奴隷商
ケヴィンは妙な感覚が自分の中に有る事に気づいた。
エドワードが暗殺対象にされ、エマが毒殺されかけ、ついにはマリアが攫われた。
それに対して、激しい怒りを感じている自分がいる。
何故他人の為に自分はこんなに怒りを露わにしているのだろうかと、その感情に疑問を抱く程だ。
……抱く必要なんて無い、ケヴィンは気づいたのだから。
その人物の為に怒れる程の友人が出来た事に。
友人の為に怒りが湧き出す感情が芽生えた自分の事に。
ケヴィン達は今、とある『奴隷商』の店舗の前に居る。
くたびれたローブを身に纏うケヴィンと『エドワード』の姿に、奴隷商は最初こそつまらなそうな顔を見せたが、二人と一緒に居る『アドレット』の姿と更には彼女の父親である『アルフレッド・フルーズ』伯爵の姿を確認した後、更にこれでもかと言わんばかりにケヴィンが布袋に入れた大量の札束を見せた瞬間、彼の表情は気持ち悪い程のニヤけ顔に変化し、手もみを始めだした。
「これはこれは! フルーズ伯爵様……こんな汚い所に良くおいでなさいました。本日はどの様なご用件で?」
分かり切った事を聞く奴だ。
とケヴィンは思う。
奴隷商の元に来て、奴隷に用事が無い奴などいる訳が無い。
アドレットとよく似たスラっとした体形のオールバックの紳士は、脱いだハットを胸元で抱えながら口髭を生やした口元を広げる。
「今日は私の娘に合う奴隷をいくつか見繕って欲しくてね。何、簡単な世話係を探しているだけさ。出来れば『同年代くらいの女性』が良いのだが……居るかね?」
軽く微笑みを浮かべるアルフレッドだが、その細い目は笑っていない。
アルフレッドとケヴィンはほぼ初対面の関係性だが、彼の方は良くケヴィンの事を知っている様であった。
何やら自分の娘が『普通以上に』懇意にしている男性と聞いてな、と会合時に言われたのだが、ケヴィンにとってはその『普通以上』がどの程度の事なのかは理解出来ていない。
因みにこのアルフレッドも、デュラン発案の死んだふり作戦の協力者の一人だ。
なにより先日の暗殺未遂時にも、あの会場に居たのだから知っていて当然だ。
今回は彼のその貴族としての顔と位を利用させてもらい、マリアを攫った可能性のある奴隷商の捜索に協力してもらっていた。
商人の出から貴族入りし、一代で伯爵まで上り詰めた一流の商売人である彼の顔を、ジャンルは違えど同じ商売人である同国の奴隷商が知らない筈が無い。
そう言った立場である事から協力してもらったのだが、彼にとってもマリアは娘の親友であると同時に、寄子の娘である事から関係性は非常に深い。
当たり前に彼自身もこの事件に関して強い憤りを感じているからか、表向きには平然を装っているが腸は煮えくり返っている様子だった。
「私が直接見定めたいので、若い娘を全員呼び出して欲しいのですけれども。あぁ、追加条件として多少腕が立つのであれば尚良いですわね」
父の後に続いてアドレットも言葉を並べる。
貴族モードのアドレットは、無駄に甘ったるい喋り方をせず、はきはきと喋っていた。
ここに来た理由は見てわかる通り、『マリア』を捜しに来たのだ。
アルフレッドとアドレットが並び立てた条件は、何れもマリアが適合する条件だ。
同年代の女性であり多少腕が立つ。
ここがマリアを攫った奴隷商なのであれば、その条件は正に魔導騎士学園に通うマリアを出してくださいと言っている様なものである。
スラム街に隣接する様に設けられたその店舗は、貴族御用達の奴隷商。
かなり高品質の奴隷を揃えている店舗で、あの『ミリアルド』も良くこの店舗に訪れていると言う話も耳にする。
アトランティス国王、フェルナンド・カルミン・アトランティスは奴隷法案には反対意見を出しているものの、未だ奴隷制度を撤廃するに至っていない。
簡単に奴隷解放を唱えていたとしても、開放した奴隷の扱いは非常に難しい状況にある。
そして国の重鎮で有る貴族達は、揃いも揃ってその国王の奴隷制度の撤廃の意思に反対を示している状況だ。
そこもまた、古くからある奴隷制度が無くならない理由の一つだった。
何故マリアが居ると思われる場所が、今ケヴィン達が訪れている奴隷商なのか。
数時間前、フロールから報告を受けた一同は、まずは情報収集に身を乗り出した。
マリアが攫われた状況や犯人の見た目、手口からスラム街に居ると思われる『人攫い』の犯行だと予想が立てられた。
そこでケヴィンとエドワードが、スラム外を中心に情報収集。
スラムに生きる者達は基本的にがめついが、金を握らせれば大抵の事は喋ってくれる。
その結果数時間前にこの奴隷商に若く綺麗な女性が担ぎ込まれた事が、幾人かの浮浪者から発覚した情報であった。
現状況であればその女性はほぼ間違いなくマリアだろう。
国外に逃げられてしまえばそう簡単には見つからなかったかもしれないが、今回の犯行も恐らくミリアルド派閥によるものだろう。
簡単にそう言った予想が出来るあたり、やはり詰めが甘い。
指示して居る者は恐らくミリアルドでは無くミリアルドを匿った『誰か』だろうが、その人物はケヴィンが消えた事でマリアの探索を躍起になって行う者は居ないと思っての犯行だったのだろうか。
なら恐らくその人物は、ケヴィン達の事をそこまで良く知らない人物なのだろう。
ミリアルドにこちらの情報を片耳で聞いただけの、ほぼこちらとは無関係の存在だろうと予想される。
理由として、ケヴィン達はデュランの作戦通り死んだふりをしたのだが、その事に対して何ら疑問を持っていない部分だ。
ケヴィンは特に『ケヴィン』としては外に出て居ないが、ケヴィン本人もレオン達も『ギルドメンバー』としては外に出ている状況である。
つまり蒼氷の朱雀や、紅蓮の翼としては外で活躍しているのだ。
それを分かっている上でこの犯行に出たのだとしたら、ケヴィン=蒼氷の朱雀だとは知らない人物の犯行なのだろう。
そもそもそれを知る人物と言うのは殆ど居ないだろうが、少なくともレオンやデュラン達の仲間で無い事も確かだ。
今回は相手が馬鹿だった事が功を奏した様だ。
後はこの奴隷商の中でマリアを見つけ出すだけなのだから。
頼むからケヴィンを怒らせないでくれ