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最後の治療  作者: 朽木 花織
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「————何よ、これ」

私は彼女の精神世界に侵入するなり、戦慄し、思わずそう呟いてしまいました。精神世界内は他のどの人格よりも荒廃していました。所々に切り刻まれた死体の山と、それらに墓標のように散らばる無数の剣、ただ一面の戦場の跡がそこに拡がっていました。そしてその死体の全てが————彼の英雄のものでした。一部は首が切断され、私に恨みがましい視線を向けていました。

「————うっ」

私は思わず嗚咽する。この精神世界はカナシミが充満していました。それは呪詛と言っても変わりがない濃度に純化され、世界に存在する者全てを侵食しかねない強度を持ってしました。仮にこのカナシミが放出されたら、彼の英雄の精神を破壊するどころか、一国を滅ぼしかねない量の魔物を生成しかねない、と私は咄嗟に思いました。けれども、一方で得心もいきました。今まで、いかなる精神世界においても、彼の英雄にはカナシミは存在しませんでした。勿論彼の英雄の心が美しく、他者を恨んで呪詛を発生させない性質であり、日々の瞑想により自身のカナシミを消していたこともあるのでしょう。一方で、魔法を使う都度、そして世界の不条理に触れる都度に、少なくないカナシミを彼の英雄は受けてもいました。その全てをこの精神空間が引き受け、その主人がこの精神世界に閉じ込められているのだとしたら————

「彼の英雄に警告して!相手は魔物の可能性有り。それも今まで戦った中でも最強に強い」

「警告、完了しました」

と魔法使いは答える。あまり治療者として望ましくはないとは自覚しつつも、私は心理防御結界を自身の心の内に展開する。今彼女に全てを共感したら、私が保たない。魔法使い人格に案内を任せながら、

「このカナシミそのものを解析して、言語化することは可能かしら?」

と、尋ねました。

「試行します」

魔法使いは一呼吸つき、

「————私は世界の剣である」

と、言葉を紡ぎ始めました。

「身体は器で心は飾り。一片の私情はなく、一片の容赦もなし。決して敗走は許されず、撤退もなし。故に私の心に意味はない。私の身体を器に剣を為す。私は世界の光の剣である」

と解析し終え、以上です、と付け加えました。

「————意味が分からないわ。もっと論理的説明は出来ないの?」

と私はその言葉の意味に疑問と、一抹の不安を覚えました。

「言葉に対する再解釈権限は統合人格彼の英雄もしくは、聖処女の権限として記録されています。ですが、言葉の生成時のログを発見しました。言葉そのものは、かつて彼女が知ることと為った物語の英雄の呪文から着想を得ているようです。精神世界についても同様です。彼の場合は、「体は剣で出来ている」で始まります」

私は少しだけ嫌な予想をしながら、それで、と続きを促す。

「言葉にも現在の精神世界の状況は聖処女の精神が反映されていますが、言葉以上の深淵な意味は込められておりません。つまり、特に意味はない、ということになります」

私の嫌な予感は的中しました。

「————分かった。もういい。これ以上追及すると別の病気を識別しそうだから止める」

私はため息をついて会話を打ち切ろうとしましたが、

「統合人格彼の英雄は全ての精神的病理の可能性を識別されることを希望しております。藪医者としての説明責任に基づいて、情報開示を要求します」

と大真面目な魔法使い人格が主張しました。私は渋々、

「病名は、思春期病、とでもしておくわ。概ね青少年期に罹患して、世界や英雄だ特殊能力だと夢想を繰り返し、時々現実世界の言動まで夢想に影響を受けてしまう病状を指します。多くの場合、成長につれて寛解しますが、聖処女は寛解しなかったようです。ちなみに多くの物語に出てくる英雄と呼ばれる人は大体この病気に罹患していると考えて問題ありません」

「診断基準等に記載がありません。その病気は実在性に疑義があります」

と、魔法使い人格が再度主張する。

「在るわけ無いでしょ。病名も定義も、今、私が勝手に創作したものなんだから」

「治療法をご教示下さい」

「無い。というか無理。仮にあるとしたら、今すぐ剣と魔法の全てを放棄して、一般人と幸せな家庭でも築きなさい。家事や社会的職務に勤しんで夢想に耽るのを止めなさい」

と、きっぱり言い放ちました。魔法使い人格は、

「彼の英雄、及び聖処女より、対応不可能との旨の通知を受けました。剣及び魔法は我々の精神活動の源泉であり、同時に存在意義であると双方の人格は判断しています。治療しないことの弊害および生活上の注意についてご教示下さい」

「弊害は特段無い。時々客観的には支離滅裂な発言を行い、その点について彼の英雄もしくは聖処女人格が恥ずかしい思いをするかも知れないけれど、貴女達が気にしないのなら、問題ありません。ちなみに社会的に弊害が特段無いから診断基準等に記載がありません」

「承知しました。会話内容を記録します」

と魔法使いは律儀に応答する。

「会話内容に対し、統合人格彼の英雄及び聖処女人格からコメントが付きました。彼の英雄より、「貴女は違うのですか?」と質問されました。聖処女より「五月蠅い!」だそうです。また聖処女は羞恥心も感じたようです」

「彼の英雄に対しては、「そうよ私も思春期病ですよ言わせるな」と、聖処女に対しては「独創性不足、ダサい」と言っておいて下さい————というか、こんなアホな話をしている余裕無いでしょう。早く二人が戦っている場所まで案内して」

「本トピック対応中は、彼の英雄及び聖処女の戦闘行為は一時停止していました。あながち無意味な会話でも無かったようです。また、アホな会話であった理由につきまして、後ほど説明を求めます」

(後があったら、ね)

と私は内心のみで答え、無言を貫きました。


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