表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せな夢の中で  作者: 月影朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/14

夢の中

 私が夢を見始めた、一年前のこと。

 人生というものに辟易し、自堕落になっていた私は、何とかして人間らしい生活を送ろうと思い立ち、始めたバイトは、一か月と持たず、ならばせめてと家事に手をつけたけれど、母親には

 

 「出来損ないは顔を見せるな」


 と怒られ、家の隅で毎日布団を被る生活を送っていた。


 快晴を体現するほどの、眩しい青が空を覆いしている春の日。 

その日は珍しく母親の機嫌がよく、私は古本屋に連れて行ってもらえた。

 そこで一冊、私は新しい本を手に入れることになった。


 タイトルは名付けて『池』。

 

 古本屋でそれを見かけたとき、これが私の運命の本だとすぐに分かった。

 タイトルが見えないほど丁重に包装され、おまけに小さな箱に入れられている。どれほど貴重なものなのだろうか。


だが、最初に手に取ったとき、私がこの本に抱いたのは嫌悪感だった。


 ”冷たかった”のだ。


 本が持つ温度ではない。腹の底から冷えるほどの冷気があった。

 こんなもの、誰が買うのだ、と怒りのままに棚に戻して、店内を一周してみる。

 欲しい本はいくつかあったが、全て買ってもらうには高すぎる。

 仕方なく、最初にあの冷めた本があった棚に戻ってきた。


 何度手に取ってもそれは冷たい。

 だが、読みたい。

 どんな文学だろうか。私は冷たさを忘れ買ってみることにした。


 レジに本を持っていくと店員が不思議そうな顔で本を見つめた。


 「どうかしましたか?」

 と私が聞けば、店員は


 「この本…うちの物じゃないかもしれません」

 と真剣な顔でいった。


 店員曰く、別の店で買い取った品が混ざったのではないか、とのことだった。


 30分ほど経った頃だろう。

 私の元に店員がやってきた。例の本を手に持って。


 「ここいらの店に電話をかけたんですがね。どこもこんな本は知らないって言うんです」


 「知らない?それは、つまり…どこも買い取っていないということですか?」


 「いや、それが少し違うんですよ。まぁ、とにかくこの本差し上げますから」


 店員は半ば強引に私に例の本を押し付けてきた。

 野菜を配りにきた近所の主婦に近いが、どこか嫌々回覧板を私に来たお隣さんに近い。


 私は、ただで本が貰えた、と浮きだった足で母親のいるであろう八百屋へと向かった。


 「お金は?」


 母親に本を見せた時の第一声だった。

 私は無料で貰ったことを伝えると、鬼が憑いたかのように母親の眉が釣りあがる。

 

 「本当に、貰えたんだ。盗んでないよ」


 慌てて弁明するも、母親は不機嫌になって、私を置いて一人で帰ってしまった。



 母親と鉢合わせないよう、時間をおいて家の裏口から部屋に戻った。

 飛び出そうな心臓を抑えて、手を洗いに行こうと洗面所に向かえば、道すがらにある玄関に目が留まる。母親の靴は無かった。だが、野菜の入った袋が玄関にある。

 どうも、一度帰ってきて再び出掛けたようだ。


 私は安心して手を洗い、茶を入れた。

 母親が怒るので、冷蔵庫の奥に眠っているいつのかわからない古いものを使った。


 部屋に戻って、扉を閉めると机に茶を置き、その横に買ってきた古本を置いた。

 一口飲んでから、古本に手を伸ばす。


 ”騙された”


 私はすぐに店員の顔を思い浮かべる。頭の中の店員が半笑いで、煙たがるように自分を見ている。

 半ば強引に押し付けられた理由が分かった。


 この本はタイトルがない。あらすじもない。作者名もない。

 どこの誰のかわからない、詠み人知らずの作品。

 

 店員は私に、盗品を押し付けたのだ。


 どこの店もこの本を知らなかったのは、誰かの家で盗まれ、この本を古本屋の棚に紛れ込ましたからに違いない。


 タイトルも、作者もあらすじもないのは、自己満足のために作られた手記、または日記、伝記に違いないからだ。


 腹立たしい。

 せっかく、母親と出かけられたというのに。


 私は、怒りのままに古本屋へ戻ろうとしたが、ふいに玄関で立ち止まる。

 

 このまま、本を返すには少し惜しいのではないか、と。


 それに、よく考えれば私に非はない。

 本を買おうと、レジに並ぶ。店員が持って帰ってくれといった。

 私はそれに従ったまでだ。


 つまり、盗品だと気付いて返しに行くには読んでからでも遅くはない。



 茶を飲み切った後、机の上には傷をつけないようタオルを敷いて、その上に包装紙と箱を置いておく。   私は布団の中に潜り込み、本を開いた。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
色々と気になる本ですね。 この本が夢にも関係あるのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