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最後の治療  作者: 朽木 花織
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———— 言葉はもう随分と昔から用意してきました。彼女に拒絶される都度に辛苦を嘗めさせられ、時には身体的にも損傷(口内出血と切り傷と打撲程度だけど)も受けました。外堀を埋め、彼の英雄の防御機構セキュリティも慎重に解いた。覚悟は相当前から出来ている。そして、今回は物証も十分に揃えた。論理武装も十分。後は何とかするだけ。私は一呼吸つき、

「————そこに居るのでしょう?」

と、パスの先の虚空に呼びかけました。

「私は幾度となく、提案して、その都度に貴女に拒絶されてきたけれど————多くを望む訳ではない。貴女が旅に出ることも妨害しない。けれども彼の英雄をみすみす死なせるような旅に出すつもりもない。だから————」

私は一呼吸置いてから宣言する。

「————私はずっと貴女に恋をしている。貴女のことが堪らなく好きなの。だからお互いに恋人になりましょう」

と、何度目か分からない提案しました。表層(外側)でも繰り返し告げているし、精神潜航ダイブする都度に告げていることでもある。

虚空の先から、彼女が歩いてやって来ました。正確には彼の英雄の無意識が創り出した人格の一人、このパスを破壊した張本人。人格名は今のところ不明。私は一応、彼女と呼んでいる。

「幾度となくその提案は拒否しましたし、今回も返答は変わりません。貴女と私が恋人同士になることなどあり得ません('''''')。この期に及んで、一体貴女は何を仰っているのですか。気でも狂っているのですか」

彼女は立て続けに冷や水のごとき言葉を浴びせてきました。まあでも、この反応は予想通り。彼女のこのような冷たい発言は一度や二度ではないし、いちいち傷つくほど面の皮が薄くもない。

「何故、私と貴女が恋人同士にはなれないと決めつけているのですか? 私は他の人と違って、貴女の英雄としての在り方にも魔法使いとしての在り方にも理解を示せるし、共感してあげられる。貴女の抱える懊悩も矛盾も理解できるし、時には解消を手伝ってさえもいる。私以上に貴女の感情的な庇護を与えられる者は居ないでしょうし、居るのなら逆に教えて貰いたいわ」

私は彼女に呼びかける。

「確かにそれは真実です。彼の英雄という全体において、貴女に対する感情的な影響を受ける度合いは、貴女に対するものが最大です。けれども一方で貴女は、執拗に私にセクハラを仕掛けてきました。今現在だって、私を延命する治療のため、医療行為だから、仕方のない事だから、と言いながら、私の身体を蹂躙しています。その行為に貴女の性欲を満たす以外の一体何の意味があると言うのですか? どこに貴女に好意を抱く要素があると?」

(痛いところを突いてくるわね)

と私は、悪態をつきそうになるのをこらえる。半分は真実だからだ。しかし、私は、

「ええ、私は彼の英雄を延命する治療のために、医療行為として、仕方が無いから、貴女に身体的、精神的苦痛を与えています。言っておきますが、恋人同士だったらこんなものじゃ済ませませんし、苦痛よりも快楽を与える方法を採ります。私が一体どれだけの女の子を抱いてきたか知らない貴女ではないでしょう。————でもね、貴女を放置すると、確実に表層(外側)の彼の英雄は死にます。彼の英雄が旅の目的を完遂することはあり得ません。それは貴女が彼の英雄を殺すことに他ならない」

と、厚顔無恥にも残り半分の真実を伝えました。すると彼女がほんの少し狼狽しました。

「何故、私が彼の英雄という全体を殺さなくては為らないのですか。殺すつもりなんて露程もないし、むしろ私は彼の英雄という全体を生かすために存在しているはずです。私は彼の英雄の防御機構セキュリティの一つです」

