徳田家・徳田颯という男
水に浮かぶ泡を見ていた。
最初は大きいものがいくつも湧いてきていたが、次第に小さな気泡へと変わり十分もすれば完全に池は沈黙した。
颯は池の底をのぞき込む。
地獄の底まで続いているんじゃないかと錯覚するほど深く透明な底に、影があった。
ゆらゆら揺れてじっと水の底から颯を覗き込んでいる。
お互いに見つめ合っていればそれは、川の揺らぎに溶けるように姿を消した。
「…もういいかな」
スマホを取り出し、電話をかける。
丁度4コール。
「徳田です。」
電話口からぶっきらぼうな男の声がした。
徳田家の養子に入った、分家の寒之助だろう。
別に、ホテルマンのような態度を求めているわけではないが、
もう少し愛想よくできないものか。
「颯だ。記録者に報告を」
「かしこまりました。只今、水野を呼んでまいります」
電話から、廊下を走る音が聞こえる。
どうも玄関の電話を取ったらしい。
暫く待っていると今度は若い男が電話に出た。
「お待たせしてしまって申し訳ございません。颯様」
焦ったように、声が上擦っている。
どうせ、怒られるとでも思っているのだろう。
「別に怒ってないんだから気楽にしてくれ。
で、記録を頼みたい」
「か、かしこまりました!」
「はるみや…いや、宮坂桜を池に落としてきた。
そのまま”向こうの世界”に落ちたのまで確認できた。」
電話の向こうで、ペンを走らせる音がする。
颯は落ち着くタイミングを測りながら話をつづけた。
「池の拒絶反応も無し。
恐らく、これで今回の姫はこれで満足してくれるだろう」
「姫……確か…今…126代目の姫は、泉家の美波様ですよね…?」
恐る恐る水野が聞いた。
「あぁ。そうだ。」
「泉家といえば…羞花閉月で有名なお嬢様がいらっしゃたと聞きますが…
もしかして、そのお嬢様こそが美波様ですか?」
「知らなかったのか?」
「え、あぁ…はい…」
そういえば。
はた、と颯は思い出す。
今季の姫の案内人として、チームを組んだ際、水野だけは風邪で会合を欠席していた。
「仕方ない。今から本家に帰って説明するから」
愕然とした水野の声が聞こえてきた。
「え、本家に…?よろしいのですか?
池からあまり離れるのはよろしくないのでは…?」
「分かってる。だから今から秋葉を呼ぶ」
「あ、秋葉様ですか…!?」
「なんだ。何か気になることでもあるのか?」
「それが…」
歯切れの悪い水野。
颯はすぐに、秋葉の悪い癖を思い出した。
「確認するが、秋葉は家にいないな」
「はい…つい、15分ほど前でしょうか…
散歩行ってくる~とお出かけになってしまいまして…」
「あのっバカ…!!!」
思わず頭を抱える。
役目を終えたあと、暫く姿を隠すように指示していたというのに。
「申し訳ありません颯様…!!我々も止めたのですが…!!」
電話越しでもわかる泣きそうな声に、颯はいや、気にするなと慰めてから電話を切った。
すぐさま、秋葉の携帯に電話をかける。
一度目。
繋がらない。
二度目。
繋がらない。
三度目。
繋がらない。
四度目。
ブツッ。
電話の切れる音がした。
「ったく…あのバカは!!」
車のドアを乱暴に占める。
急いでクラッチを踏み込み、入違ったサードのまま乱暴に発進した。
香山は、複雑な道も多く、慣れていなければ間違いなく遭難する山だろう。
だが、人生のほとんどを山の管理に費やしてきた颯にとって県道に降りることなど朝飯前だった。
そのまま近くのコンビニによる。
ボックスを開け公衆電話から秋葉に電話をかけた。
「は~い。徳田秋葉です~。どちら様ですか~?」
気の抜けたふざけた声が聞こえてくる。
「おい、このバカ!!何で電話に出ないんだ!!」
「うげぇ……。颯じゃん。じゃ、俺切るね」
「待て!!待てこのバカ兄貴!!」
電話口で怒鳴るわけにもいかないが、どうにも怒りは収まらない。
昔からそうだ。
この三個上のバカ兄貴はメンドクサイ~と案内人の役目をほっぽりだし、家から勘当されたにも関わらず、ずかずかと土足で家に上がり込んでくる無神経さ。
なのに、両親が役目を終えてからは当主候補に真っ先に名があがるくらい優秀なのだ。
なにより、いざとなったら頼れる男でもある。
「何よぉ。そんなに怒鳴ったりして。
俺の仕事は終わったじゃん?
ちゃんと幻影としていい仕事したっしょ」
「それは…そうだが…
俺は今から本家にもどって水野に足りない説明をしないといけないんだ。
だから、池の近くに誰かいないといけないが…」
「あぁ。なるほど。そういうことね。
しっかたないなぁ。俺が池を見張っておけばいいわけね?」
「頼む」
「はいはい。じゃ、切るな」
今度こそ電話は切れた。
夢追池。
こんな奇妙奇天烈なものが無ければ、自分も兄さんも…もっと平穏な生活が出来ていたのだろうか。
いやいや。
背負った宿命に目を背けるなどあり得ない。
コンビニで適当に茶菓子と水を買い込むと、車はゆっくりと走り出した。




