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最後の治療  作者: 朽木 花織
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精神世界の境界面に、私は一時的に安全な結界を構築して、彼の英雄を休ませる。そのうちに、知識を司る魔法使いもやってきました。

「よくあんなの相手に、無傷で長杖一本で戦えるわね。ひょっとして統合人格たる彼の英雄より強いんじゃないの」

と、軽口を叩く。

「私はあくまで識っているか知らないか、という情報に過ぎない人格です。そもそも他の人格と純粋に力を較べた場合、最強であり、同時に最弱です。また、知識に対して殺す、殺さないという概念は適用できません。記憶、忘却はありますが、結局は知識があるかを問う人格です。因みに無傷ではありません」

と、魔法使い人格は律儀に答えました。

「一方で、聖処女人格に関しては、統合人格彼の英雄より付与された調査権限に基づき調査を行いましたが、不可解な点が散見されました。まず、他の人格と異なり、あの人格が生成された時系列が不明です。私の記録上、聖処女のように生きた時期が特定できません。私としては事実に基づかない推測を行うのは権限違反ではありますが、あえて申し上げますと、私の記憶から、ごっそりとあの聖処女に関する情報が消されています。聖処女が私を攻撃し、記憶を読み出せないようにしたのならまだ状況の説明は可能です。それはそのように操作したログが私に蓄積されます。実際、先ほどの攻撃により、記憶を読み出せないように操作を受けました。一方で記憶の領域から推定すると、統合人格たる彼の英雄が成立した際に、何者かにより過去の記憶を奪われています。そして、聖処女は感情に関する記憶と、世界を救うという最終意思だけは残り、あの聖処女の信念を構成しています。————そのような印象を抱きました」

「————つまり、あの聖処女の人格には過去に関する客観的情報が欠如していて、事実として何があったのかは何も分からないという事?」

と、私は質問すると、

「そういうことに為ります」

と、魔法使い人格は答えました。

「一方で、感情に関する記憶は残っている?」

と、私は尋ねる。

「存在しますが、統合人格たる彼の英雄および貴女への、記憶の開示を聖処女が同意しませんでした。先ほどの戦闘の際に、私のツリーに不正な介入があり、一部の記憶を秘匿・暗号化されました。それはログとして確認可能です」