「それもまた、真実なのでしょう。貴女に彼の英雄を殺す意図はありません。でも、殺す意図が無くても今の彼の英雄を結果的に殺してしまう場合はありますし、私はその可能性が非常に高いと判断しています。私は、医者としても、魔法使いとしても、貴女に恋する者としても、その可能性を看過出来ないし、その原因たる貴女を看過出来ない。私は貴女と対峙し、彼の英雄の命を救いたいのです。だから、貴女には、少々現実をありのままに見て貰いたい」

と、周囲のパスを指さす。

「・・・・・・一体私が、何をしたというのです」

「貴女が立つこのパスの惨状を見てまだそのような事を言えますか!? 魔力流量ゼロ。パスの構築度ゼロ。構築の度に破壊の痕跡が多数。これと同じ状況のパスが他に一本あり、そちらはもう私では手の付けようがありません。そのために、1本のパスが暴走状態にあり、ツリーは機能停止。結果的に、ツリーに供給される魔力の釣り合いが取れず、暴走した魔力が貴女自身の身体と精神を最も傷つけている要因と為っている。貴女の存在が、彼の英雄という全体において、カナシミさえ生んでいるかも知れません」

と、私が言うと、彼女は一瞬躊躇うが、

「何故なら私はそうする必要があるから、そうしただけです」

彼女は冷徹に答えました。

「それもまた、真実です。貴女は彼の英雄という全体を生かすために生み出され、一時はそうする必要がありました。きっと、彼の英雄がここまで辿り着く事が出来たのは、貴女の成果でもある。でも、今それが必要な訳ではありません」

「では、私は、彼の英雄にとって不要なものであると。不要だから私という防御機構セキュリティを壊すと仰るのですか」

私は静かに首を横に振る。

「彼の英雄の精神を維持するために、貴女は必要な人格です。貴女がいなくなれば、そもそも彼の英雄は存在し得ないでしょうし、この世界において、今、この場所に彼の英雄が辿り着く事もあり得ませんでした。そういう意味では重要な役割を果たしていました。仮に貴女が機能していなければ、私はすでに彼の英雄と恋人関係に為れたでしょうし、そのために私が致命的な過ちを犯しかねなかった」

と、私は彼女に告げる。私は実際それをずっと望んでいたし、彼女はずっと拒み続けた。しかしそれが結果的に彼女を分析するきっかけと為った。

「では、貴女は私に何を望むのですか」

「一部の防御機構セキュリティの改訂と位置づけの変更。貴女には引き続き彼の英雄の身体維持に従事してもらいます。ただしそれは統合人格彼の英雄の統制(コントロール下においてです」

私は彼女に提案をする。

「プロトコルの改訂には時間が掛かります。位置づけの変更も、一朝一夕に完了しません」

と、彼女は言い訳を口にしましたが、私は、

「生憎とその時間が一番不足しています。一昼夜で修復出来るような損傷ならともかく、全く魔力流がないパスを通すのは、大変難儀な作業です。いくら耳年増な彼の英雄でも、正解を引き当てる頃には表層(外側)の彼の英雄が死んでいる事でしょう。さらにこのパスは相手がいないと始まらないパスで、瞑想したからどうにかなるようなものでもありません。だから私が貴女を論理的に論破して、少し実体験を経験してもらおうという趣旨で恋人に為りましょうとずっと提案しているのです。それが表層(外側)の彼の英雄が生きている内に、このパスに何とか魔力を通す可能性のある唯一の道です。それが彼の英雄を生かすことにも繋がります。ひいては貴女の目的を果たすことにも繋がる」

