エマ・ローゼンクランツ3
本日はエマ目線
『エマ・ローゼンクランツ』は、『黒ローブ』に身を包み、ギルド本部へ設けられている『Xランカー用会議室』に赴いていた。
自らに指定されている席である黄色の豪華な椅子へと腰を掛け、集会所へと集まっている他のXランカーの会話に耳を傾けている。
「以上から『魔人』の存在が確認され、以前剣聖が発見した新種の魔物の存在も公の物となった。魔人の実力は計り知れない物があり、実際『蒼氷の朱雀』の手助けが無ければ、今俺は生きて居ないだろう」
紫色の豪華な椅子から立ち上がって報告をしていた『刀聖』の言葉を吟味し、現状況が如何に緊迫した状態かを理解する。
『刀聖が敗れた』
この事実は現Xランカーにとって……否、全人類にとって有ってはならない事である。
オールガイアランキングで見れば刀聖は4位の位置付けと成っているが、実際の純粋な戦闘力のみで評価した場合、槍聖無き今刀聖の実力は炎帝を抜いて現存する英雄の中で最強と認識されている。
その刀聖が敗れたと言う事は、現英雄の実力では『魔人には勝てない』と言う事が証明されてしまっているのだ。
エマは腿に置いた両手をローブを巻き込みながら握りしめる。
体の震えが止まらないのだ。
その理由には、尊敬する兄である『シアン・ローゼンクランツ』の敗北が自分の事の様に苦しいのもあるが、それと同時に魔人の実力に対しての『恐怖』も存在した。
敗北等、英雄の立場の者は誰一人経験した事等ないだろう。
英雄同士の模擬戦は結局のところ死闘で無く試し合いなのだから、負けたとしてもプライドが傷つく程度のものだろう。
しかし対魔人はその程度では済まない。
自分達は戦争をしているのだ。
魔人との戦いで敗北すれば、それは当たり前に『死』を意味する。
英雄の立場に居る者は誰もが『死』を身近に感じる事等無かっただろう。
腕を振るうだけで、魔法を唱えるだけで上級の魔物が屠れるのだから。
戦争の最前線に立っていても死とは最も遠い位置に居るのが英雄なのだから。
それが今、正に死と隣り合わせの状況となった。
負ければ死ぬと言う状況で、それでも命を投げ出して戦地に乗り込んでいける程エマにはまだ覚悟は出来て居なかった。
「……魔人は最低でも5人居る……と言ったな?」
左腕で右肘を支え、右手を握り顎に沿えながら刀聖へ質問を投げかける剣聖へ視線が向く。
こんな時でも、彼は恐れている様子は無い。
彼は自分とは違うのだと痛感する。
剣聖や炎帝は相手の強大な力を認識しても、一切臆している様子は無かった。
それこそ、彼等は『覚悟』をしているのだ。
エマと違い、己の命を投げ捨ててでも脅威を排除する覚悟が出来て居るのだ。
同じ年数を生きている筈なのに、この差は一体何処から来るのだろうかと情けない気持ちになる。
「あぁ、その中でも俺と蒼氷が戦った相手は004と自分の事を呼んでおり、5番目の強さの魔人だと言って居た。更に彼の発言から『魔王』なる存在が居る事も、蒼氷が確認している」
『蒼氷の朱雀』
退屈そうに『槍聖』の椅子に体重を預けている彼が、この集会場に刀聖と共に訪れた時は驚いた。
何も、クラスメイトである『ケヴィン・ベンティスカ』が蒼氷だった事実に驚いた訳では無い。
その事実は彼の本当の実力を知る者からすれば、容易に想像が付く事だ。
実際に剣聖が蒼氷のAランク昇格を認めた際に、その後の学園生活での彼と剣聖の関係性を目にしていれば、彼が蒼氷なのだろうと言う事はすぐに理解が出来た。
レオンとは違い広い交友関係を築く事が苦手なデュランが、自らケヴィンへと話掛けるのだからその存在をバラしている様な物だった。
そのケヴィンもとい蒼氷がこの場に現れた事に驚きを見せてしまったのは、今現在自分が『雷帝』として、『黄金の雷光』としてこの場に居た事が理由なのだ。
自分でも頑なに己の正体を隠している事は自覚している。
以前彼と学園の中庭で口論となってしまった理由も、自分のこの『雷帝』としての立場が世間に知られる訳にはいかなかった為に起こった問題だった。
