは省いた。
「止めねぇのか?」
「くくく……あっちよりおめぇの方が『面白そう』だからなぁ……わかるぜぇ? おめぇ、強いだろぉ?」
成程、そう言う理由か、とケヴィンは何となく納得する。
それに、確かにこちらとしても先程拳が弾かれた現象が少々気にかかる。
弾かれたと言うよりは『防がれた』と言う意味合いが強い。
まるでそう、『壁』に防がれた現象だ。
例えこの人物が何かしらのウォール魔法を使っていたとしても、こちらの攻撃が簡単に防がれたのが気になったのだ。
己の拳は、そう易々と一般人が防げる物じゃないと言う自負がある。
仮に担任の『ルイス』程度の実力者なら一般人でも可能かもしれないが、あのレベルの一般人がそう何人も居る訳が無い。
となると目の前の人物が何者なのか、大体の予想は付く。
「テメェ……『英雄』だな?」
「くくく……ご名答! 聞いて驚くなよ……? 俺様は『元』炎帝! 『防壁の炎神』だぁぁああ!!」
心底ドヤ顔で自己紹介を始めた元炎帝。
成程、こいつの事は知っている。
名を確か、『ディード・ディストル』と言った筈だ。
自信過剰な元炎帝である為、自分の名を普通に公開していた馬鹿な奴だ。
正体を知ったからと言って、驚くには値しない相手だ。
「なんだ、紅蓮の翼に手も足も出せず敗北した『雑魚』か」
この手の話は英雄じゃなくとも知っている。
それ程に現炎帝のレオンのデビューは華々しかったのだから。
元剣聖、真空の鎌鼬にただの一太刀で勝利を納め、その後現剣聖に剣術で負けはした物の、すぐさま炎帝の座を掛けてこの防壁の炎神と位を賭けて勝負した。
結果、紅蓮の翼の炎魔法は、防壁の炎神の炎すらも焼き尽くしたと揶揄されている程圧倒的な戦いだったと知られている。
要するにケヴィンにとってはただの『雑魚』である。
「……おめぇ……誰に向かって『雑魚』と言ってやがる」
「テメェに決まってんだろ『忘却の猿人』」
微妙にニュアンスを違えて見たが、彼にそれが伝わる事は無いだろう。
しかし人攫い事件に『英雄』が関与しているとは、そちらの方が驚きだった。
となると、この事件の犯人の首謀者が何者なのか……簡単に予想が付く。
この防壁の……いや忘却の……。
ディードも、まごう事なきあの『氷帝一派』なのだから。
つまり一連のエドワード暗殺事件から始め、ミリアルドへあれこれと指示を出していた参謀らしき人物。
デュランに『少々悪知恵は働くが詰めの甘い馬鹿』とまで言われる存在。
答えが分かってから考えれば、確かに氷帝はその人物像にピッタリ過ぎるだろう。
何故氷帝がミリアルドに入れ知恵しているのかは定かでは無いが、兎に角首謀者は判明した。
後は証拠としてこいつから確執を取るだけだ。
ついに英雄が敵になりました