ケヴィン・ベンティスカ8
この作品を手に取っていただきありがとうございます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけます様努力してまいります。
「恐れて逃げ出しはしなかった様だな」
「テメェは家畜を恐れる事があるのか? だったらもはや末期だな」
場所は既にギルド支部UNKNOWNへ移っている。
ケヴィンは足早にギルドに向かい、凡そ指定された10分前にはこの支部へ辿り着いたのだが、ミリアルドは既に準備を終え、ギルド支部に設置された闘技場の中央で待っていた。
どれ程彼が本気で怒りを露わにして居るのかがその行為で分かるだろう。
ケヴィンはそこまで必死になれるミリアルドに少しばかりの羨ましさも感じる程だった。
闘技場はその範囲を大きく設けられている。
直径200メートルは有るだろう特設ステージが中央に存在し、その周囲にはステージを円形状に囲む様に観客席が備え付けられていた。
そちらへ視線を向けると、貴族だと思われる人物が複数人観客席の一部を占領し、落下防止の為の柵から広場へと身を乗り出している。
その人物達がミリアルド様、ミリアルド様と口々に叫ぶ様を見て、彼らは恐らくミリアルドの取り巻き貴族であろう事が分かる。
ミリアルドはこの決闘で、自分の力を皆に見せびらかそうと目論んでいる様子だ。
ケヴィンに対しアウェーの状態を作り出し、戦い自体を優位に運ぼうと言った魂胆が見え隠れしていた。
悪知恵は働く様だ。
ケヴィンはそう感想を漏らす。
そしてその貴族の集まりから一ブロック席を空けて座るマリアの姿。
祈る様に両手を絡め、それを額に押し当てている。
彼女が何を感じ、何を思い、そう言った行動を取っているのかは分からない
しかし、先の店員と言い彼女と言い、自分の行動によって不安にさせた可能性があるだろう事は、少しだけ反省をしているケヴィン。
人は自由に生きる権利がある、だがその行動に対して他人に迷惑を掛けてはならない。
ケヴィンはそれを己のルールとし、愚直に守っているのだ。
だからこそ今回の軽率な行動も少しばかり反省をしていた。
しかし彼女らの不安も一瞬にして拭い去る事が出来る自信が彼にはある。
自分にとって利益の無い行動を取らないケヴィンであるが、彼はこの決闘に少しだけ価値を見出している。
ミリアルドが我が物顔で道を歩く事自体に関しては、とやかく言うつもりは無い。
あくまで自分の知らない所で、自分の知らない人物に迷惑を掛けるのはどうでも良いとさえ思っている。
だがそれに自分を巻き込むな、自分の目の届く範囲で理不尽を振りかざすな。
そう言った思いも……この決闘には含まれているのだ。
そしてその思いを、『王族相手』にぶつける事が出来ると言うこの状況こそが……ケヴィンにとっての僅かながらの価値となったのだ。
――――……。
時を同じくして観客席。
貴族達が集まる北方の席とは真逆の位置に、二人の人物が腰かけている。
50代程の小太りの男、このギルド支部UNKNOWNのギルド支部マスターである男が、隣に居る老人へと声を掛ける。
「いやぁ、大変な事になりましたねぇ。まさかミリアルド殿下が決闘を行う事になるとは」
「ふむぅ……あの者は一体何者かね? 立ち姿が常人のそれでは無い。あの若さでかなりの修羅場を潜っている様に見える」
「何を言っておられるのですかアルベルト殿、あのお方がミリアルド殿下ですよ」
白髪だらけの老人が口にした人物は明らかにケヴィンの事だったのだが、ミリアルドがギルドメンバーとして優れたランクを持っている事から、ギルドマスターは彼が指している人物はミリアルドの事であろうと判断する。
「いや、其方では無い。対峙しておる童の方じゃ」
長く伸ばされた顎鬚も、年齢の為か真っ白へ変色している。
その髭を撫でながら、老人はギルドマスターへとそう返した。
「あの者は記憶にありませんねぇ。まぁ、無謀にも殿下に挑んだ哀れな一般市民でしょう。聞けば、殿下を何度も侮辱していたと言う話です。可哀そうですが彼の命もここまで……と言った所ですかね」
