蒼氷の朱雀3
この作品を手に取っていただきありがとうございます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけます様努力してまいります。
『ケヴィン』の両親は彼が幼い頃に他界した。
しかしそれは事故死でも病死でもましてや老衰でも安楽死等でも無い。
……『処刑』である。
『混血廃止令』は、人類の戦力低下を恐れて可決された法案だが、導入された以降でも絶えず混血種は世に生まれ出た。
ケヴィンの両親もその例に漏れず種族間の亀裂を超えて愛を育んだ結果、ケヴィンが産まれたのだ。
しかしオールガイアは、この混血廃止令は、混血種を産み落とした者達さえも、片っ端から極刑へと処したのである。
人々への見せしめの意味も大いに込められていたこの法案なのだが、戦力低下を懸念しての立案だった筈のこの法案が、純血の両親を処刑すると言う事実上の戦力低下が発生すると言う矛盾点を引っ提げている状況になっているのに対し、今となってはとても馬鹿げてると言う感想しかケヴィンには出てこない。
それ程までに当時のオールガイアでトップに君臨する各国の君主達は、頭の悪い連中ばかりだったのだろう。
今でこそ混血種には人権が与えられているが、その頃に生まれ出た混血種が当時に行きついていた先は……皆『奴隷』であった。
男の混血種なら肉体労働を、女性の混血種ならば……言葉に出来ない程の酷い仕打ちを受けていた。
混血廃止礼が破棄されたのは今から約15年程前。
当時に史上最強の英雄と謳われた『竜騎士』のたった一声で、その条約は無くなったのである。
ケヴィンにも一瞬ではあれど奴隷時代はあった。
正しく言うのなら、奴隷育成施設で過ごした日々があった。
エルフと言う種族は幼いころから脳が発達し、様々な事を人間よりも遥かに早い段階で理解し始める。
混血種の幼少期の知能もエルフのそれと同じである為、彼ら混血種は幼い頃から自分の置かれている立場を把握し、と同時に人生を諦めるのも早かったのだ。
しかしケヴィンはその事実を認めようとしなかった。
いつまで経っても躾係への反抗を辞めず、元々備わっている目つきの悪さも相まって施設内で人一倍虐げられていた。
首元の残る火傷の痕は、その頃に付けられた物である。
時には食事を抜きにされ、時には一日中暴力を振るわれ、それでもケヴィンは諦め無かった。
施設を抜け出せたのなら良かったのだが、鎖で繋がれ牢屋に監禁されてしまえば、当時の力の無いケヴィンにはどうする事も出来なかったのである。
数年後、混血廃止礼の条約破棄と共に奴隷解放令が拡散される。
混血種は皆、その条例に乗っ取り無事に解放された。
しかしケヴィンだけはそうは成らなかったのだ。
奴隷商の躾係から大きな反感を買っていた為に……密かに始末されると言う状況に追い込まれた。
躾係は何を思ったか一番残酷な死に方を与えてやる等と言い、ケヴィンをデスマウンテンへと連れて行ったのである。
上級モンスターの巣窟と思われる洞窟を発見すると、下卑た笑みを浮かべながらそこへケヴィンを投げ入れた。
3歳にも満たない上、混血種としての力しかないケヴィンが、大人の人間の腕力に抗える筈も無く為されるがままに洞窟へと転がされる。
それでもケヴィンは反抗する態度を見せ、睨みつける様に彼の方へ振り返ると……何故か躾係は笑顔を浮かべたまま静止していた。
実際には、胴体に巨大な犬の口の様な物を生やしながら停止していたと言う状況だ。
そして次の瞬間、ずるりと躾係の上半身が地面へと落ちる。
むき出しと成った内臓から多少の出血が見られたが、すぐさまその上半身も巨大な犬の口の中へと消えて行った。
分かり切った事だが、その犬の口は躾係の下半身から生えていた訳ではない。
……躾係は『喰われた』のだ。
今……ケヴィンの目の前にいる巨大な生物に……殺されたのである。
それは、見上げる程巨大な狼だった。
口を開けば天まで届くと言う比喩は冗談では無かったと思える程に、その巨大生物『フェンリル』はそこに存在していた。
上級モンスター、その中でも更に上位に位置する存在が目の前にいる。
威嚇する様にか、それとも餌にありつける喜びの表現か、そのどちらとも取れる雄叫びをケヴィンは直に耳にした。
恐怖?
