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最後の治療  作者: 朽木 花織
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「————何故ですか? 論理的には、私と恋人と為らない理由はもう無いと思いますけれど」

と、私は尋ねる。

「論理的反証はすでにもう在りません。統合人格たる彼の英雄はきっと貴女の事を好きなのでしょう。貴女も私を愛している、と仰って下さる。ならば、例え一夜限りのことだとしても、交際するのも道理かも知れません。けれども私は私自身の信念のために、誰とも恋愛しませんし、出来ません。互いに高め合う友愛フィリアは有用です。貴女やあの方との健全な交流は私を高めてくれました。それは紛れもない事実です。家族愛ストルゲも人の生命種としての本能に起源を持ち、自身の遺伝を守ろうとする機能があり、人が生命である以上否定するには値しません。最も私にはこの世界に家族は居りませんので家族愛ストルゲを感じる機会もほとんどありませんでしたが。世界そのものを愛する博愛アガペは世界の闇を祓います。そして私自身の行動原理でもあります。しかし、ただ相手を求めるだけの情愛エロスは殊、私に限っては、何も生まないばかりか、有害でさえ在ります。私は情愛エロスを抱かないし、誰にも抱かせたくない。私は恋愛をしたくないし、恋愛対象として見做されることさえも苦痛です。仮に、私と貴女が恋愛しても結果的には苦痛しか生みません。それは世界のカナシミをより増大させる。だから私は貴女とも恋愛しないし、誰とも恋愛しません」

と、彼女は流暢を言い放ったが、論理性はもはや存在しない。ただ、彼女の信念として、恋愛しないと、決定している————そんな頑なな答えに聞こえました。私はただ、彼女の言葉に耳を傾けました。

「————ですが。其女にとっては、朗報もあるようです。統合人格たる彼の英雄は私との対峙を決定しました。私と葛藤を開始し、矛盾の解消に乗り出すようです。つまり、私という人格を、感情を、意思決定プロセスを殺すつもりです」

「それは違うわ 」

と、私は断言する。彼女は、何が違うというのですか、と訊いてくる。

「彼の英雄は貴女を殺したり、破壊しようと願っている訳ではありません。ただ、統合され、貴女の想いも正しく使えるように為りたいと願っているのです。元々人間は個人(Individual)であるようにそれ以上は身体も精神も心も分けることは出来ません。精神侵入ダイブし、特定の人格や信念と対話する際に私は、一旦心を切り分け、分析し、強く意識させていますけれども、根本的に分離することは出来ませんし、それを意図している訳ではありません。仮にそれが出来てしまうとしたら、それは解離という別の病です」

と、私は告げる。

「ならば、今の私は解離し始めています。私は貴女を殺したくて仕方がありません。一方で彼の英雄は貴女を殺すべきではないと判断し、その意思決定を否定し続けています」

彼女が右手に力を込めて、私の左手指の骨を折ろうとしてくる。しかも抵抗を強め、魔術による拘束を破ろうとする。私は魔術の強度を強化し、私自身の血に魔力を込め、人でなしの力を使用できる準備を整える。

「自覚しています。貴女からすれば、私はセクハラしまくる上に、貴女の使命を妨げる人でなしにしか見えないのでしょうから」

と、私が言うと、彼女は強く頷く。

「これから、私は貴女の精神に再度精神潜航(ダイブ)します。彼の英雄が貴女とどのような戦いをするのか私には見届け、治療の成果を確認する義務があります」

「私が拒否しても結局は精神潜航ダイブするつもりでしょう?」

と、彼女は憎まれ口を叩くが、私は、

「一応医者なので、治療方針の説明責任と、治療内容に患者の同意は必要があります。解離しているのなら、彼の英雄と貴女は別人格として私は扱うので、貴女の同意が必要です」

と、詭弁を述べる。すると、彼女は黙考し、

「好きにして下さい」

と答えました。

「同意と判断しますよ」

と彼女に確認すると、無言で頷いたので、私の術式を再度活性化する。

精神潜航ダイブ、スタート」

私は、再び彼の英雄に潜っていく————


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