ギルドマスターはミリアルドの実力を一切疑っていない。
Bランクの実力は権力に物を言わせて手に入れた物では無く、彼自身が実力で勝ち取った物であるからだ。
それに対峙する青年が、『英雄』でもなんでも無いただの一般人ならばその実力を超えている等と到底思えないのだ。
「はてさて……可哀そうな状況となるのは、一体どちらかのう?」
アルベルト・ワイズマン。
ギルド月下無限天の相談役にして『白牙の老神』の二つ名を持つ元『S』ランカー。
正真正銘の実力者の目に……ケヴィンは一体どの様に映っているのだろうか。
「では御二方、中央へお並びください」
声を発するはギルド員兼審判役。
ミリアルドの実力を見たいが為、決闘と言う心躍る展開を審判したいが為と言った理由で自ら立候補した人物だ。
自己紹介はされていたが、ケヴィンは一ミリもその人物に興味が無い為、もはや名前どころか性別すらも頭に入っていなかった。
「双方の同意の元、これより決闘を行います。ミリアルド様が勝利の暁に、ケヴィン様に求めるは『生命の与奪権限』……間違いはありませんか?」
「間違いない」
「では、ケヴィン様がミリアルド様へ求めるは『マリア殿の所有権の譲渡』、そしてレストラン、ダ・カーポの店員へ一切の接触禁止、間違いありませんか?」
「あぁ」
賭け事に『人』のやり取りを行う事は基本的に禁止されている。
例えるなら奴隷等と言った明確な立場の者は、その主人の『持ち物』扱いとされる為に賭け事の対象として成立する事は有るが、マリアの場合ミリアルドの許嫁であってミリアルドの所有物では無い。
しかしこの場合には特例が有り、本人の承諾を得れば賞品の対象と成る事が可能とされる。
ケヴィンは半ば冗談でこの案を発したのだが、驚く事にマリアは二つ返事でこれを了承した。
当初は、ミリアルドとの婚約破棄を条件に掲げたが、決闘する人物本人が直接関わる事でなければ賭けの対象としては認められなかった為、こう言った流れとなったのだ。
レストラン店員に対しては、ケヴィン自身の挑発が多いに影響していた為、これもまた特例として認められたのだった。
決闘の結果は絶対で有り、これは王族であろうと揉み消す事は出来ない。
宣誓通り、ケヴィンは負ければほぼ確実に死ぬが、代わりにミリアルドが負ければマリアを失う事となるだろう。
「マリアの美しさに見惚れた事はこの際許してやろう、よもやマリアが貴様の要望を許可するとは思わなんだが、一時の夢を見る事は大目に見てやるぞ。我は寛大なのでな」
「お前は脳みそまで脂肪で出来てるのか? とっくに愛想を尽かされている現実を理解しろよ」
「ふん、たわけた事を」
「始めます」
審判の号令にて、二人は一定の距離を保つ。
ミリアルドは腰から下げている細剣を抜きだし、利き手で正面に構えると逆の手を腰に当て体を横に向ける。
貴族が好んで嗜む細剣を扱う際に構えるこの型は、相手から見える表面積を少なくし、さらに正面からの急所への被弾の可能性を低くする事を目的とされている。
しかしケヴィンから見たミリアルドはその情けない体型が強く影響し、返ってその型の方が表面積が増えていると言う無様な形と成ってしまっている。
その様な状況に吹き出しそうになるのをケヴィンは堪え、ケヴィン自身も構えに入る。
彼が普段愛用していた剣は自宅へ置いてきている。
適当な剣を見繕っても良かったのだが、剣等使用せずとも勝てると言う確信がケヴィンにはある。
本来であれば殺傷能力のある武具を装備している者に対して素手で立ち向かうと言うのは、例え身体能力が上回っていても無謀と言えるだろう。
これは武術を学べば学ぶ程に理解出来る事だ。
だがケヴィンはそれでも尚『余裕』だと思っている。
それに彼はミリアルドに『最高に辱めの有る敗北』を与えようとしてるのだ。
その方法はケヴィンにとって多分に『リスク』が存在し、結果的にケヴィンが今後『目立つ存在』と成りうる可能性がある。
しかしそれを踏まえてもやる『価値』は有るとケヴィンは思う。
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