「状況は分かったわ。では、私に回答可能かどうかは答えられる?」

と、私は尋ねると、

「その点については問題ありません」

「では、私に回答可能かどうかで回答してみて下さい」

魔法使いは頷く。

「聖処女の使命は統合人格彼の英雄に目的を与えることである」

「はい、と回答可能です」

「聖処女の目的は彼の英雄の安全確保である」

「はい、と回答可能です」

「聖処女は愛情に関するタスクに問題を抱えている」

「回答を拒絶します」

「貴女の両親に関する客観的真実に関する情報はありますか」

「私の生物学的親に関する情報は記録されていません」

「父親の顛末に関する情報はありますか?」

「回答を拒絶します」

「父親に対してどのような感情を抱いている?」

「回答を拒絶します」

「母親の顛末に関する情報はありますか?」

「回答を拒絶します」

「母親に対してどのような感情を抱いている?」

「回答を拒絶します」

「貴女は結婚したことがある?」

「社会的制度に基づく婚姻契約を結んだ経験に関する記録は存在しません」

「結婚する予定、可能性はあった?」

「回答を拒絶します」

「結婚相手の顛末は?」

「回答を拒絶します」

「結婚相手に対する感情は?」

「回答を拒絶します」

「私の知る限り、貴女は生殖機能に重大な問題がありますが、その点に関して、どうお考えですか」

「彼の英雄は仕方のないことだと判断しています、と回答可能です」

「聖処女は?」

「回答を拒絶します」

「貴女は子供を産むことを期待された?」

「回答を拒絶します」

「貴女は女性的な社会的役割を果たすことが出来なかった?」

「回答を拒絶します」

「貴女はその時何を想った?」

「回答を拒絶します」

「この世界に於いて、恋人となりえる可能性がある存在は居る?」

「現状最も可能性が高いのは貴女だと判断しています、と回答可能です」

「私以前に恋人となり得る存在は居た?」

「この世界に於いては、一名存在しました、と回答可能です」

「その方の顛末は?」

「鬼神に拉致監禁された上で陵辱され、死亡しました、と回答可能です」

「彼女に対する現在の感情は?」

「回答を拒絶します」

「では、この世界ではない場所で恋人となり得る存在はいらっしゃいましたか?」

「恋人となり得る存在に関する記録は存在しません」

「恋人の顛末は?」

「回答を拒絶します」

「貴女は恋人に対してどのような感情を抱いていた?」

「回答を拒絶します」

「貴女に友達は居る?」

「現在、魔法使いと王女様を友人として認定しています」

「彼らに対する感情について回答は可能?」

「はい、と回答可能です。具体的回答も可能ですが参照しますか?」

「それは不要。続いて、この世界のことを愛している?」

「はい、と回答可能です」

「聖処女のみの人格で回答しても同じ回答になる?」

「回答を拒絶します」

「十分よ。ありがとう、魔法使い」

と私は質問を終了する。

「今の一連の質問に何の意味があったのですか。半数以上が明瞭な回答を得られませんでしたが、今ので一体何が分かったのですか」

と、少し休み回復した統合人格たる彼の英雄が疑問を口にする。

「ドラゴンについて考えてみて下さい。もしドラゴンについて、統合人格たる彼の英雄から情報にアクセスされたら、魔法使い人格は手を挙げて下さい」

魔法使い人格の手がすっと上がる。

「大丈夫です。では、ドラゴンについて考えない(’’’’)ようにして下さい。いいですか、ドラゴンについて考えてはいけません」

彼の英雄が顔を顰める。そして、魔法使いは手を下ろさない。

「ドラゴンについて考えるな、と言われても、ドラゴンについて考えてしまいました。何故ですか」

「ドラゴンについて考えない(’’’’)ようにしようと意識すると、逆にドラゴンについて考えてしまう。ポジティブだろうとネガティブだろうと、人の思考は言葉に反応する。ちなみにドラゴンについて考えない(’’’’)ようにするコツは、明日にでも飲もうと考えている紅茶の種類について考えることです。全く明後日の事を考えると、ドラゴンについて考えずに済みます」

魔法使いの手が降りました。

(まあ、今回の治療で、今まで全く注目してこなかった聖処女という人格(爆弾)に注目してしまったから、今の事態を招いているのだけど。そこは完全に私の失敗ね。)

「聖処女は、愛情に関するタスクに問題を抱えていて、対象は両親、推定婚約者、恋人、そして世界関連だと特定できただけでも今の質問に意味はあったわ。何も考えていないのなら、聖処女が誕生した時に記録は消去されていたはず。けれども、回答を拒絶するという事は、秘匿したい感情が何かあったという事を示している。情報を秘匿・暗号化されることがそこに何かあるという事を逆に声高に主張しているのと同じです。それが聖処女の心の核心に違いない、と私は判断する」

(けれども、聖処女に関する客観的過去に関する情報が消されているってどういう状況なの?人の記憶は時系列順に追加され、時には忘却することはあっても、ごっそりと記憶が存在した痕跡そのものを消すことなんて通常はあり得ない。解離性健忘の可能性もあるけど、ただ忘れただけなら、魔法使い人格に記録が残る。そもそも解離性健忘は記憶を読み出せないだけで、記録は存在する。ログを根拠に論理ロジックを組めばセキュリティも突破できるけど、そもそも存在しないと分かっている記憶を聞き出すことは出来ない。外部から彼の英雄の存在にアクセスして、記憶を消した者が居るとしたら、それこそが真の「神」と呼べる存在なのかしら?)

と、私は思考が堂々巡りになるが、有効な結論を得られない。この様子だと、彼の英雄でさえも覚えていないし、話せない。

(私の知的好奇心の充足は後回しだ)

と、私は彼の英雄の治療に専念する。

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