蒼氷の朱雀2
この作品を手に取っていただきありがとうございます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけます様努力してまいります。
「はん、何も言えねぇみてぇだなぁ? 今日の会議はこんくらいでいいだろ、俺様達は忙しい身なんでなぁ……これで帰らせてもらうぜぇ」
「待て! まだ話は終わって――」
刀聖の訴えも空しく、氷帝派の英雄達は一斉に席を立ち始めた。
氷帝以外誰も発言をしてないのだが、これは氷帝の意見に全員が賛成であるが為のいつもの光景だ。
氷帝の主張が自分達の主張と言わんばかりに、全て氷帝が意見を述べる。
そして今も……氷帝の合図一つで皆が室内から退散を始めたのである。
「後はてめぇらガキ同士で好きにやってくれやぁ。俺様達には関係ねぇところでなぁ」
「……クソ……」
いつもこうだと悪態を付く刀聖。
面倒くさい英雄国際条約に阻まれ、実力行使もままならない。
だからと言って英雄国際条約が無ければ、オールガイアの英雄達への拘束力が存在しない事となる。
そんな悪循環に挟まれながらも、刀聖はなんとか現状打破出来ないものかと考えていた。
「……分かりきっていた事だが、俺達でどうにかするしか無いようだな……」
呆れているのか、それとも怒っているのか。
感情の起伏が掴めない声色で剣聖が呟く。
「とりあえず俺達の報酬の分だけでも他に回して貰おうよ、皆もそれで良いよな!?」
念の為、と言った形で炎帝が残った英雄達に問う。
この場に残っている時点で、その英雄達は刀聖や炎帝の意見に賛成である事は間違いないのだが、先程勝手に進めようとした事で氷帝に反感を食らってしまった事から、炎帝は一応の確認を入れた様である。
しかしその心配は杞憂であり、残った面々達は皆直ぐに首を縦に振った。
「すまないな。私に強制する権利が無いばかりに君達には苦労ばかりかける」
口だけではあるが謝罪の意を示すギルドマスター。
確かに立場的にはギルドマスターとして彼がこのギルドの一番上の存在であり、英雄国際条約の中でも英雄は必ずギルドに所属する事が義務付けられている。
ただ、ギルドマスターが英雄への直接の命令権を持っている訳では無く、あくまで『要望』としてしか英雄達に指示する事は出来ない。
それに対して英雄は出来る限り不可能でない限りは従うと言う条約が存在するにはするのだが、なんとも曖昧な部分であり比較的簡単に拒否出来る状況にもあった。
このルールは刀聖達がXランカー入りする前から決まっていた事であり、散々国際条約の変更を刀聖達が要望しても、そう簡単にはその意見が通る事が無くここまで来てしまっているのであった。
「それは仕方ない事だ。あんただって相応に苦労している事も理解しているつもりだからな。今回の件は炎帝の言う通り俺達の分を回してもらう事で人材を確保する方向にするとして……以前も確認したが、『新たな英雄』の出現情報はまだ入っていないか?」
「残念ながらここ数か月、新しい英雄の情報は入ってきていない。出来る限り各国と連携して一早く英雄の情報は入る様に手配しているが、どの国も暫く音沙汰が無いようであるな」
かつては御伽噺の様な存在であった英雄達だが、現在では当たり前の様に数多くの英雄が存在している。
簡単な例で挙げれば各国に最低でも一人『専任英雄』と言う存在を設けられる程には人数が揃っている。
以前までは年々英雄の出現率は増える一方だったのだが、昨今になってこの英雄の出現率は減少傾向にあった。
炎帝達が英雄として名を挙げた頃が『黄金期』と呼ばれる程に沢山の英雄が誕生したのだが、その時代を皮切りにめっきりと英雄が新たに誕生する事がなかったのだ。
刀聖としては、氷帝が長年英雄界隈のトップとして君臨していたが為に、現存する殆どの英雄が氷帝派になってしまっている状況から脱却したく、新たに現れる英雄を味方に引き込みたいが為、それらの情報管理を一任されているギルドマスターへの確認を怠らなかった。
「……そう上手く事は運べないな」
剣聖も同じく愚痴る様に言葉を漏らす。
頼みの綱である新規英雄の出現も見込めないのであれば、英雄内での派閥争いも変化は起こらないだろう。
本来であれば、全英雄が同じ方向を向いて行動する事が正しい筈なのだが……絶対的なリーダーを『失ってしまっている現在』ではそれは叶わないのであった。
「あやつはどうなったんじゃ? あの謎の『氷山』を作り上げる……」
太い腕を組んで顎を摩りながら考えを口にする大男。
