レオンの本気
ヒーローは奥の手を持っているものです
がしかし、先程ケヴィンが自分で語った様に、その程度ではケヴィンは傷一つ付かない自信があった。
その上、この魔法の構築にあれ程時間を掛けた上更にその一部始終を此方に探知させている様じゃまだまだだと、レオンへの説教を考える余裕まで見せている。
しかしその魔法を敢えて受け止めて見るのも面白いだろう。
練りに練ったその特大魔法を、此方がただの長剣で切り裂いてみれば、レオンも何かしら学ぶ事が出来るかもしれない。
まだまだ発展途上な英雄達にえらく先輩面した思考を持ちながらも、ケヴィンはゆっくりと剣を構える。
凡そその魔法に耐えられるだろう程の魔力を長剣へと込め集中すると、レオンが右腕を振り下ろして来た事を視界に捉えた。
避ける事等容易い。
ここでこの魔法を避けた所で、武道館が一つ消滅しアルベルトが男泣きする姿が見られるだけで済む。
既に遠方に退避したエマ達はアクアウォールを張り巡らせている為、彼女達の安全も保障されている。
いざと成ったらデュランがなんとかするだろう。
だがこの巨大なクリムゾンノヴァには真っ向から挑む事に決めている。
高速で迫る巨大な火球に対し、ケヴィンは力強く長剣を振るった。
デュランの魔封斬とは違い、消滅させる技では無く、相殺させる威力を叩きつける。
ケヴィンが剣を振るった瞬間にクリムゾンノヴァは切り裂かれ、強い爆風とそれに伴う衝撃破を生んだ。
その爆風でさえ、ケヴィンの剣風によって全てレオンの方向へと跳ね変えされる。
途端にレオンはロックウォールを展開すると、それを盾にする事で衝撃波を耐え忍んでいた。
木々が根本から折れながら吹き飛び、先程ケヴィンでは無くレオンの『せい』で砕けた地面の欠片も飛んでいき、なんとも足場の悪い空間が出来上がる。
武道館全体に震動が起こり、それでも尚損壊せず無事に形を保っている様を見て、思ったよりも頑丈に出来ていた造りにケヴィンは感心した程だった。
衝撃が収まり、風圧も落ち着いた所でケヴィンはレオンへと視線を向ける。
ロックウォールを解き、長剣を地面へと突き立てながら肩で息をする彼の姿が見えた。
特大の魔法を放った上、ロックウォール越しだろうと相殺による衝撃をもろに受けたのだから相当疲れただろう。
そろそろ彼にも引導を渡す時だと思い、ゆっくりと彼の方へ歩を進めた。
しかし此方の心情とは裏腹に、レオンは息を落ち着かせ深く呼吸をすると、再び剣を構え腰を深く落とした。
まだ戦う気かとケヴィンが苦笑いを見せ、彼に歩み寄ろうとした時だった。
ケヴィンは立ち止まる。
『あの時』と同じ気配を感じたからだ。
この学園の授業で初めて彼と模擬戦を行った時に感じたあの気配。
こちらの警戒心を刺激する様な、急速な魔力の高まり。
殺気とは違う、何かそれとは異なる強い『危険信号』がケヴィンの中で鳴り響く
思えば、あの時謎に感じたのはこの不気味な程に急速な魔力の高まりだった筈だ。
今でこそ、あれは彼が自然魔法を扱えるからそれが謎に感じたのだろうと自己完結してしまっていたが、再び今その状況に直面すれば分かる。
これは自然魔法云々による警戒心では無い。
「……やる気か」
遠くの方で、デュランが呟いた言葉が耳に届いた。
あの模擬戦の時レオンを止めたのもデュランだった。
それも彼が自然魔法を使おうとしたから止めたのだと今まで思っていた。
しかしあの時も今も、彼から感じた自然魔法の『匂い』は『炎属性』では無かった。
