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私は、道を辿りながら、彼の英雄の魔術式の中でも、最深部に近い領域に到達する。初めて潜航した際は、一つ一つの木の概念に胸を躍らされたが、それらの魔術が彼の英雄の出力を前提とした設計になっていることを知り、そしてそれらの完全な写像を作ったところで、私には到底扱える代物でないことを理解し、興味は失せてしまった。魔法使い同士の接触は魔術式に関する神秘を晒すことに繋がるのだから、可能な限り他者と親密にならない、親密になるのは互いに信頼関係を得てから。パートナー以外との性行為なんてもっての外。そういう考えを持つことは、魔法使いである以上仕方のない事であるように思う。優れた術者なら、相手の基幹術式を解析できる。
(互いに接触することで精神や術式に刺激を受けることもあるとは思うし、一概に悪いことでもないと思うけれど。)
私は寄り道せずに目的の木に向かう。通常の魔法使いなら、とっくに底を突き抜け、私ならそろそろ二重心臓と接続された概念が生じる領域だろうが、彼の英雄の魔術式においては、この木は通過点に過ぎない。かつて、彼の英雄が死んだ際に、精神潜航して連れ戻した時は、さらに深い木が存在した。その時は魔術式が活性状態にないため、分析出来なかったが、今は到達できるかさえ分からない。きっと、私では本来理解できない階層の木だ。
ただ今回、私が目的としている木は魔力の流れが異常に少ないので、私でも潜航していくことが可能でした。しかも裏道も知っている。
本好きで、耳年増な彼の英雄のことだから、知らない訳はない。第一、あまりにもありふれた概念であるがため、知らない方がおかしい。
知識を司る木を経由し、その木へと辿り着く。私が通った道を含めると、その木に接続された道は5本。魔術式として機能しうる道は、4本存在する。一本はより高位の概念から流れ出た魔力が注がれている。その道に問題はない。問題は残りの三本だ。
一本、直接下位概念に魔力を供給する道は暴走状態にあり、その道の許容量よりも多くの魔力を供給するせいで、損傷している。その道の損傷が身体と精神へ余分な魔力を流入させ、魔法使用時の負荷を増大させている。きっと、これは木が機能しないために、魔力を無理矢理バイパスさせているために生じる現象。だから身体負荷と精神への負荷を度外視すれば、魔法は発動するし、彼の英雄は何度も使用している。
(けれども、繋がっているからまだまし。きっと、他の道が繋がれば自動的に調整されるはず・・・・・・!)
と、私はあまり根拠のない確証を得て、その道を後にする。
(だけど、これは・・・・・・)
問題は、残りの二本の道。あるべき二つの道が完全に破壊され、一切の魔力を通さない状況にある。その内の一本の道に注目すると、幾度も道が繋がろうとして、その都度にひどく損傷を受け、断絶させられている。
(こっちは、同格の木に繋がっている方で、もし開通すれば、魔力のバランスは取れるかもしれないけど、きっと私には無理でしょうね。)
私は今までの行動と、自分が女に生まれた運命を自嘲する。私では手の付けようがない。そもそも修復するための適性もない。これは単に向き不向きの問題なので本当に仕方が無い。女の子に生まれた私ではどうしようもないこと。こういうのは不本意ながら別の人に任せるしかないのだ。
残る道は、下位概念に繋がる筈の道で、全く道が開通していた形跡がない。しかもその破壊は相当昔から繰り返し行われていて、最近にも一度繋がろうとして壊された形跡がある。完全なる断線。
(私の基幹術式はきっと、この木と、この道が強力なんでしょうね。)
と内心独白する。
私自身の基幹術式に精神潜航した際に、ほぼ同一の位相にある道は、暴走気味であるが、十分な魔力流量を有してきた。私はそれは人であれば当然有するものであると思い込んでいました。しかし、彼の英雄と出逢ってから、それを持ち得ない人も居るのだと知ることと為った。孤独を望む指向、他の人と愛を紡がない指向。ただ、彼の英雄のそれは、先天的なものではなく、きっと過去に心的外傷を負ったことが原因で、本来的にはその道も使える筈だと私は推測した。だから私の治療で修復は可能だと結論したのでした。そもそも繋がろうとして破壊された痕跡があることから、繋がろうとする意思はある。それは生得的にそういう指向ではないことの証左である。一方でそれを破壊する者が確実に存在することも示している。