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5. 現行犯逮捕

「アンナ、立てる?」


 私たちの絶叫がなくなったせいで辺りがやけに静かに感じる空間。

 無論、アンナは立てるはずだが、私は手を差し伸べて立たせてやる。

 それは気遣いとかじゃなく、アンナは今の状況を不服に思っているだろうなあと察したからだ。小さな子をなだめるために寄り添うようなものだ。


「ガートルード様……。わたくし、まだ不完全燃焼です……!」

「あなたね、もうちょっと自重しなさいよ。あなたのことを蹴ってたオリビアって侍女も『うわぁ……』って顔してたわよ。ほら――」


 私はさっきまでオリビアがいたはずの場所を目線で示した――が、もうそこにオリビアはいなかった。


「……って、あの女の子もいないじゃない。なによ、せっかく助けてあげたのに」

「確か庶民と言っていましたね。それにしては違和感がありましたが」

「あら、そうだった?」

「はい。だって、オリビアさんの蹴りがとんでもなく素晴らしかったので……。あんな鋭い蹴りができる侍女、庶民が雇えるわけがありません!」

「はいはい……。侍女じゃなくて幼馴染って言ってたでしょ。だからお金で雇ってるわけじゃないんでしょうね。蹴りがすごかったのは、あの人もきっと、あなたみたいに武術を学んでるのね。お世話する侍女より本当のボディーガードみたいだったわ」


 もしあの女の子とオリビアが本当の庶民じゃなかったら――ターシャ側についてる人ね、多分。

 もしかしたら弱者を人質にした一芝居を打てば私が動けなくなると見込んだのかも……。お金をあげてるのか、それとも権力で従わせてるのかわからないけど、あいつはやけに取り巻きが多くて嫌になるわ。

 まあ、どうあれ真実はあの女の子にもう一度会わないとわからないか。


「ところでガートルード様、哀れみ1割軽蔑9割の表情で私を罵倒する準備は整いましたでしょうか」

「はぁ!? あれまだ続いてたの?」

「もちろんです。わたくしはガートルード様でないと満足できませんので。それを邪魔されてしまって現在に至るわけですから、当然邪魔がなくなれば続きをするべきです」

「ま、まあ……。守ってくれたんだし、一回だけならご褒美でやってあげてもいっか……」


 アンナがMとはいえ、オリビアから守ってくれたのは事実。少しくらい言うことを聞いてあげてもいいだろう。

 私たちの絶叫のせいで集まった人たちは、周りが静かになってから何事もなかったかのように去っていった。この周辺はもうすっかり私たちだけの空間だ。


「人が来ないように、声は小さめでやるわよ。いい?」

「はい! 感情的な怒りよりも、冷たく静かに罵倒されたほうがこちらも燃えるので!」

「じゃあ、僭越ながら――」


 私はパン、とアンナの顔を叩いた。

 もちろん思いっきり平手打ちなんてしてない。本人には悪いけどソフトタッチで、でも音はそれなりに鳴るように叩いた。空砲みたいなものだ。雰囲気づくりのための演出みたいな。

 長くアンナの趣味に付き合わされたものだから、私の叩く技術はそれなりにいいものだと思う。今の空砲ビンタみたいにね。

 アンナはビンタをもらってその場に倒れこんだ。強く叩いてないから、これもアンナの演技だ。そもそもキックをもらってもびくともしなかった人が素人のビンタでダウンするわけがない。というか、すっごい笑顔だし。そんなにこにこして倒れる人、絶対アンナ以外にいない。


「あんたには失望したわ。本当に使えない……。ペットに巣食うノミ以下ね」


 久しぶりに渾身の罵倒が決まった気がする。これはアンナが恐ろしいポイントのひとつなんだけど、この子は私からの罵倒を記憶しているみたいで、一度使った言い回しをすると満足してくれないことが多い。自分でも今までどう罵倒したかなんて覚えてないから、とっさに出た言葉が同じだった場合「それ、前にも言われました」なんて言われてびっくりする。普通に怖い。

