11. その日まで
「つまりガートルード様の悪評なんて世間には広まっていないし、全てはアトラス様と私による演出だったわけです」
あれから三日後。ターシャは退学、取り巻きたちは逆らえなかったとかいろいろ事情があったらしく停学処分で済んでいる。私としても今後邪魔がないのならばなんでもいいし、その決定に異論はなかった。
今はユスティナに誘われて、彼女の部屋で話している最中だ。オリビアによる今回のネタバラシも進行中。
「ちょっと待って。まず、ターシャはオリビアがいることを知らなかったわけ?」
「ええ。私は普段表に出ないので、そもそも私がクリンプトン家の使いであることを知っているほうが稀かと」
「でもあいつ、ハーリフォードを卒業したら結婚できるって条件を提案したのは自分だって……」
「みたいですね。お茶会か手紙か、何かわかりませんけど接触があったらしいです」
「で、その提案は受け入れられたんだ」
「花嫁候補を選ぶのって相対的な評価ですから。ハーリフォード以上の学校はないし、ここを卒業した相手なら恋愛結婚でもいいかということで」
でもクリンプトン家の人間が直々に潜入して、侍女の素行も含めて評価するなんてのは後から付け足されたものだったそうな。だから当然、ターシャもその存在を知らずに悪いことをし続けたと。
「最初の妨害は確かダンスだったっけ。アンナが足を踏まれちゃったやつ」
「実はその前からターシャ氏はユスティナお嬢様をいじめ、友達料などと言って強引に私をせしめていました」
「だからターシャとダンスのペアを組んでいたのがあなただったのね」
「本当はガートルード様と接触しないよう過ごすつもりだったのですが、ユスティナお嬢様を傷つけるわけにもいかなくて……。ユスティナお嬢様は孤児でクリンプトンの関係者ではありません。私が潜入するために学校に付き添っていただいているだけの部外者ですから」
ユスティナはクリンプトン家の人じゃなくて本当に庶民のようだ。というか、どこの生まれかわからない。
身寄りがいなくて、橋の下で拾われたとか。そのまま孤児を保護する施設に引き取られ、養子として受け入れてくれる人を探していたみたいだけど、ユスティナは学校に行きたがった。そんな中、今回の潜入が実行されるということで、どうせだからとクリンプトン家が進学させてあげたとか。
「オリビアさんのおかげで字も書けるようになったし、おいしいご飯も食べれるんだからどうってことないよ! それで、いつか立派なお嫁さんになって、それで――」
「そういうことです。私はお嬢様第一で動きたかったので、早々に接触することとなってしまいましたね」
オリビアがユスティナの頭を撫でるとユスティナは静かになった。
こうしてみると、まるで二人は本当の姉妹みたいだ。
「そこから定期的にお嬢様が危険な目に遭ってしまう事態となったので、そのたびに私がターシャ氏の言いなりになっていました。面倒だったのでどうにかして排除したいと考えていた時に、二回目の接触がありましたね」
「私がユスティナちゃんを助けようとした時よね」
「はい。実はターシャ氏に命令された際、蹴るフリでどうにかならないかと思って寸止めするはずだったのですが……。アンナさん、ケガしませんでした?」
「わたくしはなんとも……! すごく気持ちいい――くらい見事な蹴りのフォームでした!」
オリビアは最初から私たちを傷つけるつもりなんてなかったみたいだ。でもアンナが自分から当たりにいっちゃったから……。とはいえそれもアンナ的には傷ついたなんて自覚はないだろうけど。実際、大事にもならかったわけだし。
「その後、ターシャのでっちあげで私は軟禁生活になって……。その時にはもうユスティナちゃんとオリビアはいなかったわよね」
「会話をするべきではないと判断しました。なるべく接触したくなかったので」
「まあいいんだけどね。そっちもそっちの立場があったんだし」
私は軟禁生活の間、誰とも関わることはなかったんだけど、確かそこでアトラス様から手紙が届いたんだった。手紙には私の噂が広まってるってあったけど……。
「それなんですが……ガートルード様がお部屋にいる間にターシャ氏が何通もの手紙を書こうと企てていたんです。ありもしない悪事を外部に流して社会的に追い詰めようと。そこで、私はまだこき使われてる立場でしたから、雑用のひとつとして私に書いた手紙の差し出しをさせてくれと志願したんです」
