特別ゲスト
「まぁでも、こういった漁夫の利作戦は、やっぱり戦場では常套句らしいな」
「……そうらしいわね」
ケヴィンの言葉の意味を瞬時に理解したエマ。
彼女は口早に詠唱を行った後、後方へとアースウォールを展開した。
その瞬間に、何者かがアースウォールへと武器を突き出し、エマのアースウォールを少しだけ貫いた『レイピア』が彼女の目線の先で静止した。
「コンマ4秒遅かったな」
言いながらケヴィンは頭上に手を掲げ、突き出された『足』を防いだ。
「ほほ! 絶好のチャンスだと思ったんじゃがの!」
「確かに……ここで仕留められなかったのは相当痛いですね」
攻撃が届かなかった事により二人の男性は一歩身を引き、二人の前に姿を見せる。
「でも、もう少し私の魔法の展開が遅かったら、私はリタイアしてたわよ。『殿下』」
「殿下は止してくださいよエマ。言ったでしょう? 僕は学生で有る限り同じ学園に通うただのクラスメイトだと」
「エマは少し硬い様じゃからのぉ。少々難しいかもしれんぞ、エドワード? 」
「つーか何で『ジジィ』までこんな所に居るんだよ」
現れた二人は、どちらもアトランティス学園側の人間である『エドワード』と『アルベルト』であった。
元々、二人の気配が此方に近づいてきている事は予め察知していたのだが、まさかその片方がアルベルトだとは思わなかった。
何故彼がここに居るか不明な為の質問だったのだが、彼の現在の姿……黒ローブに身を包んでいるその姿を見て、ケヴィンは少し眉間に皺を寄せた。
その格好を彼がしていると言う事はつまり、『戦闘態勢』であるからだ。
「なんでこんな所に居ると言われても、見ての通りじゃと言うべきかの?」
「おい……今少し馬鹿げた予想が脳裏に過ったんだが、まさか『特別ゲスト』ってジジィの事じゃねぇだろうな」
「その通りですよケヴィン」
何故かケヴィンの質問に、エドワードが堂々と返答する。
「はぁ……、歳甲斐も無く何はしゃいでんだよ」
「まぁそう言うで無い。今年度の新入生はこの学園始まって以来の大豊作なんじゃ。少しぐらいそやつらと私が楽しんでもバチは当たらんじゃろう」
アルベルトの言う大豊作とは、優れた生徒達が沢山居ると言う意味合いだろう。
ケヴィンを始めとして、隣に居るエマ、レオンとデュランについでに言えばここに居るエドワードもその対象に含まれる事だろう。
だからと言って生徒相手に二つ名持ちが学園エースであるエドワードと組んで交流戦に乱入してくる等、巻き込まれた他の生徒達が可哀想で仕方が無い状況だ。
「いやバチは当たるだろ。そもそもジジィが参加してる交流戦で、ジジィ以外が優勝なんてしてみろよ。一学生が教員に勝つと言うのは珍しい事じゃねぇかもしれねぇが、テメェのネームバリューをちっとは考えろ」
白牙の老神に学生が勝つ。
学生レベルでその様な事が実現可能と成れば、否応なしにその人物は英雄では無いかと言う噂が忽ち広がる。
ケヴィンはその事を懸念しているのだ。
「ちゃんととびっきりの実力を持った者を用意しておると言ったじゃろうに。それにその件に関しては手を打ってある」
「自分で言ってて恥ずかしくねぇのかよ。んでそのとびっきりさんは手加減して参加してましたとでも言うつもりか?」
「いやいや、もっと単純な事じゃ。この交流戦の優勝者は始まった時点で決まっている様なもんじゃろう。のぉ? ケヴィン?」
「はぁ?」
こっちが疑問を投げかけて居るにも関わらず、相槌を求める様な仕草を取るアルベルト。
ケヴィンは嫌な考えが脳裏を過るが、敢えてそれを口にしない。
しかし、隣で黙って話を聞いていたエマが、あっさりとその答えを口にしてしまう。
「ケヴィンが優勝すれば、『何だ、やっぱりケヴィンか』で終わると言う事かしらね?」
「その通りです」
と、ニコやかにエマへ返答するエドワード。
「何言ってんだ、物事がそう簡単に進む訳ねぇだろ。あんたは元S級だぞジジィ」
「そうかしら? 少なくともこの学園の生徒は殆どがケヴィンなら納得と思う筈よ」
「どうしてそうなるんだよ……」
ケヴィンは渋い顔をしながら項垂れる。
「にしても何でエドワードと組んでるんだ? 実力のバランス考えたらもっと他の奴と組むのがベストじゃねぇのか? 俺の相方だってエマだし、これじゃ戦力過多だろ」
「ふぉっふぉっふぉ、なぁに。ちょっと工夫して頑張ればケヴィンに勝てる希望がすこーしは有るんじゃないかと思っての采配じゃよ」