と、私は告げると、彼女は、

「条件があります」

と言いました。

「承諾できるかどうかは分かりませんが、ひとまず伺います」

「身体に回復不能な損害を与えないと誓って下さい」

「私に猟奇趣味はありませんので、貴女の手足を切ったり殺したりはしません。今までもそうでしたし、これからもそうです。もう少し明確に定義して下さい」

と私は少し意地悪な応答をしてみる。

「彼の英雄の純潔を奪わないで下さい。処女膜を傷つけるのは絶対に禁止です」

と、彼女は少し怒りを露わにしながら仰りました。

「逆に、処女膜を傷つけなければ、その奥に触れても良いんですか? 一応私の技術なら可能ですけど」

と、私は冗句を返す。実際のところ私の手技なら可能ではある。彼女は顔を顰め、

「訂正します。私の彼処に、貴女の手、舌、その他の物を挿れるのは禁止です。少しでも侵入の気配があれば、直ちに貴女を殺します」

と、彼女が恫喝しました。

「理由は何故ですか? 別に現在特定のパートナーが居る訳でもありませんし、今更誰かの為に純潔と貞操を維持している訳ではないのでしょう?」

と、私は一応質問する。一応現時点では彼の英雄の純潔を奪うつもりは無い。

「きっと私は、身体的には私の女性器で、処女膜を核として成立している人格です。精神的には、彼の英雄の貞操観と純潔と言い換えても良い。だから、処女膜を傷つけ、純潔を奪われたと感じると、私は消滅してしまいます。私という前提が消滅すると、統合人格が崩れ、彼の英雄という全体の精神にも多大な影響を及ぼすことでしょう。今更私を維持し続けることに何の意味もないことは私自身が一番理解はしています。けれどもだからといって統合人格たる彼の英雄は今の今まで私を殺すことも出来ませんでした。仮にそれをしてしまえば、統合人格たる彼の英雄は彼の英雄という全体を否定することに他ならなかったからです。故にその意思を最大限尊重して下さい」

「それが彼の英雄という全体が貴女を必要とし、今まで貴女を存在させ続けた理由ですね。彼の英雄という全体の生存本能と言い換えても良いかもしれません。————しかし私としては、随分と脆弱なセキュリティを構築したものだと申し上げられずにはいられませんが」

————何故ですか、と彼女が尋ねました。

「処女膜も、純潔も割と簡単に、他者から奪える概念だからです。それが防御機構セキュリティとして機能していたのは、彼の英雄のスペックが非常に優れていた上に、貴女という防御機構セキュリティが過剰だからに他なりません。私は治療にあたり、貴女という人格を司る論理ロジックを一時解体します。全てのパスが繋がり、ツリーが再生し、貴女の基幹術式が修復した後、貴女が最後の旅を終える前には別の論理ロジックを考え直していただければいいです。彼の英雄が守護者に為った後に成長、という概念が適用可能なのでしたら、その時にでも再構成すれば間に合います。————ところで、表層(外側)でお話をしませんか」

何故?と彼女が尋ねました。

「一つ目の理由は、そろそろ私の命綱が保たないこと。貴女とはまだ話足りないし、確認したいこともあります。治療もまだ終わってはいませんし、始まってさえいない。無意識下で解消しても良いのかも知れませんが、私は彼の英雄自身の覚醒した統合人格にある程度治療過程を見せる必要があると考えています。もう一方のパスは、私の力では修復できませんので、彼の英雄自身が自力で修復する必要があります。二つ目の理由は、貴女とは身体を交えて話した方が早いです。少しでもパスがあるのならいざ知らず、全くパスが存在しないので、論より証拠で理解した方が早そうだということ。三つ目の理由は————」

「————すごく嫌な予感がします」

と彼の英雄は一歩身を引くが、が私は構わず続ける。

「————性感を感じることや性的な話題を話す際の羞恥感情、性感を与えている身体と私に対する不条理と怒り感情、そして性行為に恐怖する貴女が滅茶苦茶可愛いからです。この機会を於いて貴女を愛してあげる機会は他にありません。無意識内で解決してしまうなんて勿体ないことこの上ない」

と、私は少し冗句混じりに宣言する。とは言え、偽らざる本音でした。

「なっ————————」

と彼女は狼狽えた。私はその隙をついて、彼女との間合いを詰め、羽交い締めにしました。

彼女は、嫌、離して、人でなし! 筋金入りのド変態!と罵詈雑言を並べ、暴れようとしましたが、私はその間に、命綱を巻き上げる準備を整えました。

「では、続きは表層で。精神潜航ダイブ、エグジット」

私は暴れる彼女を抱き抱えたまま、一気に意識の表層まで上昇していく————


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