喫茶店にて
「というところで目が覚めるんだ」
私は、初めて夢を見た日のことを、つらつらと秋葉に語って聞かせた。
話しの途中、瞬きの回数が多かった秋葉だが、
冷えたグラスの水を飲み干してすっかり眠気は冷めたらしい。
「そんなにつまらない?私の話は?というか、秋葉が聞きたいって言ったよね?」
私は少し口を膨らませ、秋葉に聞いてみる。
彼はいやぁ、と半笑いした後、ぽりぽりと頭をかいた。
「つまらないっていうよりね。さくらの声ってなんか異様に眠くなるんだよなぁ。あの~、学生時代の国語の朗読CDみたいな感じ」
「そう?」
「そうそう。だから聞いてて心地よくてさ…。あ、でも大丈夫!ちゃんと内容は理解してたから!」
「で、その本が原因で夢を見始めたってことだよね?」
「うん。その日以降、毎日夢を見てたんだ。最初の2か月くらいはずっと岩に座って、絵の人魚よろしく、綺麗に足を閉じて座ってるだけだった」
「なんか、想像できるわ。さくら綺麗だしね」
秋葉の言葉はスルーすることにした。
彼の”綺麗”は、道端のシロツメクサに抱くきれいと同じほど軽いのだ。
「岩に座ってる間は動けなかったんだけど、そのうち動けるようになって、池の畔に行けるようになったんだ」
「畔…ねぇ。え、泳いでったの!?
あの水泳大嫌いなさくらが!?」
秋葉が大声で叫んだ。
カウンターの奥の暖簾からマスターがちらりと覗いてくる。
私は身振りで謝った。
「うるさいよ秋葉」
「ごめん…」
柄にもなくしおらしくなる秋葉。
私はやれやれ、と机の水を手に取った。
「何も泳いだわけじゃないよ。水の上を歩けたの。まぁ、夢だから、だとは思うけど」
「あ、そっか。これ夢の話か。なんかさくらが言うと現実味があるから忘れてた」
「内容的に現実味はないでしょ。
それで、最近、2か月くらい前かな。それまでは海にいたの」
「海?」
「そう。とっても暗い海。生き物が絶滅した後、みたいな酷い海だよ。
夢は池の畔で始まって、自分の影をぼんやり見ているうちに、そこについてるんだ」
私は一口水を飲む。
「で、私はそこで、女を待ってるの」
「女?え、誰?恋人とか?」
「そんな大層な人はいないよ。そうだね…ただ、分からない」
私はグラスを置いて、目を伏せた。
「分からない?」
「うん。誰か分からないんだ。
私は名前も見た目も分からないのに、女を待っていると、確信を持っているんだ」
目を閉じる。
夢を思い返してみる。
暗い海の砂浜。灰色に染まった砂の上で、私は濁った海を見ながら女を待っている。
絶対に来る、そんな確信はあるのに、女が誰だか、まるで分からない。
「それは…また変な夢だこと」
目を開けると、秋葉が頬杖をついて、首をかしげていた。
「でもさ。それがさくらの小説にインスパイアを与えてるんだから、編集的にはもっと夢を見てほしいんだけど…」
ちらり、と窺うような視線。
私は静かに首を振った。
「夢を…見なくなったんだよね…?」
躊躇った後、秋葉が言う。
「理由…分からないだよね?」
私はうんとも言えず口を閉ざした。
一年だ。
ほぼ一年毎日見ていた夢が、突然途切れた原因は。
それは。
「あ」
突如、脳内にある一つの手紙が浮かび上がる。
もしかしたら、それが。
原因、なのかもしれない。
「どうしたの?さくら」
心配そうに眉を顰める秋葉に、私は覚悟を決めて口を開いた。
「手紙が、来たんだ」