そんな物では済まされない。
明らかな種族としての力の差が、ケヴィンとフェンリルのその短い距離の間には存在した。
認めたくないがケヴィンは、この時初めて『死』を直感した。
僅か一瞬だけだが生き残る事を……諦めた。
しかしだ。
恐らく人間には出せないだろう瞬発力でケヴィンへ急接近するフェンリルの口が、今にもケヴィンを飲み込もうとした瞬間の事である。
突如それは横方向へスライドする様に、ケヴィンの目前から消えた。
生にしがみつく事を止めた人物独特の虚ろな瞳で、フェンリルが吹き飛んだで有ろう方向へと視線を向けると、岩壁に叩き込まれたフェンリルと、そのフェンリルの首元に噛みついている『龍の頭部』の様な白い靄が目に映った。
「なんや!? なんでこないな所に子供が居るんや!?」
フェンリルとは逆方向から突如人の声が聞こえる。
今度はそちらの方向へと視線を向けたケヴィン。
そこには、まだ若い少年とも言える様な風貌をした黒ローブの男が立っていた。
男が着用しているローブはギルド『月下無限天』の上位ランカーに与えられる、素性を隠す為の黒ローブだったのだが、その人物は取り付けられたフードを脱ぎ去っており、自ら顔を露見させていた。
赤く長い髪は後ろで一つに束ねられ、若干垂れ気味で大きな目に整った鼻筋、大きめな口元とシャープな輪郭は彼が男前である事を証明する。
『白銀色の槍』を肩に担ぎながら、彼はケヴィンへと近づく。
「……その耳……そう言う事かいな、あんたは混血種やな? 大方、奴隷解放礼を無視したどっかの馬鹿が、こんな場所にあんたを放って行ったっちゅう事か。ほんまこの世界の人々は腐っとるのぉ」
独特な喋り方は、彼の『元居た世界』の名残だろうか。
彼はとても有名な人物だった。
ケヴィンどころか、混血種であるならば彼の事を知らない筈が無い。
彼こそがXランカーであり史上最強の英雄と呼ばれた男……『竜騎士』エリル・エトワールなのだから。
それがケヴィンとエリルの出会いで有り、同時に……ケヴィンがここまで成長するきっかけとなった物語だった。
残酷にも、ケヴィンは英雄に救われた。
理不尽な事を最も嫌うケヴィンが、その理不尽の塊である英雄に助けられた。
あろう事かケヴィンは……その英雄に『憧れて』しまったのだ。
認めたくなかった。
だが幼き頃の記憶は盲目フィルターも追加され、ケヴィンにとってのエルリの強さと言うものは多分に昇華されている。
がむしゃらに強さを求めて自分なりにもかなりの強さを手に入れたと思っている現在でも、未だ竜騎士の背中を追いかけている自分が確かに存在したのだ。
竜騎士は現在、『槍聖』の位を司っている立ち位置の者だ。
しかし……彼は十数年前、ケヴィンと出会ってから数年後に……その姿を消した。
つまり『行方不明』となったのだ。
現状、行方不明となった竜騎士の所在を知る者はいない。
当然ケヴィン自身躍起になって探した時期も有ったが、手掛かりすら掴めなかった。
命の恩人でもあり、僅かな時間だが師事を受けた事もある存在で、両親の居ないケヴィンにとっては親の様な兄の様な……兎に角大切な存在だった。
だから必死に捜索活動を行ったのだが、彼の行方は分からず仕舞いだった。
結局強くなった自分を見せる機会を与えられないまま……ケヴィンが成人を迎える程の月日が経ってしまった。
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