「じゃあ、みんなが書いた手紙をオリビアが外に出したってこと?」
「はい。全部クリンプトン家宛てに、ですが。もちろん内容が嘘だということも伝えてあります。ターシャという悪女のせいだということも」
つまり私の噂なんて世間には流れていなくて、アトラス様の手紙に書いてあったことは嘘っていう――。
「待って。なんで私にも嘘の内容を教えたの? 本当にびっくりしたんだけど」
「プラン変更です。ガートルード様とユスティナお嬢様のためにもターシャ氏を早めに排除したかったのですが、私の本当の身分を使う必要がありましたから。だから早めに正体を明かす代わりに、ガートルード様がこの窮地をどう乗り越えるのか試そうということで……」
「それ、割と意地悪じゃない……?」
「これから先の素行調査が有利になってしまいますからね。それどころか、私の独断ではもうガートルード様は合格ということにしていますし」
「じゃあ私がターシャをハメようとしたのも見てたってこと? あっ、動いてたのはアンナだけどね」
「はい、遠くから見てましたよ。なんかいろいろすごかったです……」
そうしてターシャを追い出した――はずだった。
なのにアイツはお金だとかなんだかで退学処分を免れてしまった。
確かその時、私はアトラス様に書かせた手紙を使ってアイツを自爆させようと考えてたんだっけ。
「ターシャ調子乗らせプランのために書いてもらったアトラス様の手紙だけど……。すんなり協力してもらえたと思ったら、アトラス様もターシャを追い出したいと思ってたのね」
「正確には私が追い出したいとアトラス様に言ったのです。これ以上は結婚以前に部外者であるユスティナお嬢様に危害が与えられてしまいそうだったので。いえ、もはやすでに与えられていましたので」
要は私とターシャとオリビアの三角関係であるべきだった場所を飛び出て、ターシャが関係のないユスティナちゃんを攻撃し始めたから、さすがのクリンプトン家もブチギレたってことね。
花嫁戦争で私とターシャが喧嘩するのはわかるとしても、庶民出身ってだけでいじめるのやっぱりひどい話だし、まあ自業自得かな。
「その作戦も特に効果なかったけどね……」
「ターシャ氏を自滅させる作戦はいいのですが、時間がかかるだろうなと思っていました。私としては一刻も早くターシャ氏を追い出したかったので、クリンプトン家の立場を使うこととなったのです。権力を振りかざす者にはさらに強大な権力で対抗するしかないですから」
「大事にしてるのね、ユスティナちゃんのこと」
「当然です。もう妹のようなものですから」
そして今に至る、と……。ひとまずは一件落着か。
ターシャはいなくなったし、これからまた学校生活をいい感じにこなせばアトラス様との結婚はすぐそこに……!
監視役はオリビアだってわかったんだから、今後アンナに禁断症状が起きてもオリビアの前じゃなければどうにかできるってわかっちゃったし。
「ところで、アンナさんについてご提案が」
「アンナに……? 何かしら」
「その、アンナさんってすごい体質じゃないですか。痛みに対してとか」
えっ!?
もしかしてこれはアンナがドMだってことがバレてる!?
でも、そっか……。ターシャに足を踏まれたところとか、オリビアに蹴られたとことか、全部見られてたんだもん。
侍女をこんな気持ち悪い体質にしてしまったのは重大な責任があると思います。ガートルード様はそこをどうお考えですか――とか言われたりして。
ああ、平穏に結婚したいだけなのに……。どうすれば私は平穏を味わえるの……。
「いついかなる時も、アンナさんは笑顔でした。その強靭な精神力は称賛に値すると思います。ぜひご結婚された際にはクリンプトン家にもいてほしいと――」
「はい、すいません……。私のせいで変態を生みだしてしまって……」
「ガートルード様? あ、あれ? どうされました?」
「え!? あ、いや、私はてっきり斬首刑にでも処されるのかと……」
「斬首!? な、なんでそんな物騒な――!」
変なすれ違いのせいで微妙な空気になってしまった。お互いに「え?」という顔で固まっている。
「あっ、あー、えっと……。そうそう、アンナはすごく打たれ強くて、私の自慢の侍女で。ねえ、アンナ?」
「はい! わたくしは打たれ強いのでどんなご命令も必ずや成し遂げます! 肉体労働でも言葉攻めでも緊縛でもなんでも!」
ユスティナちゃんの前でなんてこと言ってんじゃあ!
