氷帝は学ばない
「わかったか!? 『Xランカー同士』の情報共有だ! AランカーだかSランカーだか知らねぇが、てめぇがここに居て良い理由はねぇんだよ!!」
またもや蒼氷に食って掛かる氷帝。
余程彼の存在が気にくわない様だ。
それも当然か。
自分の氷帝としての立ち位置を危うくする存在に、手放しで歓迎出来る程氷帝は出来たエルフでは無い。
彼の横暴さ加減はXランカーと言う立ち位置に有るからこそ許されている事もある。
その位が無くなってしまえば、彼は立つ瀬が無いのだ。
「蒼氷は今回のスタンピード及び魔人との遭遇の際の当時者だ。彼の実力は共に戦った剣聖や炎帝も認めて居る。それに彼は既に、氷帝、君の位に挑戦する権利があるんだ。何れXランカーに成る逸材、それを踏まえればここに居てもなんら不思議じゃないだろう?」
俺の娘の許嫁でもあるしなと、刀聖は呟く。
娘とは誰の事だろう、そんな存在は居なかった筈だが。
私の事なのだろうか。
いつそんな決まりが出来たのか堤かでは無いが、刀聖がいつものお調子者口調を見せ始めた。
余裕が出てきた証拠である。
やはり蒼氷がここに居ると言う事実は、彼にとっても心強い事なのだろう。
エマはそう感じながら、氷帝の返答を待った。
「あぁ? てめぇマジで俺様に喧嘩売ってんのか? こんな雑魚に氷帝が務まる訳ねぇだろうがよ!! 俺様の力……よぉく知ってんだろ?」
彼がそう発言した直後、突然自分の吐息に白息が混じる。
それと同時に肌寒さを感じ、氷帝が異能力である『温度操作』を発動した事が分かった。
「氷帝殿……流石にそれは非常識でござるよ」
「うるせぇ! このガキ共には社会の礼儀ってぇ奴を教えてやる!!」
先程ケヴィンを宥めた氷帝一派唯一の温厚な人物である『棍聖』が、今度は氷帝を宥めようとするが彼の声に氷帝は耳を傾けなかった。
「大人なら、ワシらの目標になるべき立ち振る舞いをするもんじゃろうが。そんなんじゃからワシら誰一人貴様を支持しておらんのじゃい」
その状況に拳聖がただただ事実を突きつける。
彼のオールガイアランキングは剣聖に次いで6位。
Xランカーの中でも上位に位置する彼は、刀聖並みに発言力が有る。
「異能力を止めて下さい。……私の矢は、貴方が魔法を構築するよりも早く貴方へと辿り着きます」
彼に続けて弓を構えながら弓聖が発言する。
彼女の弓は必殺必中。
自分が知る限り、彼女が狙いを外した事は一度も無い。
弓聖の発言通り、彼女の神速の矢はエルフに魔法構築の隙を与える事は無い。
正直蒼氷の強さを目の当たりにした後では、彼には彼女の矢すら届かないのではと思う事もあるが、それでも弓聖の射出速度は半端ではない。
彼女は本気で氷帝を射るつもりは無いだろう。
しかし彼は大人げなく言葉での解決が行われる事は殆ど無い。
多少こちらも力を振るう覚悟を見せなければ治まりが付かない事が多々あるのだ。
「ぐ……やるならやりやがれ! 本気で俺とやり合うつもりがねぇのもバレバレなんだよ!!」
引っ込みが効かなくなってしまったのか、未だ異能力の展開を止めない氷帝だがその言葉は真相を付いている。
氷帝と本気で事を構えるつもりで居る者は、刀聖一派には居ない。
人類の現状を考えれば、英雄同士で争って居る場合じゃないからだ。
問題は氷帝側と刀聖側では、見据えている目標が違うと言う事。
氷帝側の英雄は、より一層自分達の生きやすい環境造りに躍起になっている。
打って変わって刀聖側の英雄は、誰もが世の平和を第一に考えている。
魔族と戦争しているこの状況で、例え英雄らしくない立ち振る舞いをしている氷帝一派の力でも、世に平和を齎すには必要な力なのだ。
だからといって彼等に好き勝手させていては元も子もない。
そのジレンマがとてももどかし過ぎる状況だ。
彼等の頭である氷帝を黙らせる事が出来れば、今より遥かにマシな状況となるだろう。
その為には、やはり蒼氷の朱雀の協力が絶対必要な物となる。
無意味な睨み合いが続く中、氷帝は異能力を抑える気配は無い。
それどころか更に異能力の威力を強め、部屋に霜が張り出す程温度を下げだした。
「これぐらい冷やせばてめぇら全員氷漬けにする事が可能だぁ! 謝るなら今の内だ……ぞぉ?」
氷帝の語尾が弱まる。
異能力による温度変化の異常に気付いたからであろう。
「な……何が起きてやがる!?」
「むぅ……温度が上がっている様ですな?」
温度の変化に気付いたのは当然氷帝だけでは無い、会議室に居る誰もが不思議そうに空間を見渡している。
氷帝の異能力によって下げられた筈の室内の温度が、棍聖の言う通り急上昇し始めたのだ。
「何この程度で驚いてんだよ」
そう発言したのは蒼氷だった。
一同が彼に視線を向ける。
「て……てめぇが何かしやがったのかぁ!!?」
慌てた口調で蒼氷を問いただす氷帝。
口元に笑みを浮かべながら蒼氷は続けた。
「あ? んな事も分かんねぇのかよ? テメェが下げた温度を熱魔法で上昇させただけだろうが」
「何言ってやがる!! そんな事が……」
「出来るに決まってんだろ? 『温度操作』なんて大層な名前付けられてるが、どうみてもその実態は熱魔法と冷気魔法を扱ってるだけじゃねぇか。異能力っつーぐらいだから、どうせその類をほんの少量の魔力で扱う事を可能にしてるとかそんな程度のもんなんだろ?」
「だ! だとしても!! 何故俺の異能力がてめぇの熱魔法に負けている!?」
蒼氷は狼狽える氷帝を鼻で笑い飛ばしながら続けた。
「出力が足りてねぇ、ただそれだけだ。テメェの異能力による冷気魔法の出力より、俺の熱魔法の出力の方が勝ってるってだけだろ」
「ば……馬鹿なぁ!!」
冷や汗を流し始める氷帝。
それもそうだろう、自分の特権だと信じていた異能力が、異能力では無い純粋な魔力によって負けているのだから。
彼じゃなくても、その事態は驚きしか無い。
熱魔法? 冷気魔法?
