しかし最強は勝利する
「ちょっと理解が遅くねぇか? テメェの四肢を弾き飛ばしたのも、テメェが今激突した壁も、どっちも自然魔法だろ。都合良く二つの異能力を俺が持っていない限り、そんな現象は起こり得ないだろ」
まぁ異能力なんかじゃねぇがな、とケヴィンは続ける。
同じ異能力が存在しないと同時に、二つの異能力を持ち合わせる英雄も存在しない。
英雄に与えられる能力は必ず一つだけ。
ケヴィンが二つの異なる魔法を使っている時点で、自然魔法を扱う事が異能力によるものでは無い事が証明されているのだ。
「だったらもう一つの可能性っス……あんたが『エルフ』の英雄で、『身体強化魔法』の異能力を持っているって事が考えられるっス」
ま、そうなるわなとケヴィンは納得する。
それなら確かに辻褄が合うが、やはり魔人の認識からしても、ケヴィンが混血種だと言う答えにはたどり着かないらしい。
「あんたも俺と同じ様にワザとその能力を隠してたんっスね……人類側の新たな英雄……。はっきり言って驚異的っス。大分人類を舐めてたっス」
「ま、テメェと違って別に自然魔法なんざ使わなくてもテメェを倒す事は出来るけどな。て言うかさっきテメェが意気揚々と自慢してた『千里眼』の魔人はどうしたよ? そいつの能力が有れば俺の事が直ぐに分ったんじゃねぇのか?」
「……それは……言えないっス」
「テメェも散々俺に質問してきてんだ、それぐらい答えろよ。大方千里眼を持つ魔人は本当は居ないか、居たとしても千里眼を扱う為には一定の条件が必要って所か?」
「……どちらかが正解とだけ言っとくっス……」
恐らく後者だろうなとケヴィンは当たりを付ける。
実際に魔人側の情報収集能力は人類側を明らかに超えている。
接触の気配が今までなかったにも関わらず此方の情報をそこまで仕入れているとなれば、やはり条件付きだが此方の情報を見通せる何かしらの能力が有ると考える方が納得いく。
「……あんたの存在は確実に魔族側の脅威になるっス。ここは意地でも一旦引かせてもらうっスよ」
言いながら、魔人は転移魔法を発動する。
体が一瞬で発光し始め、瞬時に転移魔法が発動される……筈だった。
「させる訳ねぇけどな」
「なっ……」
ケヴィンがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、魔人を覆っていた光は雲散し、転移魔法が解除された様に見える。
魔人は唖然としながらケヴィンを見つめる。
「何をしたって顔だな? テメェが構築した魔法に干渉して、テメェの転移魔法を解除しただけだ」
「……あの僅かな時間で俺の魔力に干渉したんっスか……つくづく『化け物』っすね」
「魔人のテメェには言われたかねぇよ」
ケヴィンはさも当然の様に『解除しただけ』等と発言しているが、この技術は本来一般的に出来る技術では無い。
英雄なら出来る……とも言えない技術なのだ。
単純に、『人間』や『エルフ』では『出来ない』技術を、ケヴィンはたった今実現した。
この現象を起こす際に必要な手順が最低でも二つある。
例として、人間とエルフが体外へ魔力を放出する際に用いる手段は、似ている様で全く異なる方法である。
人間が体外へ魔力を放出する際には、身体への魔力循環を応用し、対象の『物』へ直接魔力を循環させる事で放出する事が出来る。
こうする事で、人間は己が装備する武器や防具にも魔法を循環させる事が出来、使用されている金属よりも遥かに高い硬度を保つ事が出来た。
逆に言えば物が存在しなければ体外への放出は出来ないとも言える。
エルフの場合は自然魔法を扱う際に、そもそも体外へと魔力を放出させる事が出来る為、特別何か別の手段で魔力の体外放出を行う事は無い。
だがエルフの場合で言ってもそれ以外の方法で魔力を放出する事は出来ない。