しかもオリビアの顔! 青くなってるよ! 顔面蒼白だよ!
「ガ、ガートルード様……。言葉攻め、緊縛というのは一体――」
「ああ! コトバーゼウメっていって、異国から伝わるお菓子なのよ! し、知らなかったかしら? アンナったらお菓子作りが上手でね、あは、あははは……」
そんなお菓子はない。
「でも緊縛――」
「金箔をまぶすの、そのお菓子に! 贅沢でしょう! げふ、がふん! 私たちちょっと喉の調子悪かったかも、聞き取りづらくてごめんなさいねー!」
あれだけ近くで見られてたのに、アンナが変態だってことはバレてないみたいね……。うん、バレてない。きっとバレてない。そう思いたい。
正直なところオリビアは薄々気づいてるかもしれないけど、多分まだグレーなところで留まっているはず。
アトラス様にバレなきゃなんでもいいのよ。ははは……。
私が笑顔の裏に引きつった苦笑いを隠していると、部屋の扉が叩かれた。ユスティナちゃんにお客さんだろうか。
すかさずオリビアさんが扉を開けると、そこには――。
「失礼しますよ、ミス・ユスティナ。ミス・ガートルードがいると聞きましたが――」
「イヴェットさん! よかった、無事だったんですね!」
私はイヴェットさんの安否がすごく心配だった。ターシャがお金と権力で自分の罪を揉み消した時、そのお金はイヴェットさんよりも身分の高い人に渡されたみたいだから。最悪、理由もないのに辞職させられたりしているんじゃないかと気になっていたのだ。
「ミス・ガートルード、ここにいましたか。先日の件でお礼をと思いまして」
「先日の件……?」
「ミス・ターシャ退学のことです。清く正しくあるべき我が校を誰よりも力強く守ったのはあなたですから。それからミス・アンナも」
「え、でも最後の最後で解決したのはオリビアのおかげで――」
ふとオリビアを見ると、左の人差し指を自分の唇に当てていた。どうやら彼女の身分は誰に対しても秘密らしい。
「心ばかりですが、クッキーを焼いたのでどうぞお食べなさい」
「イヴェットさんが!? ありがとうございます!」
「何かの縁です。ミス・ユスティナ、ミス・オリビアもよければご一緒に」
イヴェットさんは小さなバスケットを手にぶら下げていた。その中には言葉の通りクッキーが入っていて、イヴェットさんによる手作りらしい。
手紙を配る時といい、やっぱりかわいらしい側面がこの人にはある。
「言っておきますが、私の趣味ではないので勘違いしないように。他にお礼の品が思い浮かばなかったので仕方なく焼いたまでです」
「な、何も言ってません!」
「顔に出ていましたので。しかし――今日のところは許しましょう」
これは素行不良にならない、よね……?
ターシャが去ったとはいえやることはしっかりやらないといけないんだった。
なんだか毎回完璧を目指して頑張っていたけど、今回はうまくいかないことだらけで、それでもなんとか乗り越えることができて……。それはやっぱり、アンナがいてくれたからなんだろうなと思う。
「アンナ」
「はい、なんでしょう」
「……ううん、なんでもない。クッキーいただきましょ」
どんな困難も完璧にくぐり抜けられる自信はもうない。
でもなぜだか、今日言いたかった言葉は全てが終わった後まで残しておこうと思った。
全てが終わって迎えるその日、結婚式まで――。
最後までお読みいただきありがとうございました!
はじめて悪役令嬢(?)ものを書きましたが、なかなかぶっ飛んでしまってとんでもないことに……。
本当は簡単な短編のはずだったのに文字数も4万文字いっちゃったし。
そんなはっちゃけストーリーでしたが、お楽しみいただけていれば幸いです!