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最後の治療  作者: 朽木 花織
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「ところで、聖処女の持つ信念に関する情報はありますか? 私が表層(外側)で聞いた限り、「私は決して恋愛しない。恋愛対象に為らない。恋愛対象として見られることさえ苦痛である。愛の内で情愛エロスは許さない。」という内容です。魔法使いは先ほどの戦闘時に聖処女人格と言い争いをしていましたが、どのような内容か開示可能ですか」

と、私は魔法使い人格に問いかける。

「再現致します。私は『貴女は何を想って彼の英雄及び魔法使いを攻撃するのですか』と問いました。対して聖処女は『私は、誰にも愛されない。誰かを愛する資格はないし、愛してはいけない。私の好きな人は私の所為で皆死んだ。だから私は私の全てを世界に捧げます。この世界だけは絶対に救済してみせる。だから、邪魔をしないで!彼の英雄と魔法使いを殺させて!』と、述べました。なお、この対話の直後に、腹部を強かに蹴られ、聖処女に関する感情に関する情報を不正に秘匿・暗号化され、統合人格彼の英雄および魔法使いへの開示を拒絶されています」

と、魔法使い人格が回答する。

(なるほどね)

私は内心納得する。概ね予測通りだが、ここで言質も取れた。私は回復した統合人格たる彼の英雄に、

「殴られる前後で、何か聖処女と話しましたか?」

と尋ねると、彼の英雄は、

「『あの魔法使いは紛れもなく人でなしの鬼で、この世界にカナシミをもたらす「悪」です。何故私に殺す許可をくれないの? その所為で私はずっと苦しみ続けているし、カナシミだって生んでしまったかも知れない。この死体の山を作らせたのは貴女と、魔法使いの所為よ!どうしてくれるの!これでは世界の剣に為れない』と、喚いていました。それ以降はずっと殴られ続けました。あと、聖処女は私を殴る間、ずっと涙を零していました」

(世界の剣、ね。)

と、私は精神世界に充満したカナシミを言語化した際に出てきた言葉を思い出す。

(そして、彼の英雄の基幹術式も最終的には剣となる。本来ただの剣を作るにはこんな複雑な術式は不要だけど、彼の英雄が概念的な剣そのものだとしたら、この複雑性にも説明がつく。これは偶然の一致?)

と、私は内心思考する。

「いくつか確認するけど、統合人格たる彼の英雄の結論として、私はこの世界にカナシミをもたらす「悪」、あるいはもたらす可能性が高い存在だから、殺すという論理的帰結はあり得るのですか?」

と、統合人格たる彼の英雄に尋ねる。

「現在、私はそのような意思決定を行っていません。貴女の世界維持への貢献、仲間への貢献、そして私の治療への貢献を勘案しようともそれが無かろうとも、その結論に至る可能性は極めて低いと判断しています。ただしいくつかの疑念があり、その回答次第では、脅威判定が変更される余地があります。それでも、私は殺すよりも対話による解決策の模索を実行したいと考えています。きっと、貴女はそれが出来ると信じています」

と、彼の英雄は答える。

(私はそんな大層なものじゃない)

と、私は内心毒付くが、今その話をしても無意味だと思い、口を噤む。

「ところで、論理性とはほど遠い感情は彼の英雄としてはどのように処理するの?例えば、今回、貴女をこの尖塔に幽閉しようと言い始めた人に対する感情はどうしたの。私としては相当理不尽で、カナシミさえ生み出しかねない感情だと思うけれど」

と、話題を少し逸らして彼の英雄に尋ねる。

「今回の事例でしたら、統合人格たる私が、感情を処理します。ざっと二分も瞑想すれば怒りも憤りも感じません。後は魔術式の流れに感情を乗せて私の外側に消えて行きます。論理的には仕方のない事だった、と判断して私自身を納得させておしまいです。後は普通の魔法使いと同じように、魔術式の魔力に乗せてカナシミが代謝されていきます」

「では、貴女では処理できない感情はどうしているの?」

「・・・・・・質問の意図が分かりません」

と、明らかに不機嫌に為るが、

「例えば、貴女の恋人候補が鬼神に陵辱され、殺された時は、」

「その話は止めて下さい」

と彼の英雄が話を遮る。

「・・・・・・一見して、統合人格たる貴女ではその出来事を処理出来ないように見えます」

と、私は率直な感想を述べました。

「そんな時ではありませんか? 貴女の剣が人でなしを斬るのに真価を発揮するのは」

と、私は指摘する。これは客観的観測的事実でもありました。彼の英雄はしばらく黙考する。

「貴女はこういう時、聖処女の人格を利用して、自らを殺意で満たし、魔力を高めていたのではありませんか?」

「否定できるだけの材料がありません」

と、彼の英雄が仰りました。思い当たる節があるのだろう。

「だから、貴女は人でなしとの戦いにおいて、人でありながら人でなしに匹敵する出力を誇りました。一方でそれは相当身体に負荷をかけた上に、カナシミを聖処女人格が処理する事態を招いた。あの精神世界が貴女の死体だらけだのは、貴女が論理的に処理できない世界の不条理を聖処女に任せて、感情を殺した所為だと考えます。つまり、あの死体は全て貴女が向き合えなかった感情という事に為る。全て貴女の顔なのは、葛藤が生じた際にいつも貴女が妥協していたから。そして、私に対して殺意を向けるのは、」

「貴女が都度都度セクハラをする上に、恋人に為りたいと私にしつこく言い寄り続けたから。その都度に私は自身の身体に関する理不尽と恋愛感情という私では処理できない問題を抱え、全て聖処女に殺させていた。だから聖処女は問題をもたらす私を殺したくて仕方が無い。聖処女の殺意が貴女に向くのは貴女の所為じゃないですか」

と、彼の英雄は断じました。

「その点については、全く弁解の余地も御座いませんし、ついでに聖処女という人格を無意識から掘り起こし、その爆弾に火を入れたのも私の治療のせいです。本当に申し訳ありません」

と、私は正直に謝罪しました。

「ただ、聖処女を放置したら、さらなる致命的な失敗を招いたでしょうから、その点については不満はありません。逆に、解離しかけるほど、私と聖処女の思考の違いを顕在化させたのは重要な治療の成果です。私は危うく聖処女の論理ロジックに取り込まれ、取り返しのつかない過ちを犯す可能性さえありました。だから貴女には非はありません。それに治療内容は私も承諾しています。だから治療については貴女の責任はありません。セクハラと恋愛については治療の範囲を逸脱しない限り、私は承諾します」

「優しいのですね」

(でもその優しさの裏で、さらに優しい聖処女を苦しめていたのね。我ながらマッチポンプだった。)

と、内心猛省する。そして私は最後の核心を指摘する。

「世界の剣、とは何のことですか?聖処女の話が正しければ、貴女は世界の剣と為る旅に出立することに為るのでしょうが、その単語は初めて聞きました」

と、彼の英雄と魔法使い人格に尋ねる。しかし二人とも首を横に振る。

「実のところ、最後の旅の末に私がどうなるのかについては全く分かりません。人の形を保てるのか、それとも、人ではない何かに為るのか。結局のところ旅を完遂させないと何も分かりません」

と、彼の英雄は答える。

「現時点においては、「世界の剣」は聖処女の思春期病による意味の軽薄な単語として登録されています」

(何も情報無し、か。分かっていたけれど)

私は質問を切り上げる。

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