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魔法使いと私は死体と剣で作られた丘の上に、彼の英雄と聖処女の姿を認めました。一方が馬乗りになり、殴打を繰り返していました。もう一方が抵抗もままならず防御姿勢のまま殴られ続けていましたが、所々に傷を受けていました。
「止めなさい!」
と、私は思わず叫んでしまいました。その途端、彼女はゆらりと立ち上がり、次の瞬間には私に向かって突進してきました。私は咄嗟のことで防御姿勢も回避行動をとることさえ出来ませんでした。
————殺される!
と思いました。が、私の前に魔法使いが立ち塞がり、長杖で受け止めました。
「貴女に魔法使いを殺して良いという命令は承認されておりません。よって、直ちに戦闘行為を中止して下さい」
と、魔法使い人格が冷静に告げる。
「そこのセクハラ魔法使いを庇うのなら、私の内の魔法使い人格も敵と断定する!」
と聖処女が叫ぶ。
「当該意思決定に合理性及び正当性が欠如している旨、彼の英雄より通知されました。よって、私に対する攻撃は承認されません」
と魔法使い人格は長杖で防戦に徹しながら、火に油を注いでいく。
「知ったことじゃない!」
「統合人格彼の英雄より、一時的に聖処女に対する調査権限の付与、質問権限が付与されました。当該権限に基づき、私は彼の英雄に代行して以下の質問を行います。————何故、貴女は私や統合人格彼の英雄、そして外部者である魔法使いを殺そうとしているのですか」
「貴女達が寄ってたかって、私を殺そうとしているからでしょう!殺される前に殺すのは正当防衛です。だから私の判断は正しい!」
と、聖処女が声高に主張するが、
「論理性に問題はありませんが、事実と異なる状況を識別しました。統合人格彼の英雄は貴女を殺すのではなく、統合し統制することを目的としております。よって、彼の英雄により当該判断の正当性は認められませんでした」
と、魔法使い人格が言い放ち、長杖をなぎ払いました。
私はその隙に彼の英雄に駆け寄る。その後も、聖処女と魔法使い人格の言い争いは続いていました。
「・・・・・・逃げて下さい。今すぐに」
と彼の英雄は息も絶え絶えに告げる。
「何故?」
と、私は質問する。
「聖処女は、理由は解りませんが、私の論理性をも超える感情の炉心と為っています。今すぐ精神潜航を解除して、出来るだけ遠くへ逃げて、身を隠して下さい。でないと私の感情が貴女を殺してしまう」
と、息も絶え絶えに告げました。
「ご冗談言わないで下さい。仮に今、精神的に逃亡したとしても、何処に逃げればいいんですか? 身体の性能的に、貴女が本気で捜索したら私なんてすぐに見つかるし、一刀両断されるでしょ」
と、私は答える。
「しかし」
「とりあえず、一旦反撃の機会を窺いましょう。魔法使い人格が加勢してくれていますが、彼女だっていつまでも保つかは分かりませんし、作戦を立案し直しましょう。貴女が倒されて、聖処女が統合人格に成り代わったら、目も当てられません。その点に関しては合意できますね」
彼の英雄は不承不承で頷く。
私は彼の英雄を抱き上げて、命綱を巻き上げ、精神世界から一時離脱しました。