 でも今回は――明らかに今まで言ったことがないはず。だってうち、ペット飼ってないし。でも例えだからいいでしょう。


「ペットじゃなく主人に寄生して……害虫とまったく変わらない生き方ができてさぞ満足でしょうね。汚らわしい。この恥知らず――」

「あいつ! あの女が暴力を振るってたのよ!」


 ぎょっとした。

 私に指をさし、鬼気迫る顔で叫んだのは――さっき逃げたはずのターシャだったのだ。

 ターシャは学校の講師や取り巻きとは関係のない生徒たち――つまり私とターシャに対して中立であるはずのお嬢様たち――を連れてきて、私に向かって悲痛に叫び続ける。


「見て! 自分の侍女にまで暴力を……! 私の親友エミリーも、あの女に叩かれたの!」

「ちょ、ちょっと、ターシャ! これは一体どういう――」

「ほら、みんな、エミリーの頬を見て! こんなに腫れて……。顔を傷つけるなんて、あんまりよね」


 エミリーと呼ばれる女性に見覚えはなかった。エミリーは本当に頬が腫れてるけど完全な自作自演だ。ターシャの仲間か、ターシャに無理やりぶたれたのか……。


「しかもほら、現行犯よ! 大切な侍女を地べたに這いつくばらせて罵倒し、自分の鬱憤を晴らそうとしているの!」

「こ、これはそうじゃなくて……」


 ターシャは声が大きい。というのも、これは声量的な意味ではなくて、よく舌が回るということだ。だからこうして自作自演の悪事をなすりつけられたらとても厄介だった。それでも私が悪事を働いた確実な証拠はないだろうし、私にだって権力がある。ターシャの嘘ひとつで人生が壊される心配はないはずだった。

 けど、このタイミングはまずい……!

 誰も私の暴力や罵倒が演技だと知ってる人はいない。しかも、アンナの裏の顔がバレたらそれはそれでドベスバルク家のイメージが……。


「そう、転んじゃったのよ! アンナったら、ドジね、あはは……」

「はい! わたくしは転びました! ドジでダメで惨めな女なんです!」

「え、ちょ、アンナ!?」

「あぁぁぁぁぁ! 申し訳ありません! わたくしがこんなにも生きるのに向いていない存在で――歩くことすらまともにできずに転ぶだなんて! わたくし、この脚を捧げてお詫びします! どうかお好きに痛めつけてください!」

「アンナぁぁぁ!?」


 このままじゃ私が本当に暴力女みたいにされちゃうじゃない!

 何! なんで! アンナ、もしかして私のこと嫌い!?


「アンナ、そ、そんなに自分を責めないで……。転ぶことくらい誰にだって――」

「いいえ! わたくしは転んだのではありません! そう、もとからこうするべき人間だったのです! 直立二足歩行もできぬ赤ん坊のまま、何ひとつ成長せずここまで来たのです! あああああ、憎いぃぃ! 自分が憎いぃぃぃぃぃい! あろうことかガートルード様のご評判を揺るがしかねない事態にまでなるなんて!」


 あなたが評判を悪くしてるんだってば――!


「……と、ガートルード様、普通の侍女はこんな感じでよろしかったでしょうか?」


 アンナは小声で私に確認した……けど全然違うに決まってるでしょ!

 この箱入り侍女! でもごめんね、私の無茶のせいだもんね!

 けどこの際だから『主人は侍女に向かって常日頃から無理な命令はしないし、侍女は忠誠心から自分の存在をこけにしたりしない』って覚えていってね! あなたの一般的な侍女像、間違ってるから!


「ミス・ガートルード。話があります。ついてくるように」


 険しい顔の女性――確か舞踏場で見たことのある人だ。私はその人に言われ、従うしかなかった。

 ターシャのにやりと笑う顔に今ほど怒りを覚えたことはない。

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