15
「私は魔法使いで、ろくでなしの人でなしで、女の子しか愛せない女という異常者ですが、貴女のことが好きであることは偽りありません。貴女が満更でもないのなら、これで恋人同士に為れますよね?」
と、確認する。彼女は目を閉じる。長い睫に思わず目を奪われ、愛撫してあげたい衝動に駆られるが、我慢する。きっと、論理を破壊し、セキュリティに綻びが生じているために、彼女の中で葛藤が生じている。それをどうにか解消するために、彼女はより信念に近い論理を捻り出すのだろう。ならば、きっと、次の論理が最後だ。それで彼女の真の信念に到達する。彼の英雄を構成する信念にも。
やがて、彼女は、一つの言葉を発する。
「最大限譲歩して、仮に貴女を恋人とし、付き合うことにします。でも私も貴女も、結果的にはそうするべきでは無かったと、後悔することになります」
と、彼女は答えました。
「何故ですか?私はきっと後悔しませんよ。それに具体的に、何を後悔するのですか?」
「私達が恋人と為ったところで、互いに苦痛しか生みませんし、私たちの関係はカナシミさえ生みかねません。私も彼の英雄もどのような結末であれ、まもなく貴女とは別れなければ為らないし、そう遠くない内に死にます。旅を完遂し、守護者となるにしても、先に精神が限界に近づき、自らに刃を突き立てる羽目になるかは分かりません。死に損なって、精神が崩壊したまま魔物と化すかも知れませんし、ただ壊れ、呼吸しているだけの器に為るだけかも知れません。でもいずれにせよ、私はもう私では無くなります」
と、彼女は言いました。
「それは全く以て真実です。一部彼の英雄のみが主張する事象もありますが、そのの結末は私が貴女の純潔を奪おうとも変えることは出来ません。いずれにせよ貴女はまもなく貴女では無くなる。少なくとも貴女という人格は死ぬ」
と、彼女の言葉を繰り返す。
「ならば、仮に一夜限りの関係だとしても、恋人と為った其女は少なからず苦しむのではありませんか。其女は好きに為った人が次の日に死んでも平然としているほど冷淡な方には見えません。私を恋人とすることで、本来ならば受ける必要のない心的外傷をさらに負う羽目になるのではありませんか?」
と、思いがけない回答をしました。
「もしかして、貴女は、私のことを気遣っているのですか?私を殺したくて仕方が無い、彼の英雄の人格の一つである貴女が?」
彼女は小さく頷きました。
私に恋され、つきまとわれ、セクハラされ続けて、治療とは名ばかりの恥辱を味逢わされた彼女が、未だに私の心に気を遣うとは意外でした。
(本当に、嬉しすぎて、涙が出そう。このまま本番したい)
そんな邪な感情を明後日の方向に弾き出し、
「貴女の仰っている意味は理解できなくもありませんが、些か以上に手遅れですよ」
「何故ですか?」
彼女が疑問を口にする。
「だって、貴女と恋人と為ろうとも為れなかろうとも、どのような結末を迎えようとも、貴女が死んだら、私は間違いなく傷つきます。好きな人を亡くしたら、傷つくのは当たり前です。その意味では、私が貴女に恋をして、好きに為った時点で、既に手遅れなのです。でも、ここからが重要なので、よく聞いて下さい」
私は彼の英雄の肋骨をなぞり、腹部を愛撫しながら告げる。
「好きな人に好きだという気持ちが伝わらないまま喪ってしまったり、私が助けられたにも関わらず、喪ってしまうのはもっと傷つくのですよ。というか、人生一生ものの心的外傷を抱えますし、カナシミだって生みます。正直、魔物と為りかねないですし、私の場合は、鬼に為るかも知れない」
「だったら!————」
彼女は興奮して何かを告げようとするが、私はその言葉を遮る。
「だったら、貴女から離れて下さい、とでも仰るつもりでしたか!? だからこそ、最後の最後まで、私は貴女を好きだという気持ちに蓋をしませんし、貴女の髪の先からつま先に至るまでそのことを理解してもらうために五感の全てを使って理解させようとしているんですよ」
私は、彼の英雄の下腹部の臓器をスカートの上から握る。それは彼の英雄がそう在った時からすでにその役割を果たせない、女の子が女の子であるための証明である臓器。
「な————————」
と、彼の英雄は一言発した状態のまま、硬直してしまいました。そして頬を紅潮させました。
「まあ、これは私の気持ちの一部に過ぎませんが、少し位は理解してくれます?」
私は下腹部から手を離し、彼女の髪を撫でる。
彼女はしばらくショックを受けたまま硬直していたが、やがて、
「・・・・・・貴女の想いは気持ち悪い位伝わりましたし、むしろ恐怖しか感じません。でも理解はしました。でも、その上でまだ私は一つの疑問があります」
「何ですか?」
「何故、私なのですか?」
(またですか)
と、私は内心辟易とする。その質問は幾度も繰り返されるが、どうも彼の英雄を納得させる回答を私は示せていないらしい。
「好きに為ったから、貴女を構成する全てが愛おしく為った————という回答では不満ですか?」
彼の英雄は少しだけ目を閉じ、
「今は、それで納得します」
と、答えました。
(今は?)
私は彼の英雄の発した些細な言葉に妙な引っかかりを覚えながら、聞かなかったことにしました。
「私がどれだけ貴女のことが好きかを話始めると、夜が明けかねないので、機会があればお話しましょう」
「もう十分です」
と、彼女はすげなく答える。
「では、私は貴女の恋人に為れますか。勿論貴女の意思は尊重します。無理矢理に付き合おうという訳ではありません。————貴女はどうお考えですか」
私は彼女からの回答を待つ。彼女は静かに目を閉じ、黙考し、やがて答えました。
————貴女の恋人と為ることは出来ません————
と。