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幸せな夢の中で  作者: 月影朔夜


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14/18

池の中


 徳田の運転する車は、交通量の多い県道を離れ、次第に山道へと入っていった。


 「どこに連れてってくれるの?」

 私は運転している徳田に聞いた。


 彼は、まっすぐ前を見つめたまま、

 「それはついてからのお楽しみですよ~」と軽く流す。


 この問答ももう五回目だった。

 なんど聞こうと、彼は目的地を教えてくれない。


 

 三回目のときには、ムカついて車から降りてやろうかとも思ったが、怪我をするのは間違いなく私だ。

 大人なので、辞めておいた。

 大人なので。



 車は手入れのされた登山道から、次第に倒木が増え人が通った跡のない山道へと進み始めた。


 私はなんだか不安になり、少し強めに聞いてみた。

 「ねぇ、本当にこっちであってるの?」


 「はい。あってますよ。

 もう少しで付きますから。お待ちくださいね」


 「そう?」

 

 これ以上は答えてくれなさそうだ。

 しかたなく、揺れる車内から外の景色を眺めた。


 緑溢れる木々の合間に、白い太陽の光が落ちている。

 長年自然に生まれた木々は不自然に曲がり、猫のように丸まったものや、どこまでも太陽に向かって伸びる、向日葵のような木もある。

 茶色く伸びたツタの先には黒い木の実がついていた。

 名前は知らないが、クロモジとかそんなあたりだろう。


 険しい山道を車はぐんぐんと進んでいった。

 一時間も乗っていただろうか。

 車は偶然にも開けた場所に乗り付けた。


 「少し歩きますが、平気ですか?」

 

 「どれくらい?」


 「五分ほどです」


 「分かった」


 車を降りると、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 胸の内に広がっていた黒い蟠りが、息と共に吐きだされてゆく。


 「先生、こちらです」

 徳田が、手を向けた方へ目を向ける。

 

 それは、人ひとりも通れないような獣道だった。


 「本当にこの先にいいものがあるの?」


 「えぇ。もちろんです。絶対に先生は気に入ってくださいますよ」

 彼は、今までに見たことがないほど、明るい笑顔を浮かべた。


 

 獣道は想像通り、酷いものだった。

 足の踏み場は無いし蔦はやたらめったら靴に引っかかる。

 なにより、棘のある植物がしきりに顔にささった。

 休憩にと、手をついた木に棘が生えていた、なんてこともあった。


 体感一時間のいばらの道を切り進み、ようやく目的地が見えてきた。


 「これ……は」

 声に出ていたかは分からない。

 喉の渇きだけではないひりつきが、喉の奥を絞めつけている。


 「どうですか、先生。気に入っていただけましたか?」


 まだ、意味を理解できない私は、縋るように徳田へ眼を向けた。


 「これ、どういうこと!?」


 「なんで……!!」


 「なんで、夢の中の池が!!!!」


 眼前に広がっていたのは、私がよく夢に見ていた”池”だった。


 近づかなくてもわかるほど、太陽の光を反射し水面が鏡のように光っている。

 池の中央には、夢で何度も座っていた”岩”があった。


 私は、徳田の襟元を掴もうと手を伸ばす。

 だが、

 「危ないですよ。先生」

 その手はいとも簡単に徳田に止められた。


 「どういうことか、説明して!!」


 振り払おうと力をこめるが、体格差もあってびくともしない。


 「先生。どうして、気づかなかったんです?」


 「は?」


 「僕、何度も名乗ってますよ。徳田だって」


 「それがどうかし…っ…あ…」


 「思い出していただけました?」


 どうして忘れていたのだろう。

 あの本に全て書いてあったではないか。


 夢追池。

 徳田家が管理していた多くの女の骨が埋まっている伝説の池。


 「で、でも!!あの池は台風で壊滅したって!!」


 「あー、それは嘘ですよ。

  本に書いてあったこと半分が創作なんです。

  先生も薄々気づいていたんじゃないですか?」


 「それ…は…」

 創作の匂いが強くて、読むのをやめていたのは確かだ。

 バカみたいな伝承だと、鼻で笑ったことも覚えている。


 だが、読者からありがたいことに、リアリテイのある小説だとお声を頂くことが多かった。

 自分自身、あれは正真正銘の夢ではなく、昔体験した”夢”を思い出しているだけに過ぎない、と思うこともあった。


 「だいたいですね。先生はね。遅すぎたんです。

 本を手に入れてから一年間あったんですよ??

 なのに、全然落ちてくれないんですから」


 徳田の態度ががらりと変わり、呆れたように、何度も首を振った。

 固まっていた口がようやく開く。

 私は、掠れる声でやっと言葉を作り出せた。


 「……あんたは…何を知ってるの?」


 「僕…?あぁ、では、改めて自己紹介しましょうか」

 

 「初めまして。僕の名前は徳田颯。

  夢追池代25代目当主で、この度姫に選ばれた”泉美波”様の案内人です」


 「みなみ…の…?」


 意味が分からない。

 状況を理解しようと必死に頭を回していれば、掴まれていた右手に強い圧を感じた。


 「それでは、春宮櫻様。いえ、宮坂桜様。

  姫の想い人であるあなたを、ご案内させていただきます。」


 「は?え、あ、ちょっと…!!」

 

 徳田がすさまじい力で歩き出す。

 私は抵抗したが、綱引きのようにずるずると引きずられてしまった。


 池の畔が、もうそこにある。


 「離してよ!!!!」


 「それでは、いってらっしゃいませ」

 


 ふわり。


 一瞬の浮遊感。


 次には、私は青い空を見ながら、肺が凍るような冷たい水の中に落ちていた。

 





 

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