徳田・徳田の家とは
車を走らせること約2時間。
香山のあるN県と県境の境目である池目という地区に徳田の本家はあった。
車を家の前につける。
サイドブレーキをひいて、ギアをバックに入れる。
車から降りると、玄関に5人ほどの女中がたっているのに気が付いた。
「お帰りなさいませ。当主様」
恭しく頭を下げては、きっかり、90度に腰を折る。
抱えの使用人だ。
彼女たちは夢追池の話は知っているがその具体的なことまでは把握させていない。
「あぁ」
軽く返事をしながら女中たちを通り過ぎ、会議室として使用している広間へ向かった。
襖を開ければ、中には水野が座って待っている。
「あ、お帰りなさいませ!颯様」
顔を輝かせたかと思うと、頭を下げる。
丸眼鏡をかけた、おどおどとした好青年だが、その実、筆記が早い。
「あぁ。顔を上げてくれ」
「はい」
机の上には、茶菓子とポット。入れたばかりであろうお茶が用意されていた。
細かい気配りは水野の得意とすることろではない。
恐らく寒之助が用意したのだろう。
「水野」
「はい」
「悪かったな。美波のことを伝えそびえてしまって」
颯が頭を下げるなんて思わなかったのだろう。
足を踏まれた蛙のように、大きく飛び跳ねた水野は、「い、いえいえいえいえい!!」としどろもどろになりながら、頭を振った。
「颯様が謝ることではありません!!どうか、頭を上げてください」
「…あぁ」
改めて、水野に向かいあう。
秋葉、自分、水野とでチームを組んだとき、我々は一蓮托生だと誓った仲だ。
なのに、彼に伝えそびれた事実がある、というのは完全にこちらの落ち度である。
「それで、どこから聞きたい?なんでも聞いてくれて構わないよ」
「では…僭越ながら、美波様についてお聞きしたいです。後は…泉家とはなんなのか…
夢追池の正体がなんなのか…」
「そうだな。それじゃあ一つづ話していこう。あぁ、っとその前に、水野は伝記を読んだことあるか?」
「伝記ですか?記録したことはありますが…」
水野は暫く考え込むように首を捻っていたが、やがてないです、と横に振った。
「分かった。じゃあ、あとで現物を見せてやろう。
今は手元にないから、後でな」
確か、春宮櫻の家に置きっぱなしのはずだ。
後で秋葉にとってきてもらおう。
「伝記に書かれた夢追池。あれはそもそも、ただの池だったんだよ。
でも、主人を殺した女がもう一度主人と幸せに暮らしたい、と強くそう願って池に身投げした
それが…実際に起きてしまった」
「起きてしまった…?というのは?」
「池は、地獄と繋がっていたんだ」
「地獄!?」
目を広げる水野。両手で腕を摩りながら、震えている。
「そんなに驚くようなことでもないだろ」
「す、すみません…」
「まぁいいや。で、女は地獄から主人を連れ出して池の中で幸せに暮らすことにした。
でも、それがいけなかったんだ」
「いけなかった…?地獄から主人を連れ出してしまったから…?」
「察しがいいな。その通りだ。
地獄の大王は亡者を連れ出した女を激しく叱咤した」
お茶を一口。
熱すぎる。だが、喉の奥で風味が香っている。
つい、たまらずお茶菓子を口に放り込んだ。
甘い砂糖が口の中を満たしていくと、喉の疲労など吹き飛んだ。
「あ、あの…颯様…。
そのお言葉なのですが…女は主人を殺しているのですよね?」
「あぁ。そうだ」
「なら、どうして女は地獄に落ちなかったのですか?」
もっともな疑問だ。
「それが、女はそもそも人間じゃなかったんだよ。
女の正体は、あの世とこの世の狭間に住まう精霊だったらしい」
「精霊…ですか」
「あぁ。それが何かの拍子で記憶を失くしてこの世に迷い込み、
人間に恋をし、元の世界に帰った。
だから、地獄の大王も対処出来なかったんだよ」
「そんなことが…あったんですね」
「あぁ。だが、女は罪を背負った。
だからある呪いにかけられた。」
「呪い…?それが今の夢追池と繋がるんですか?」
「あぁ。女は池から二度と外に出ることが出来なくなったんだ。
元々、狭間の世界を悠々自適に動くことができたのに、池の中央の岩に縛り付けられ、どこにも行けなくなった。」
「そんな…なんかこう聞くと可哀そうですね」
「だろ。でも、救済はあったんだ。それが罪びとと共に地獄に落ちること。
罪を犯した人物は必ず狭間を通って地獄に行くからな。
その時に、抱き着いて一緒に地獄に落ちれば女は解放される」
「なるほど…」
「最初の女もその方法で、主人と一緒に地獄に落ちたんだ
でも」
と言ったところで、襖越しに、颯様と自分を呼ぶ声がした。
「どうした?」
奥から女中の声が聞こえてくる。
「それが…秋葉様より…お電話です」
「?わかったすぐに行く」
水野を見ると、頷いていた。
行ってこいということだろう。
私は部屋を出て電話に向かった。




