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「ところで、魔法使い、私の術式を妨害していますか?」
と、統合人格たる彼の英雄が疑問を投げかける。いきなり図星を付かれて私は思わず視線を逸らしてから答える。
「・・・・・・ええ、まあ。貴女、正確には聖処女の人格が暴れたので、やむなく貴女の術式を妨害しています。それもかなりきつめに」
「道理で『八刀』も剣も使えないはずです。特別な位置に居る魔法使いには術式妨害は効いていないようですが」
と、統合人格たる彼の英雄はため息をつきました。
「現在、長杖の使用に関しては何ら妨害を受けていません。また、私の木の機能は正常です」
と、魔法使い人格が答える。
「しかしそれは聖処女も同様のようです。聖処女の主装備は剣だと推定しますが、彼女も剣は使えませんでした。結果的に今回は貴女の術式妨害が効いたおかげで私が殺されずに済んだと考えることも出来そうですね」
「それはどうも、どういたしまして」
と私は茶化してみせる。
「誉めてません。しかし、一体どこから術式妨害を組んだのですか? 流石に私も術式の防御機構を公開した覚えはありませんし、厳密には私もその防御機構を知りません」
「彼の英雄に対するハッキングの形跡は、本件を除いて存在しません。また、防御機構については知識に関する最高権限を持つ私の権限でも秘匿され、統合人格を含め、いかなる人格からの参照も許可されていません」
「何故、貴女が私の術式の防御機構を破れるのですか」
と彼の英雄が凄むが、私は、
「偶々試した術式妨害が効いただけです。あと観察の賜物です」
と答える。必ずしも嘘ではないが、真実とはほど遠い。本当は術式妨害には出所があるが、今のところそれを明かすつもりはない。きっと、時が来れば彼の英雄が自身の力でその防御機構の正体に気付くと信じている。
「まあいずれにしても、次に聖処女と相対するときは、術式妨害を解いて下さい。でないと一切の剣が使用できず、戦闘に支障が出ます」
と、統合人格たる彼の英雄は仰るが、私は
「術式妨害外すと、表層で私が殺されると思います。そうなると、治療も何も出来ません」
と告白しました。私が聖処女の人格を持った彼の英雄の身体相手に数秒生き延びる方が難しい。人でなしの力を行使しても焼け石に水でした。
「第一、『八刀』が飛来すれば私の無意識下の自動防御なんて、10秒経たずして破られるので、その追加10秒後には私がミンチにされてますよ」
「その点は問題ありません。貴女が聖処女の論理を崩したことで、『八刀』の制御権は現在私に帰属しています。よって、表層で貴女が『八刀』で殺される危険は無いと考えて問題ありません」
と、彼の英雄が仰る。「八刀」の仕組みは彼の英雄というの中でも解明出来ていない神秘の一つでしたが、すでに私に分析する時間は残っていませんでした。私は統合人格たる彼の英雄の言葉を信頼する事にする。
「であるなら、拘束も多少保つし、もう少し時間的余裕が出来るか知れません。でも本気で暴れる貴女の身体に対して対応出来ることなんてあまり多くはありません」
「仮に、術式妨害を解除したとして、表層の貴女の身体は何分生き延びれますか?」
と、彼の英雄が尋ねたので、私は彼の英雄の戦闘能力と彼女の戦闘力と私の身体能力を比較し、現在の状況から、最大何秒耐えられるか試算する。
「無意識の自動防御で対処した場合、現実の時間に換算して二分程度が限界です。精神潜航を解除して、私の意識全てで応戦して、追加で三分ほど。それ以上貴女相手に戦闘することは困難です。つまり、術式妨害を解除後、精神潜航を解除するまでは二分程度の猶予があります」
「その間に聖処女を分析しなければならない、と。貴女にそれは可能ですか」
と彼の英雄が問いかけてくる。
「やるしかありません。けれども先ほどの問答と、貴女達との会話の内容で、私の中ではほとんど仮説が組み上がりました。あとは細部といくつかの欠けたピースを埋め合わせるだけです」
「ならば私が先鋒を務めるのが合理的、と判断しました」
魔法使い人格が告げました。
「あらゆる記録に対する調査権限は私に付与されていますし、何より聖処女でも私を殺すことは出来ません。私に対する不正アクセスの解消には十数発程度殴れば十分、と判断します。相手が剣を使うのでしたら、私は杖よりも『八刀』のうちの二振りを使用するのが合理的、と彼の英雄は判断しました。杖は魔法使い殿に貸与します。杖があれば魔法使い殿も、聖処女の精神空間内で魔法の行使が可能であると判断します」
と、魔法使い人格が主張する。
(というか、二刀で切り刻みたいだけなんじゃないかしら。)
とは思っても言及しないことにした。
「ならば、私は論理刃を作製します。魔法使い人格は、聖処女から記憶のアクセス権限を回復する都度に開示された情報を私に送信することは可能ですか?」
「杖を通して、貴女に伝送可能です」
と、魔法使い人格は答える。
「であるなら、聖処女を統制下に置く論理を速やかに作製できると思います。後は、それを使って、彼の英雄自ら、聖処女を倒せば佳い」
「論理刃の内容は何でしょうか?」
と、統合人格たる彼の英雄が仰りました。
「私が推測した聖処女に起きた主観的な事実と、その時に抱いた悲痛な想い。それらに対する私からの論理的な反証と、癒やしの祝詞を込めます。具体的な内容は、今は秘密にしておきます。貴女が聖処女に勝利し、木を回復させ、時が来ればきっと貴女でも理解できます。結局この論理を理解するには、貴女の道と、木が繋がらないと不可能なのです。仮にそれが自力で理解できたら、貴女は自力で聖処女と対峙し自力で勝利できていたはずですから」
それもそうですね、と彼の英雄は自嘲する。
「論理刃の中身については、貴女を信頼します。もう一つの剣は、何が適切ですか?」
「光剣で。私が警告した通り、聖処女は魔物の可能性がありますが、同時に怪物でも神でもありません。あれは社会的意識の集合ではありませんし、論理的とはほど遠い。ドラゴンに化ける可能性はありますが、それなら光剣が最も出力に優れている。何より、光剣は最も彼の英雄が最もよく使う剣です。自身の人格と対峙する際にはこれ以上に優れた武器はありません」
道理ですね、と統合人格たる彼の英雄は仰る。
「では、私達に採用しうる全ての対処について議論しましたか」
「いいえ、まだです」
と彼の英雄が仰りました。