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幸せな夢の中で  作者: 月影朔夜


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海と終わり


 「この海が濁ってる理由はね、姫にされた女の子たちの怨念なの」


 「怨念?」


 「そう。徳田の家がね、”今ならどんな夢だって叶えてあげよう”っていって女の子たちを攫ったの。

 その怨念が積もりに積もって池の下に、こんな濁った海をつくりだしてしまった。

 多分…今も誘拐されてる子はいっぱいいるだろうね」


 私は徳田の顔を思い出す。

 甘いルックスを持ち、加えて高身長。確かにあんな顔で夢を叶えてあげる、なんて言われたら逡巡する間もなく、はい、と頷いてしまうかもしれない。


 「それで、たくさん攫った女の子たちを順番に池に落としてきた。

  でも、女の子たちは池の管理者に選ばれず地獄に落ちて行ってしまうものがほとんどだった」


 「じ、地獄…?」

 この海の向こうは、地獄に繋がってるということなのか?

 美波をじっと見つめれば、彼女は困ったように頬を膨らます。


 「あれ?話してなかったっけ…?」


 「聞いてないよ?」

 首を捻ると、美波は、あはは、と笑いながら私に抱き着いてきた。


 「大丈夫だよ。さくらは私が守るから、絶対に。

  地獄になんか落とさない」


 美波は、海の向こうから暗闇を切り裂いている光を見ていた。

 その瞳には強い闘志のようなものが浮かんでいるように見えたのは、気のせいではないと思う。


 「地獄…か、じゃあ、やっぱりここは死後の世界なんだね」

 改めて思う。

 現実にはあり得ない景色。

 夢で謎の女に追われたこの場所は、やはり現実ではなかったのだろう。

 そもそも、さくらがここにいる時点で、あの世だと気付くべきだった。


 「それはちょっと違うかも」

 美波が緩く頭を振る。

 「どういうこと?」

 私が聞き返せば、美波はこの海の正体を語りだした。


 「言ったよね。ここは本来存在しちゃいけない場所だって。

  本来は地獄と現実の世界を結んでいたのはあの池だったの。

  そこには、管理者がいて、境目をずっと守ってきていた。

  でもね、管理者に選ばれるには誰よりも”血”が大切だったの。徳田はそれに気づいてなかったみたい。女の子たちを池に投げて、願いを叶えてあげるために、池に次から次へと不純物を投げ入れた」


 「その、池に投げ入れた願いって言うのは一体…?」


 美波が指を折って目を回す。

 「そうだね…私の4人前に投げ入れられた女の子は、ずっとアイドルになりたかったんだって。

  だから、徳田はそれを叶えるためにCDとマイク、後は衣装なんかを投げ込んだの。

  女の子はね、徳田のこと、多分プロデューサーか何かと勘違いしちゃったみたいで」


 「そんな…」

 だから、自分には編集者として近づいてきたのだろうか?

 自分には担当者がいなかったから。


 「でも、女の子は管理者になれるわけもなくて、地獄に落ちちゃった。

  みて」

 美波が遠くの海を指さした。

 目を凝らしてみると、海に小さな丸い物体が浮かんでいる。


 「あれは、徳田が投げ入れた不純物」


 「正確に言うとね、私がこの海に投げ入れたの」


 「美波が?」


 「そう。」

  

 「池は美しないといけない。そうしないと、先代の呪いを跳ね返せないんだって。

  私が思うにね、池は鏡みたいなものなんだよ。

 あの世からは、地獄が映って、この世からは現実と思えないほど美しい池が広がっている。

 だから、私は池を汚さないように、放り込まれた不純物を海に捨てちゃった」


 「でも、そんなことして、バチは当たらないの?」

 私の疑問に、美波は大きく首を振った。


 「これはあの世とこの世の間、そのさらに隙間に降り積もった怨嗟の海なの。

  だから、何をしようとも変わらないんだ」


 「怨嗟…じゃあ、ここはあの世でもこの世でもないんだ」


 「うん。でも、ここは限りなくこの世に近い世界ではあるの。

  だから、私はさくらを現実に返すことができる」


 「え…?」

 聞き間違いかと思い、美波に顔を向ける。


 「ちょっときつい旅になるかもしれないけど、さくらは死んでないよ。現実に戻ることができる」


 「現実に…」

 声に出して、想像する。

 家、本、大事なもの。

 そこに本当に欲しかったもの。


 「……美波は?」

 波の音ばかりが響く。

 遠くの光は少しづつ闇を割いて近づいてきていた。

 暫くの沈黙の後、美波が首を振った。


 「私は…もう姫だから帰れない。

  この海を壊したあとは池に戻るだけだよ」


 「そっか…」

 自分が本当に欲しかったもの。

 それはきっと。


 「美波」

 私は抱き着いていた美波の体を起こした。


 「どうしたの?」


 「私はこのままでいい」

 美波の手を握る。

 彼女は驚いて目を見開いた。


 「だ、だめだよそんなの!!!」


 「ううん。いいの。

  私はここでいい。このままでいい」

 大きく息を吸う。

 ずっと、胸の内に引っかかっていた。

 どうしても、昔からこの言葉を伝えたかったはずなんだ。

 なのに、臆病者の私は、中学を出る前に伝えられなかった。

 こんな形で伝えるなんて不本意ではあるけれど。


 「美波。私は、美波が好きなの

  だから、ずっと、私と一緒にいてほしい」


 美波の瞳から、一つの落涙が見えた。

 それは汚れた砂浜に落ちると、ぱっと白く消えてる。


 「さく…ら」

 かすれた声と共に、私は目の前のただ一人の想い人を、思い切り抱きしめた。

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