雷帝は世間から黄金の雷光の二つ名とは別に、その存在を中傷する名で呼ばれる事が有る。
自分が『過去』に起こした『とある事件』が理由でその名で呼ばれる事が有るのだが、その過去は彼女にとってあまりにも鮮烈なトラウマとして心に刻まれている。
その『過去の出来事』を、彼に知られたくなったのだ。
自分の私生活に影響の無い他人や、ましてや名前も知らない同級生ならまだしも、彼には……ケヴィン・ベンティスカだけには知られたく無い。
エマはそう思った。
過去に自分が起こした事実を耳にした人物は、その殆どが軽蔑する視線を此方に向けた。
その人達と同じ視線を彼から向けられる事になれば、エマは耐えられそうにないと思ったのだ。
そう感じた理由は、やはり彼を友人として受け入れつつ有るからなのだろう。
その感情を認める事に何故か恥ずかしさを感じる為彼にその事実を告げる事は無いが、しかし実際エマが心構えをする前に蒼氷に素性を知られてしまった。
雷帝としてここに居る自分の正体を、彼はすぐに自分だと見抜いた。
出会い頭、どう言った反応を彼に示せばいいか迷って居た際に彼はさも当然かの様に『その格好も意外と様に成ってるじゃねぇか』と告げてきた。
わざわざ風魔法を使い、自分だけに『地声』が聞こえる様に工夫をしながらだ。
その『いつもの態度』に心底安心した気がする自分が居た。
雷帝の過去は、ほぼ全世界の人々が知っている。
蒼氷程英雄に対して敏感な反応を見せる人物なら、十中八九その過去を彼は知り得ているだろう。
それでも尚、全くと言って良い程態度を変えなかった彼に感動すら覚えた。
元々彼には英雄だと言う事は何故か初めからバレて居たのは分かっている。
最初から雷帝だと言う事も知られていたかは定かでは無いが、ある程度上の英雄だと言う評価を与えられて居た気はする。
学園への入学式の日、デュランが突然『ケヴィンには正体が知られているかもしれない……』と注意を促してきた時はまさかと思った。
手加減の下手なレオンが英雄である事を見抜くならまだしも、彼の前でこれと言った技術を使っていない自分の正体を知る事等有るはずがないと思っていた。
しかし、後で考えれば入学式の最中隣で直立したまま眠りこけるレオンを起こす為に、魔力隠蔽の技術を何種類も詰め込んだ雷魔法を彼にぶつけた事を思い出した。
流石にデュランにはその魔法を探知されてしまったのだが、あの時にケヴィンにも探知されていたと考えれば納得が行く。
英雄では無い人物にあれが看破されると言う状況は、自分の技術がまだまだ発展途上である事を痛感する事となったのだが、そもそも彼が『蒼氷の朱雀』である可能性が大いにある事をもっと深く考えるべきであった。
事実Bランク保持者のミリアルド殿下を打ち破った存在としてケヴィン・ベンティスカの名は世間に広まっているが、自分達英雄……それもここに集っている刀聖一派の面々達は、例の氷山を生み出している存在に着目していた事もあって、ケヴィンがミリアルド殿下に対して行った『氷漬け』と言う勝利の仕方で蒼氷では無いかと言う疑いを持っていた。
そして彼の実力の片鱗を見せつけられたのは、学園の授業で行ったレオンとの模擬戦の時だった。
レオンは異能力こそ使わなかったものの、身体能力に関しては自分が知る限り殆ど『本気』を出していた。
ケヴィンと戦っていく中で元々手加減が上手くない上に、負けず嫌いな彼の性格も相まって恐らく本人も気付いていない内に本気を出していた筈だ。
その証拠に、あの時彼はあまりにも模擬戦に集中し過ぎて、異能力である自然魔法を行使しようとした。
デュランが止めなければ大変な事になっていたかもしれないが、それでもそうしなければ勝負にならないとレオンが判断した結果起こった状況だった。
言い方を変えれば、あの時オールガイアランキング1位の紅蓮の翼は、蒼氷の朱雀に事実上の敗北を喫したと言う事になる。
視点を変更した際には、そのキャラによる過去の出来事の解釈を交えて進めていきます。