確かにその概念の魔法は存在している上に、自分だって使っている。
だが、それは炎魔法や氷魔法を使い際に補助的に使って居るに過ぎない技術の魔法だ。
その部分を突出して鍛えるのはとても難しく、それらを高出力に扱える様にするよりは、魔力の構築の修行を行った方がエルフとしては何倍も効率が良い。
だからこそ温度の番人と呼ばれている氷帝が、氷魔法使いの中で最強なのだ。
習得の非常に難しい補助的魔法を、なんの努力も無しに使用可能としている異能力の恩恵によって、凄まじい濃度の氷魔法を操れる様になっているのだから。
しかし、その技術を異能力以上に簡単に蒼氷は使いこなした。
正に脱帽である。
圧倒的実力を持っている英雄ですら、彼の異端な技術には舌を巻かざるを得ない。
「それにお前馬鹿だろ? 異能力を見せびらかすのは良いが、何故その範囲を部屋全体に施した? そんな事したら炎帝や雷帝みてぇな魔法技術に長けてる奴も簡単に氷魔法の出力を上げれる事に成るぞ? その意味わかってんのか? この蒼氷の朱雀の前で冷気エネルギーを部屋に充満させる事が自殺行為だって理解してんのか?」
蒼氷の言う事は最もだ。
一定以上のエリアに氷帝が冷気を充満させれば、自分や炎帝にとっても好条件で氷魔法を駆使する事が出来る。
何より氷魔法を大得意としている蒼氷の朱雀の力を爆発的に向上させる事にも繋がる。
だが、補助魔法の発動は基本的に一定エリアを対象に行う物では無いのだろうか?
「普通こう言う魔法の使い方は対象付近にのみ展開する物だろ。自分の手元に冷気魔法を発動させる、対象の周囲のみ熱魔法を発生させる。そう言った使い方の方が当然コストも展開の速さも圧倒的に特だろうが」
言いながら、蒼氷は手元に氷魔法を、氷帝の周りを囲う様に炎魔法を発動し、一瞬で消し去った。
確かに冷気魔法や熱魔法を発動した形跡を残しながら。
またもや驚愕だ。
エリアに限定的な補助魔法の展開。
その技術も当然、気の遠く成る様な反復練習を行わなければ身に付かない技術だろう。
一時期自分もそう言った工夫を用いようとした事もあった。
対象にのみ補助魔法を展開し、その後高出力の自然魔法を叩き込むと言う方法。
しかし、目が回りそうになる程に繊細で絶妙な魔力コントロールが必要な為に断念した覚えがある。
英雄ですらこの様なのだ。
何故英雄では無い蒼氷にそんな技術が出来るのか?
……どれほど絶望的な環境下で、己を鍛え続けたのだろうか。
過去の出来事が大変悔やまれる。
理解していたつもりで居たが、心の何処かで自分もそれなりの修羅場を潜ってきてるのだからと言う自負が有った。
必死で努力してきているつもりだった。
彼に対し恵まれた存在だなんて言った発言を失くしてしまいたい。
そう思う度に胸がズキっと痛む。
彼が言った、血反吐出すまで努力してと言う言葉。
あれは決して比喩なんかじゃなかった。
いや、きっと彼は血反吐出すまでの努力では済んでいない。
ほぼ間違いなく、血反吐を吐き続けながら努力してきた筈だ。
彼に比べたら、確かに自分の環境は恵まれている。
魔力が無かった時代でも、母親と弟はいつも助けてくれていた。
魔力を手に入れ、家族を、集落を、国を崩壊させてしまっても、それでも世界は自分を必要としてくれ、英雄として迎えてくれた。
兄が支えてくれて、親友が出来、Xランカーに席を置く事が出来た。
彼にはその全てが無いのだ。
支えてくれる存在が誰一人として居なかったのだ。
槍聖を頼りにしていた時期が有るかもしれない、だけどそれはただの一瞬であり、その後は自分の力のみで生きてきた筈だ。
認識が甘すぎた。
必死に生きる事を推奨されている存在と、必死に生きる事を強制されていた存在ではその差は明らかだ。
身を引き締めなければ。
死ぬまで努力し続けなければ。
英雄である自分達が、彼を頼ったままで良い筈が無い。
そう思って居るのはきっと自分だけじゃない筈だ。
少なくとも刀聖一派の面々は、蒼氷が如何に異端な技術を行使しているかを認識している筈だ。
感情を表に出す事が苦手な剣聖ですら、拳を強く握りしめているのだから。
さっさと氷帝の席変わればいいのに