そう、彼が得意とする炎属性では無く、何故か『光属性』の匂いが蔓延している。
そう感じている間にレオンの全身が、訓練服から露出している部分の肌が『発光』し始めたのだ。
ケヴィンは気づいた。
警戒心の正体は、今正にレオンの全身を巡る、莫大な『魔力』にあると言う事を。
「ケヴィン……」
苦しそうな表情を見せながらも、それでも楽しそうに笑いながら此方の名を呼んだレオン。
彼に視線を合わせると、歯を見せながら笑みを強める彼。
「行くよ」
と、彼が言葉を発した瞬間だった。
ケヴィンは一瞬にして己の魔力の抽出速度を上げた。
いや、そうせざるを得なかった。
身体強化のレベルを上昇しなければ、レオンの行動がケヴィンでさえ『見えなかった』のだから。
気付けばレオンが目の前に居た、彼が途轍もないスピードで此方へ迫って来る事だけは感知出来た。
ギリギリ反応出来た時には、此方に剣を振り下ろしているレオンの姿が視界に映った。
そしてケヴィンは……それを弾いた。
ほぼ脊髄反射に近かったが、それでもそれに反応する事が出来た。
焦っている暇等無い。
動揺している時間も無い。
ただ今するべき事は、此方も全身に巡らせる魔力を上げる事だった。
急速に、急激に、久しくケヴィンが扱っていなかった魔力量が全身を巡る。
先程までまるでコマ送りの様に見えたレオンの行動一つ一つが、やがてその一部始終を捕らえられる程の動体視力と反射神経が身に宿る。
やはりレオンの肌が光輝いている。
全身を巡る彼の魔力から、光属性の匂いがする。
その現象をゆっくりと観察したい所だが、今は彼の対処にそれなりの労力を尽くすとしよう。
次々と繰り出されるレオンの剣戟を対処するケヴィン。
成程、こいつは確かにエリルを超えたと言われても不思議では無いとケヴィンは感じる。
油断していたとは言え、レオンの初動が見えなかった。
今では有り得ない出来事だ。
あのエリル以外には無しえない事だろうとケヴィンは勝手に思って居た。
しかしまさかこんな所で不意を突かれるとは。
人生何が起こるか分からないとは良く言った物だ。
確かにレオンは人類最強だろう。
これ程の戦闘力を誇るのなら、それを名乗っても問題は無い。
しかし、相手が悪かったな。
とケヴィンは呟いた。
壮絶な速度で放たれる剣術も、こちらもその速度に合わせるとやはり状況は最初と変わらない。
更にスピードを上げたレオンの全力と思われる斬撃に合わせる様に、ケヴィンも剣を振るう。
重なり合うと共に、轟音と言う言葉では片づけられない程に鳴り響いた二つの長剣。
それだけでは無く僅か一瞬遅れて、先程クリムゾンノヴァを相殺した時よりも激しい衝撃破が二人の間に吹き荒れた。
「か……はっ……」
そして悲しきかな、吹き飛ぶレオンが上げた悲鳴と共に……武道館の天井が粉砕して飛び散ってしまった。
悲鳴を上げたいのはアルベルトの方だろうと思いながら、ケヴィンは突風に打ち上げられたレオンへと飛び上がり、彼を掴んで着地すると同時に彼を地面へと押さえつける様に叩きつけた。
手放した剣を掴もうと手を伸ばすレオン、だがその手つきはたどたどしかった。
「無理すんな、『限界』だろ」
とケヴィンがレオンに告げると、忽ち彼の体の発光は消え去った。
レオンが体に光を纏ってから彼の大振りの斬撃と合わせるまで凡そ一秒の時間経過だろうか。
その間に数十合、剣を交えた。
先の剣速はデュランを……剣聖を遥かに超えていた。
それどころか、ケヴィンが実力の『100分の1』程を使わされた。
こればかりはケヴィン自信も心底驚いている。