この場に残った英雄の残り二人の内の一人、茶色の拳の紋章を背中に宿す『拳聖』である
「あぁ! そう言えば俺の持ち場だった現場でも、今回だけで3か所くらい『氷山』が出来てたよ」
炎帝が今思い出したかの様に任務中の出来事を語る。
討伐対象の魔物は、ギルドが予めしっかりと調査を重ねた上で英雄達へ依頼を投げている。
当たり前に何処の現場の魔物が、どの英雄が担当するか等も管理されている為、英雄達の活動もギルドは詳しく把握している状況にある。
しかしその中で討伐対象だった魔物が謎の『氷山化現象』を起こして現場に放置されている報告が度々上がっているのだ。
この氷山化とは、決して寒い地方では無い場所でも、熱帯雨林でも砂漠のど真ん中でも、どれだけ巨大な魔物でも関係なく全身を『氷漬け』にされている状態の事を言っている。
今の所大きな問題は起こっておらず、かつ危険度の高い上級の魔物が氷山化の対象となっている事から、ギルドからしても英雄からしても手間が省けると言う状況にも繋がっているのだが、その中でも問題点をあげるとすれば、その氷山化を行っている存在が居た場合、ギルドはその人物を『把握していない』状態にあると言う事。
間違いなく自然現象では無く氷山化が人工的に起こっている場合、それを行っている人物は『英雄』であると紐づけられる。
単純に圧倒的な魔力量を込められた氷魔法で、恐らく魔物を即死状態にした上で全身が収まる程の巨大な氷の山を作り上げている。
そしてその氷はそのままであれば一生溶ける事が無く、炎帝の『炎』をもってしてやっと解凍が可能な程だと言う。
こんなとてつもない魔法を扱える者等一般人である筈がなく、間違いなく『エルフの英雄』だと結論がだされていた。
そうなるとギルドが把握していない、つまりオールガイアが存在を認識していない英雄がオールガイアの何処かに存在している事になる。
今は人類に牙を向けている事は無いが、それ程の実力者がなんの縛りも無く世に放置されていると言う現状自体が問題なのである。
一時はその氷山を作り出している人物が『氷帝』なのではと疑われた事もあったが、刀聖派の英雄からすれば氷帝の実力は『それ程でもない』と言う共通認識である上に、氷山が作り上げられているタイミングと、氷帝がその時に居合わせている場所のとの整合性が合わなかったのだ。
氷帝には所謂氷山を作り出していないと言う『アリバイ』が存在している事になっている上に、氷帝本人も真っ向からその件を否定している。
そもそもギルド側が管理している討伐対象をギルドメンバーが勝手に討伐する事は禁止されている為、仮に氷帝が氷山化を起こしていたのだとしても否定をしていただろうが。
「生憎、件の氷山化事件を起こしている人物に関しても全く情報は入ってこない。明らかに目立つ様な場所に堂々と氷山が放置されている割には、それを起こしているとされる人物の素性が不気味な程掴めないからと調査員も困っているところだ」
「……それ程の実力を持ちながらなんの見返りも求めず神出鬼没に魔物を狩り続ける人物……是非とも戦力として欲しい所なんだがな」
ギルドマスターの返答を受けた後、剣聖は率直に謎の人物に対する感想を述べる。
「あぁ、わざわざ素性を隠して活動している事にも何か理由があるんだろうが……それでも俺達と連携をとってくれた方が効率も遥かに上がるだろう。是非ともその人物の調査にも今後注力して欲しい。なんて言ったか……蒼氷の?」
「『蒼氷の朱雀』」
刀聖が名を思い出そうとしている所へ、この場に残った最後の英雄、黄色の雷の紋章が刻まれている『雷帝』が対象の人物の『二つ名』をあげる。
神出鬼没で存在するかどうかも分からない幻の存在、そして明らかに『氷魔法』と得意としている様に現場へ氷山を残していくその行動から付けられた名がそれであった。
未だ誰も姿すら見た事もない存在。
男性かも、女性かも分からない新たな英雄の存在に、刀聖達は縋る様に希望を募らせていた。
「炎帝様!? 炎帝様は居られますか!」
Xランカー会議は、氷帝達が抜けたタイミングでほぼ終わった様なもの。
そうなれば他のギルド員が突然この場に現れようとも誰も咎める者はいない。
何やら必死そうに炎帝を呼ぶギルド員が続け様に放った言葉に、一同は戦慄を覚えるのであった。
「ギルド支部UN KNOWNに来ていただけますか!? 例の……『溶けない氷』が出現しました!!」
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