この体外へ放出した魔力を取り込む機能を魔法陣の設ける事によって、エルフでもギルド仕様のローブの防御力が上がったり、転移魔法陣の発動を可能にしたりしているのだ。
そして今回、ケヴィンが行使した他人が発動した魔法の妨害と言う行動。
魔人がこの件について驚くのも無理は無い。
他人の魔力に干渉すると言う事はつまり、自分の魔力を体外へと放出し、かつ他人の魔力へその魔力を『循環させる』事。
つまりこの行為はエルフの能力である自然魔法の応用で、体外へ己の魔力を放出。
その上で人間の能力である魔力付与を行使し、他人の魔力へそれを付与させる。
この二つの工程は当たり前に純粋種族には行使出来ない行為なのだ。
ケヴィンの言った『普通には出来ない』と言う言葉は、混血種である自分にしか出来ない技術だと言う事を、本人が認識しているから発せられた言葉である。
しかし実際には、同等の行為を『レオン』も扱う事が出来る。
この技術だけなら単純に体外への魔力放出と魔力付与が出来れば良いのだから、同じく身体強化魔法と自然魔法を扱えるレオンならば可能な技術だ。
本人が意識して出来るかどうかは別の問題だが。
魔人はケヴィンがどちらの能力を使えるのも、片方が『異能力』によるものと勘違いしている為に、魔力干渉については疑問を浮かべては居ない様子。
彼が驚いているのは、そのあまりにも展開の速い干渉速度の方だろう。
英雄クラスともなれば、魔法一つ一つの展開速度は凄まじい速さになる。
ましてや相手の魔人は、人類側の英雄よりも遥かに高い次元で魔法を行使している。
ケヴィンでさえ満足する程の魔力操作を目の前の魔人は行使している為、その速度はやはり驚異的な物なのだろう。
だがその一瞬の魔法展開の時間でさえ、ケヴィンには干渉出来る余裕がある。
転移魔法が発動出来ない限り、魔人は逃げられない。
先程まで行使していた風魔法でのブーストも、人間の足の早さには敵わない速度だろう。
そもそもそのブーストの展開さえケヴィンなら干渉して消滅させる事が出来る。
魔人はケヴィンに追い詰められてしまったと言う状況だ。
「それよりテメェは異能力を使わねぇのかよ? さっきの風の膜は流石に異能力じゃねぇだろ? だけどそれらしい技をテメェが使って居る所は見てねぇ。俺の経験上、異能力はどれも反則的な物が多いからな、テメェも使えば今の状況が多少楽になるんじゃねぇか?」
対して変わらねぇだろうがな、とケヴィンは強気に発言する。
「……俺の異能力はここで役に立つ物じゃないっス」
「そりゃご愁傷様だな。この状況を打破する力はテメェにはねェ訳だ」
「……」
悔しそうな表情を見せる魔人。
何か他に隠し玉を持っている様にはとても見えない。
彼を観察しているケヴィンの目にも、魔人が何か小細工して居る様にはとても見えなかった。
「言った通り、テメェはもう用無しだ。俺の情報を魔族側に伝えさせるってのも面白れぇが……それじゃフェアじゃねぇからな。これでも俺は人類側の味方なんでな、多少こっちを贔屓させてもらう」
実際、刀聖がほぼ一方的に魔人に負けた現実を見れば、現英雄はその殆どが魔人に敵わないものと見て良い。
人類最高峰の戦力が少なくとも魔人の中で五番手の実力者に敗北する。
相性の問題もあるだろうが、レオンやデュランの存在が有っても、魔人側のトップの実力者には恐らく手も足も出ないだろう。
実際に彼等と手合わせをしているケヴィンには、その現実が手に取る様に分かる。
目の前の魔人一人でさえ、今の人類には勝ち目が無いと。
人類側に加担する自分だからこそ、脅威となりえる目の前の魔人は取り逃がすつもりは今のところ無かった。
ケヴィンは、諦めた様な表情を浮かべる魔人の元へゆっくり近づくと、彼の胸倉を掴み持ち上げる。
宙吊り状態になる魔人だが、そうなっても彼は抵抗する素振りを見せない。
それをする事が無駄であると言う事を分かっているかの様に。