「お陰様で僕は楽に勝ち進ませて貰ってますよ」
「何を言っておるエドワード。未だ私はお主が戦っている相手に一つも手出しはしておらんぞ?」
何だかんだ勝ちに行くつもりなんじゃねぇかとケヴィンは突っ込みを入れる。
「にしても先程のエリア全体への大きな魔力の放出は、流石にやり過ぎじゃないですか? 十中八九貴方だと思って飛んできたところ、案の定貴方達を発見出来ましたし。場所を自ら知らせる行為になってますよ」
「それを考えて発信源からは離れたつもりだったんだがな、流石エドワードだな」
流石に加減し過ぎたかとケヴィンは思う。
「本来なら強敵は後回しにすると言う作戦も立てられるのじゃが、エドワードがどうしてもここでお主と戦いたいと言うからの。どっち道お主を打倒せなければこの大会での優勝は有り得ないからの」
「確かに……本来なら全生徒が一斉に彼に立ち向かっても全滅させられるぐらい危険な存在だものね……」
「俺はラスボスかよ」
そうよ。
とあっさりエマに認められ、肩を竦めるケヴィン。
強い魔力を探知した後の行動は人それぞれだろう。
エドワードの言う様に、如何に相手が強力な存在でも何れ戦わなければならない為、先に排除しようと考える者もいる。
逆に様子をみて、作戦を練り直してから後で戦おうと思う人物もいる。
このバトルロワイアル形式と言うルール上、どちらの選択も正解である。
今回はエドワードが選んだ選択が功を奏した事で漁夫の利としてこちらに奇襲が掛けれたのだから、概ね成功と言えるだろう。
ターゲットとなったのがケヴィンだった為に失敗しただけで、本来であればあそこで勝負はついていたのだから。
「どちらにせよ奇襲で両方ともダメージが与えれなかったのは痛手でしたね」
「ジジィがエドワードの能力に合わせて動いてっからあっさり止められたんだろ。それが致命的だな」
「ふむ……私が本気を出してたとしても結局止められる未来しか見えんがの」
ほら、ケヴィンじゃし。
と、貶されているのか褒められているのか分からないいつもの言葉を、ケヴィンは皆から言われる。
「それで? 仕切り直すか? それともこのまま続けるか? どっちを選択しても特別にそれを尊重してやるぜ」
完全な強者の余裕を見せつけるケヴィン。
戦場ではなんたらと語っていた癖に、友人にはそう言う所が甘かったりするのだ。
「折角なので、このままケヴィンの胸を借りたい所ですね」
「そうじゃな、出来る事ならお主の本気を見せて欲しい所じゃ」
「壊れるわよ、世界が」
「だから俺はラスボスかよ」
本日二度目の『そうよ』と言う言葉を大した間もなく告げられたケヴィンは、若干やるせない気持ちに襲われる。
「出来る事なら貴方と1対1で戦いたいと思いますが、それが出来ると思える程僕は自惚れては居ません。それに、園長が居る事で少しでもケヴィンから学べる事が増えるかもしれませんしね」
「賢明な判断よ殿下」
ケヴィンと一人で戦おう等、傍から見れば自暴自棄になったとしか思えないだろう。
少なくともエマはそう思ったからこそ、賢明だと彼に言ったのだろう。
「面白れぇ事いうじゃねぇか」
ケヴィンはニヤりと笑う。
ケヴィンはエドワードの先の発言を、自暴自棄になったなどとは思わない。
エドワードは先程、ケヴィンの胸を借りたいと言った。
自他共に学内最強生徒の胸を借りて、恐らく行き詰っている現状をなんとかしたいのだろう。
ケヴィン自身も、過去幾度となく限界と言う壁にぶち当たってきた。
これ以上の成長は見込めないと言う現実を叩きつけられた事も有った。
それを突破するヒントも無いままに、ただただがむしゃらに限界をぶち壊して来たからこそ、エドワードが今己の限界に直面している状況なのだと予想が出来る。
強者からヒントを得たいと言う自分は出来なかった選択肢だが、存在するものを全て使ってでも強く成りたいと言う彼の信念はケヴィンのそれと一緒な物だ。
自分が出来たのだから他の者にも出来るなんて簡単な事は言えないが、ただ一つの方法として伝授する事は出来る。
勿論ケヴィンが培ってきた方法を誰もが同じ様に出来る訳ではない。
ケヴィンが培ってきた方法でケヴィン自身が強く成れたのは、偶然そのやり方がケヴィンに合っていただけの事だ。
同じやり方を、環境も種族も違うエドワードが出来るとは言い切れない。
だが、それでも何かを掴みたいと言うのなら、教えてやっても良いとケヴィンは素直に思った。
ケヴィンはラスボスです