黙ってればいい男
こう言った時はデュランの知識が役に立つだろうと、会場の何処かへ居る彼を探す。
しかし、彼を探す為を辺りを見回せば、此方を見つめている女性と視線が合う。
一瞬、絵の中から飛び出してきた様な美しさを感じるが、その人物がしっかりとお洒落をした『エマ』だと言う事に気付く。
自然と其方に足を運ぶケヴィン。
「楽しんでるか」
と、彼女へ話しかけた。
「えぇ、貴方の方はどう? それよりも何故コーヒーカップを持ち歩いているの?」
「どうにもここの酒は舌に合わなくてな」
「お子様なのね」
「そう言うお前が飲んでるそれは何だ」
「ふぁじーねーぶる? とか言うお酒らしいわ」
「どっちもどっちだな」
彼女が飲んでるのは、とても飲みやすいカクテルの様だ。
「ちょっと貴方、ネクタイが歪んでるわよ? もう少し身だしなみを気にした方が良いじゃないかしら」
言いながら、彼女は此方の胸元に手を伸ばし、曲がったネクタイを直してくれる。
「おかしい、何故彼女から目が離せないのだろう? 酔いが回って居るのか、少しだけ紅潮した彼女の姿がとても美しく、その細い体に手を回しいっその事抱きしめてしまいたいと言う思いに、ケヴィンは駆られるのであった」
「お前何言ってんだ」
「君がそう思っていたら面白そうだと思ってな」
と、二人の元へ珍しい人物が訪れた。
「あら、『兄さん』」
彼を見るなりエマは嬉しそうな表情を見せる。
やはり、信頼のおける人物が居ると言うのはいいものだ。
「生憎こっちはお前みてぇな残念な頭の構造はしてねぇんだよ『シアン』」
「誰が黙ってればいい男だ!!」
「言ってねぇよ」
シアンはジパング学園の生徒であり、出身も国籍もさらには『専任国』すらジパングに身を置く英雄の筈だ。
そんな彼が何故エドワードのパーティに訪れているのだろうか、率直に聞く事にした。
「他国からここまで迷い込むなんてレオンも真っ青な方向音痴っぷりだな」
「流石にレオンよりも方向音痴だと思われると、俺でも傷付くからな」
聞き方を間違えたケヴィンであった。
ケヴィンが不思議に思っている事をエマは察したのだろう、シアンに変わって説明を切り出した。
「兄さんはね、来年からエドワードの『プリンスガード』に成る予定なのよ」
「プリンスガード?」
「あぁ、王子直属の近衛騎士ってやつだな」
「何で他国のお前が?」
来年、シアンはジパング学園を卒業するのは決まっている事だ。
その後彼は英雄としての活躍に力を入れると思いって居たが、何故態々他国のプリンスガードに就く事になったのだろうか。
「アトランティスとジパングが同盟国だと言う事はもう当然知っているよな? そう言った交流の延長上で、アトランティス学園の首席及び次席卒業者と、ジパング学園の同卒業者を最初の一年間は両国の魔導騎士団の間で交換する作りになっているんだ」
「って事はうちの首席や次席卒業生も、ジパング学園のプリンスガードに成るって事か?」
「そう言う事に成るな。首席卒業者に与えられるエリート街道ってヤツだ。俺にピッタリな役割だろ?」
「んじゃぁ数年後はルーチェやフィーネもプリンスガード、もしくはプリンセスガードをやる事に成るんだな、その時に新たな王子、王女が誕生していればだが」
流石にエドワードが卒業する頃には次期国王は決定している筈である為、国王に成る人物が子供を拵えて居なければ、後継ぎは不在となる可能性もあった。
「貴方も下手すればジパング学園に派遣される事になるわね、その二人のどちらかと交換で」
「いや、その役目はレオンやデュランに押し付ける」
「夫婦そろって兄を無視するとは中々やるな」
意味の分からない事をシアンが呟いているが、何はともあれ中々面白い政策だろう。
魔導騎士学園のトップ成績での卒業生ともなれば、シアンの言う通り確かにエリート街道を歩む存在だ。
行く行くは団長、副団長の様な重鎮に就く可能性も有る。
そんな人物が一年間と言えど同盟国の騎士団との交流を持つ事は、和平上大事なのかもしれない。
そうだとしても、一つ疑問は残るが。
「つか、プリンスガードになるのは良いが、何故首席のあんたの対象がエドワードなんだ? 『ミリアルド』はどうするんだ?」
少なくともあのミリアルドもこの国の王子だ。
本来ならエドワードより優先される存在は、長男のミリアルドの方に成る筈だ。
つまり首席と次席を両国で交換する流れなら、その『首席』卒業者であるシアンが『長男』であるミリアルドに就く形になるだろう。
「簡単な事さ。あいつがプリンスガードに就く者は『女性』以外認めないと言った。そして今年の次席が幸か不幸か女性生徒となってしまった」
「つまりあのボンクラ王子の我儘で、首席と次席の役目が反転してしまった訳か」
「最低ね」
何故わざわざ女性を指名したのか、想像しなくても魂胆が分かると言う物だ。
「て言うか考えてみたらあの豚野郎も一応この学園の首席卒業生になるんじゃねぇのか? 確か次席は『ミスト家』の爵男だった筈だが」
「確かにその通りだけど、彼はやはり王族だから魔導騎士団には所属しないのよ。あくまで学園に通っているのは軍議や戦闘訓練の為だから」
「あぁ~そういやあいつ王族だったな」
軽く本気で彼が王家で有る事を忘れかけていたケヴィン。
エドワードと血縁関係に成る等とは認めたくないのだろうか。
「ん? それよりもジパング学園の次席はあの『ドモン』とかって言う奴じゃねぇのか?」
ドモン・アルドカーラ。
刀聖一派の拳聖を担う存在だ。
「あいつは確かに腕は立つが、学業は少しサボり気味だからな。座学だけの成績は下手すれば下から数えた方が早い。それにそう言う役割は俺みたいにイケメンで天才な男に任せると言っていた」
「頭ん中まで筋肉みたいなやつか」
「そうだ、イケメンで天才な俺とは真逆なやつだ」
「まぁでも、兄さんなら安心してエドワードを任せられるわね。その次席の女性生徒は災難だけど」
「あぁ、イケメンで天才な俺なら――――」
「うるせぇよ」
確かにエマの言う通り、シアンが直々にプリンスガードになるなら来年の一年間の学校以外での生活は安心だろう。
まだ卒業まで日は長いが、今更シアンがその日までに成績を落として首席、次席からも外れると言う事は無いだろう。
こんなふざけた態度を取る男だが、やる時はやる人物だと言う事をこの短い間でも理解している。
それにしてもエドワードは運なのかそれすらも才能なのか、知らない内に最強の英雄達に守られる形になっている様だ。
日頃の行いと言うやつだろうか。
逆に狙ってやっていたとしても凄まじい選定眼だろう。
自然とエドワードに視線を送る形で辺りを見回すと、その時になって漸く本来の目的であった人物が視界に入って来る。
周りから頭一つ突き出ているのだから、本来なら簡単に見つけられるのだが何故か遠く回り道をした気がする。
「ちょっと『デュラン』のやつと話してくる」
と、二人に声を掛けその場を離れる。
兄妹水入らずな話も有るだろうから。
こっちとしても、今すぐにデュランと相談の場を設ける必要は無いかもしれないが、情報の伝達が早ければ早い程、彼なら面白い算段をつけてくれるのでは無いかと思えた。
本当にやかましい奴